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第75話 『ステルクステ騎士団ペトラ団長とリーセロット』

「いや、お二方とも誠にお美しい…

 さて、まずはリーセロット殿が先に入って頂きやしょうかね。マイカ嬢は後程のちほどお呼びしやすんで、こちらでお待ちを。」


 マイカは面会の間へ入る大きな扉とは反対側の小さなドアの方をアードルフに案内された。

 そのドアを入ると、そこは控え室で、小さなテーブル1つと椅子が4脚ばかり置かれていた。


 リーセロットがアードルフに伴われて大扉をくぐり面会の間に入ったところ、中央の敷き絨毯じゅうたんの左右に大勢の人が立ち並んでいた。

 亜人や獣人、常人つねびとなど人種は様々で大多数は男性であるが、数名女性も混ざっている。

 ステルクステ騎士団の騎士達であった。

 皆、武具防具は着けておらず平服姿であるが、各々が独自の趣向を凝らした意匠の服装を身に付け、統一感がない。どうやらステルクステ騎士団には決まった制服のようなものは無いらしい。

 いずれも一見して豪の者と見受けられる、只ならぬ雰囲気の持ち主ばかりであったが、リーセロットが前を通過する際には軽く頭を下げ、慇懃いんぎんな態度を取った。

 ステルクステ騎士団員達の列を抜けた先に

   身長およそ220~230cm

   赤い肌、赤い瞳、灰色の蓬髪ほうはつ

のオーガ族の女性が立っていた。

   黄土色の筒袖上衣

と、その肌の色に似た

  猩々緋しょうじょうひのズボン姿

というシンプルな服装だ。

 服の上からでも、その鋼のような筋肉の様子が判るが、其処そことなく丸みを帯びた体型で、細くくびれた腹部腰部から女性らしさが感じられる。


「やあ、久しいのお、リーセロット。」


「ええ、久し振りね、ペトラ。お元気そうで何より。」


「おのしは相変わらず美しいのお…しかし10年も顔を見せんとは冷たいではないか。」


「まあ、色々とあってね…ヨゼフィーネ大帝陛下も生前に貴女あなたと再会出来なかったことを悔やんでおられたわ。」


「ああ、わしももう一度ヨゼフィーと大いに酒を酌み交わしたかったのお…」


「ところでペトラ、本題に入りたいのだけれど。」


 リーセロットが自分達の首魁しゅかいであるペトラに敬語を使わずに馴れ馴れしく話すことを咎めることもせず、むしろ微笑みを持って見ていたステルクステ騎士団の面々に、この時緊張が走った。


「攻守同盟のことだな。確かに、その件で来て貰ったのだったな。」


「ヨゼフィーネ大帝陛下と貴女の個人的友情で結ばれた同盟…陛下が崩御なされた今となっては最早もはや無効であると…」


「ハハッ、悪いがそれは口実に過ぎん。

 個人的友情といえばリーセロットよ、おのしと儂の友情は続いているじゃないか。」


「では、何の理由を持って白紙にと…」


「焦るなリーセロット、必ずしも同盟を破棄するとは言っておらん。儂は帝国の覚悟を聞きたいのよ。」


「帝国の覚悟?そのような大事を何で私などに?

 そういうことであれば、摂政殿下もお招きすれば良かったのに。」


とぼけるなよリーセロット。

 おのし、表向きは摂政の秘書であり、またの姿は帝国を裏から支える隠密を束ねる者…とは知っておるが、まだ違う顔を持っておろう?」


「………」


「図星か?リーセロットよ。

 我が領内には昔から多くの亜人獣人が暮らしておる。そう、ラウムテ帝国建国に大いに貢献したのが亜人獣人だ。なのに現在、帝国内においては差別されている存在だがの。」


「ええ、その通りよ。残念なことに。」


「その亜人獣人の年寄り達が語るに、帝国建国においては3人のエルフの活躍が切って離せぬという。

 三英雄といってな…」


「三英雄」という言葉を聞いてリーセロットの眉がピクッと動いた。


「フフン、顔色が変わったなリーセロット。

 この三英雄の伝説は、何故か帝国内においては殆ど残っていない。

 儂は何者かが意図的に伝承を消したものと思うのだがの。」


「…それでペトラ、貴女が聞きたい帝国の覚悟とは?」


「フリムラフ教国のことよ。

 いつまでの邪国の存続を許すつもりだ?滅ぼすつもりはあるのか?」


「フリムラフ教国は宗教国家よ。滅ぼすには信徒である国民全員を根絶やしにでもしない限り難しいわ。」


「ヨゼフィーも同じ事を言った。

 なのでフリムラフの属国だったアヴォン王国とヴェローリング王国を攻めて帝国の属国とし、その他の国々との通商を断ち切って国力を弱体化させて自滅を図ると言っておった。」


「ええ、その通りよ。それは上手く事が運んでいるわ。」


「また何百年と月日が流れるわい。

 これまでも200年経ったのだぞ。このヘルダラ大陸においてラウムテ帝国の勢力がフリムラフ教国のそれを上回ってから200年だ。この先どれだけ待つのだ!…と、ここまでは10年前におのしにも言ったな。」


「ええ、ヨゼフィーネ大帝陛下と一緒に聞いたわ。」


「ああ、だがヨゼフィーと二人きりになった時な、ヨゼフィーは10年だけ待ってと、10年後にフリムラフに総攻撃をしかけると儂に言ったのだ。リーセロットにはまだ内緒にと念押ししてな。」


「大帝陛下がそんな事を…でも…」


「そうだ。ヨゼフィーは死んでしもうた。

 共に陣頭に立って戦おうと約束しておったのに…」


「…ペトラ、その総攻撃の話は大帝陛下が御健在であられれば可能な話よ。でも今の帝国の体制では…」


「判っとるわい!

 5歳の幼帝に、何の実績も無い22歳の女摂政、帝国の未来を不安視して、臣下の者すら心が離れつつあるのだろう?

 そんな状態で大兵をもよおすなど夢のまた夢であることくらい判っとるわい!!」


「ええ、まさに…なので、その心離れを繋ぎとめるためにもステルクステ騎士団との同盟継続を…」


「おっと!リーセロットよ、それは今の体制では、の話だろ?

 伝説の三英雄が復活したとすればどうなる?

 付き従う者も多かろう。そうすればヨゼフィーの言った事も実現可能ではないか?」


「………」


「まただんまりか、リーセロット。

 儂は待たんぞ!儂ら亜人を苦しめ続けてきたフリムラフ教国を一刻も早く消し去りたいのだ!!」


「…ペトラ…やはり私にはどうすることも…」


「フンッ、残念じゃのリーセロット。

 おのしとなら大きな絵を描けると思ったのは思い違いだったかの?

 もうよい、同盟についての話はこれで終わりだ。」


「そんな!ペトラ、待って!!」


「…まあ、せっかく来てくれたのだ。歓待の準備をしておるので、大いに飲んで喰って語り合おう。おのしの気が変わるのを期待しての。」


「………」


「またまただんまりか。

 おっ、ところでリーセロットよ、例のエルフ少女を連れて参っておるのだろう?会わせてくれんかの?」


「…ええ判ったわ。呼びに行くから暫く待ってて。」


「おっと、リーセロット殿はそのままで。

 マイカ嬢はあっしが呼びに参りやす。」


 アードルフがリーセロットの顔色を見て言った。

 ペトラとの対談の結果、顔が強張こわばってしまったリーセロットを呼びに行かせるのは適当ではないとアードルフは思ったのだろう。


「おうアードルフ、貴様が行け。

 リーセロットがそんな顔のまま迎えに行ったならば不安に思うわい。」


 ペトラも同じように思ったのか、アードルフにマイカを呼びに行くように命じた。


              第75話(終)


※エルデカ捜査メモ〈75〉


 ステルクステ騎士団の団長であるペトラは年齢55歳。

 オーガ族も長命であるため、常人つねびと種の20歳代半ばくらいの若さに見える。

 約20年前にステルクステ騎士団団長に女性として初めて就任した。

 筋力体力胆力、剣技や馬術の技術が怪物揃いとされるステルクステ騎士団の中でもずば抜けており、大陸最強の戦士とうたわれているが、本人は、世界最強と言われないのを不満に思っている。

 ラウムテ帝国の第9代皇帝ヨゼフィーネとは1歳違いで年齢が近く、お互い女性の身で初めてそれぞれの国のトップになったことや、政治観戦略的思想が似通っており、10年前の同盟締結時、初めて会ったとは思えぬほどに意気投合した。

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