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第76話 『マイカとペトラ』

 面会の間の扉が開かれマイカが中に入ってきたところ


「ほおぅ……」


と室内にいた騎士達が小さく歓声を洩らした。

 彼らとて、これまでの生涯でエルフを見たことは殆どなく、褐色ダークエルフであるリーセロットについては10年前に会っていて2度目であるため驚くことはなかったが、褐色ダークエルフとは違うエルフ種のマイカを見て驚きを隠せなかったようだ。


 そのマイカが自分の方に向かって歩いてくるのを見て、ペトラの脳内に激しいいかづちが落ちた。

 続いてペトラの脳内に黒雲が立ち込め、雨、風共に激しい嵐が吹き荒れた。


「お初にお目にかかります、騎士団長閣下。

 ラウムテ帝国皇臣マイカと申します。」


とマイカはペトラに向かって言って、軽く微笑んでみせた。

 マイカ自身は意識しなかったが、この時マイカの身体が軽く光り、着用している「エルフのころも」がキラキラと虹色に光り始めた。


「おおーーっ!」


 室内にいた騎士達が、今度は大きく歓声を上げた。

 マイカの挨拶を受けたペトラは、目と口を大きく開いて棒立ちになっていた。

 そのペトラの様子を見て、アードルフは右手で自らの額を叩き「アチャーッ」といった風な表情をした。

 ペトラは磊々落々らいらいらくらくな性格で、いつも感情を開けっ広げに表に出しているため、何を感じているのか、何を思っているのかが判り易い人物であったが、約20年、彼女の副官として付き従っているアードルフは、その奥に隠されているものさえも読み取れるようになっていた。

 その時の、目と口を開いて棒立ちという、判り易い驚き方をしているペトラを見て


 (あー、ダメだこりゃ。これ絶対、団長のヤツ、マイカ嬢に一目惚れしたわ。しかもガチ惚れってやつだわ…)


 微笑んだマイカの顔を見た瞬間、ペトラの脳内の黒雲が消え去り嵐が止み、雲一つ無い青空が広がった。

 そして一面の花畑が現れ、その花畑の中心にマイカが居る。キラキラと光るマイカの周りを色とりどりの蝶が舞っている。


「………長……団長…ペトラ団長!」


 アードルフの呼び掛けにペトラの脳内の花畑の風景が消え、ペトラは我に返った。

 目の前にややいぶかしげに自分を見つめるマイカと、その横のアードルフの姿が目に入った。


「マイカ嬢が御挨拶に対するペトラ団長の返事を待ってらっしゃいやすよ。」


「…へ?あ、いや、相すまなかった。

 遠路遙々えんろはるばるご足労でした。会えて嬉しく思う。」


 取りつくろったように真面目な返答をしたペトラの様子を見てアードルフが「プッ」と軽く吹き出し、ペトラがアードルフを睨んだ。


「……あの、恐れ入ります閣下、その…同盟を継続して頂けるのでしょうか?」


 マイカはペトラとアードルフのやり取りに少し戸惑ったが、今回の訪問の目的である同盟継続の件について単刀直入に聞いた。


「勿論だともマイカ殿。

 これからも我がステルクステ騎士団とラウムテ帝国との攻守同盟は継続する。」


「えっ!?」


というような、無言ではあるが、そのような驚きの表情をその場に居たステルクステ騎士団の騎士達全員がした。

 リーセロットに至っては目を半開きにさせ、口を横一文字に結び、髪型も変に乱れたような、何ともいえない、おかしな表情になっていた。

 アードルフは、今度は「アチャーッ」と声に出して言い、右てのひらで己れの額を「ペチンッ」と叩いた。


「皆、これは騎士団長であるわしの最終決定だ!

 ラウムテ帝国との攻守同盟は継続する!良いな!!」


おう!!」


 ステルクステ騎士団の騎士達は、皆、ペトラの言葉を聞きながら苦笑いをしたり、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでも最後には全員が賛同し、その後は文句などを言う者はいなかった。


「……ペトラ…さっきの私との話し合いは何だったのよ!?」


と、リーセロットがうらごとのようにペトラに言った。


「あ、…いや、やっぱり色々と考えると同盟は続けた方が良いかなー、なんて…ハハ、ハハハハッ。

 …だがリーセロットよ、帝国の覚悟云々うんぬんなどといったことは、今後も熟考してくれよ!それは頼んだぞ!!」


「………まあ、いいわ。無事、同盟を継続して頂けるようだし!」


「そうとも!

 おう、そうだマイカ殿、同盟継続の記しとして、儂の恋人イロに…いや、儂と友になって頂けぬか?」


「友?そんなおそれ多い…」


「マイカ、ペトラは私とも個人的に友と呼べる仲よ。構わないから受けておあげなさい。」


 遠慮して辞退の言葉を述べようとしたマイカに、横からリーセロットが口を出した。


「判りましたペトラ閣下、光栄です。喜んで申し出をお受け致します、」


「おおマイカ殿、受けてくれるか。ならばお互い堅苦しい言葉遣いは止めにしよう。

 儂も名を呼び捨てにするから、マイカもペトラと呼び捨てにしてくれ。」


「判りました、ペトラ…さん。」


「それは呼び捨てとは言わん。ペ・ト・ラ、だ。」


「じゃあ、ペトラ。」


 (ズキューーン!!)


 ペトラの胸を、何かがち抜いたような衝撃が走った。


嗚呼ああ…いい…

 マイカ、もう一度、もっと大きな声で呼び捨てにしてくれ!」


「え?ペトラ!」


「おおーっ!もっとだ、もっと強く吐き捨てるように!!」


「ペッ、ペトラ!!」


「ああーっ!凄い!!

 今度は儂をさげすんだ眼で見ながら名を呼び捨てに…

 いや!いっそのこと、儂に侮蔑ぶべつの言葉を投げつけてくれ!!」


 (何なん?この人、もしかして、そっち寄りの人?M寄りの…?)


「ペトラ団長、いい加減にしやしょう。

 ほら、マイカ嬢が困ってらっしゃいやすでしょう?」


 困って言葉に詰まったマイカの横からアードルフが割って入ってきた。そして周りには聞こえない程の小声で


「…ったく、さっき初めて会った人におのが性癖をぶちまけるんじゃありやせんよ、団長…」


とペトラに向かって呟いた。


「オッ、オッホン!

 いや、すまぬ。つい興奮…いや、調子に乗ってしまって…

 ああ、そうだ、奥の庭にうたげの準備をしておるから、マイカもリーセロットも共に行こう。

 皆も行くぞ!」


「おおーっ!!」


 騎士団長府の建物の裏側に廻ると、そこは庭というより、だだっ広い広場のような場所だった。

 既に日が暮れて暗くなった中、幾つもき火が焚かれ、ステルクステの騎士達は何人か、何十人かのグループに分かれて一つ一つの焚き火を囲んだ。

 マイカとリーセロットはペトラに伴われて一つの焚き火の前に置かれた椅子に座った。

 そこにアードルフが金属製のグリル台のようなものを持ってきて焚き火の上に置き、自らもマイカ達と相席した。

 そこにアードルフの従士という3名の若者が串に突き刺した肉や野菜を大量に持ってきてグリル台の上に置いた。バーベキューである。

 マイカが広場を見渡すと、広場のあちらこちらに木樽が置かれており、人々がその樽の所に行っては柄杓ひしゃくを使って手に持った小さな樽のようなジョッキに液体を注いでいた。どうやら酒が入っているらしい。


「どれ、儂みずから酒をみに行ってやろう。

 マイカ、何がいい?ワインか?ビールか?それともアブサンか?」


えずビールで!!」


              第76話(終)


※エルデカ捜査メモ〈76〉


 ステルクステ騎士団団長ペトラは、心の性別が男性という訳ではないが、幼少の頃から好きになるのは同性の女性ばかりである。

 そして、その好きになった相手から意地悪されたい、とか、強い態度言動をとられたい、とか、はっきり言ってドMである。

 しかし、このような人物にはよく有りがちなことであるが、自分が好ましいと思う人物以外には、とことんドSである。

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