「マイカ、おのし中々イケるクチだな。」
「うん、まあまあ飲める方だけど、ペトラは私の三倍はペースが早いじゃないか。流石だな。」
「フフン、腕っぷしも酒も、全て皆より強いから団長が務まっているのさ。
ところでマイカ、ケルベロスの子はどうした?連れて来ておるのだろう?」
「うん、ケルンは昨晩モンスターと闘った後からずっと眠りっぱなしなんだよ。
アードルフさんの部下の方が付いていてくれてて、ケルンが起きたら
「おう、そうか。しかし、それにしても長時間だな。アードルフ、ちと様子を見に行ってくれ。」
「へい、
ペトラに命ぜられ、アードルフはその場から去っていった。
リーセロットは旅の疲れが出たのか、飲食もそこそこに、先程、
「マイカ、当ステルクステ騎士団領には幾日ほど滞在する予定だ?」
「うーん、用件が終わったから明日にでも帰りたいところだけど、リーセロットの疲れの癒え具合を見て、だね。」
「おう、確かにだいぶ疲れた様子だったな、リーセロットのやつ。」
「うん、さっきも殆どしゃべらなかったもんね、お酒や料理もあまり手を付けなかったし。
此処に来るまで何日も、ずっと一日中馬車の運転をして、しかも最後の3日間は徹夜だったからね。疲れが癒えるには時間が掛かりそうだから、何日かお世話になるよ。」
「おお、そうか!うむ、気の済むまで何日でも居てくれ。
それでなマイカ、このステルクステ騎士団領には
それと、この国の名物の時計の工房なんかも見物すると面白いぞ。
そういう所に儂と共に行かぬか?是非案内したい。」
「へえーっ、そうだね、
私やリーセロット、ケルンを案内してくれるの?」
「あ…いや、その…出来れば…儂とマイカ、おのしと二人きりで…」
と、ペトラは目を伏せ、右手の人差し指で自らの膝の辺りに「の」の字を書きながら、モジモジと言った。
(あ…どうやらこれはデートのお誘いのようだな…どうしよ?オレ、デートなんか誘われたことも、誘ったことも無いからな…)
マイカがペトラからのお誘いに困っていると、アードルフが血相を変えて駆け戻ってきた。
アードルフは、黄色に所々黄土色の斑点がある毛に全身を覆われた、獣人の若い男性を伴っている。
「大変です団長!マイカ嬢!ケルベロスの子が、ケルン君が居なくなりやした!!」
「え!!??」
マイカは突然の報せに驚きのあまり絶句してしまった。
「何だとアードルフ!?ケルベロスの子には、その貴様の従士が付いておったのだろうが!?」
「へい、団長。あっしが様子を見に行ったところ、このイエルンが馬車の横で倒れておりやして、馬車の中を覗くと、居る筈のケルン君が居なくなってたんでやす。」
「倒れて?まさか何者かに襲われでもしたのか?我が騎士団の従士を倒せる者など滅多にはおるまいが。」
「いえ、ただ眠っていただけでやす。
イエルン、ここからはお前が説明しなさい。」
「おう、我がステルクステ騎士団の従士たる者が任務中に居眠りなぞする筈がないからな。
聞こう、話せイエルン。」
「はっ、団長閣下。実は先程、商人風の男が私に近付いてきまして、道に迷ったと地図を見せてきたのです。
そして私が地図を覗き込んだところ、急に意識が遠くなっていって…」
「どれくらい前だ?」
「はっ、アードルフ様に呼ばれ、お客様の馬車の元に着いた直後でした。」
「…となると4時間ほど前か…
おい、皆!
「応!!」
ペトラの号令を受け、騎士達が連れて来ていた、それぞれの側近の従士をその場から走らせた。皆、風よりも速い。その場に居た人数の半数程が、あっという間に居なくなった。
「で、イエルンよ、その商人風の男とは、どんな奴だったのだ?」
「はっ、団長閣下。
フードを被っていたので髪型は判りませんが、黒い口髭、顎髭を生やした30代半ばくらいの男です。
旅の行商人がよく着る深緑色のタブレットを着ておりました。」
「筋骨逞しい、か。旅の行商人には武芸に秀でた者も多いからな。
皆、聞いたか!?」
「応!!」
と、今度は残っていた騎士達全員がその場から走り出した。今の商人風の男の人相を、追加情報として伝えに行くのだろう。
「イエルンよ、仮にその男がまるで別人のように変装していたとしても、本人と見分けがつくか?」
「はっ、団長閣下。どんなに姿を変えようと、
「おう、ならばイエルン、貴様は儂と共にあれ。有効な情報を得れば、儂もその男を捜しに出よう。
マイカも儂と一緒に…おいマイカ!マイカ大丈夫か!?」
マイカはショックのあまり茫然としている。
ケルンと出会ってから、まだほんの数ヶ月だが、ずっと供にあって離れたことが無かったため、自分の元から居なくなったという事実を受けとめられずにいた。
「マイカにとってケルンは凄く大事な存在のようだな。」
ペトラがマイカに優しい口調で尋ねた。
「ケルン……この世界で初めての…大切な友達…」
「ふむ、混乱して訳の判らぬことを口走っておるな…
よし、マイカが友と言うのであれば、儂にとっても友だ!必ずやケルンを捜し出そう!
マイカ、情報が集まるまで時間が掛かるだろう。おのしは休んで待つとよい。」
ペトラに案内され、マイカは団長府の建物内の客室に入った。酔い醒ましの水と、心を落ち着かせる
(ケルン…どうして居なくなったんだろう…その商人風の男に
でも昨日のケルンの闘いぶり…最早、並の人間が
だとすれば、もしかして自分から?
オレと一緒に居るのが嫌になった?モンスター相手に不甲斐なかったオレなんかとは…
それとも闘いによって野生が目覚めたとか…自然に帰りたいという本能が目覚めたとか…)
マイカが
「マイカ、有効情報が入った。聞いてくれ。」
ペトラは部屋に入るなり、マイカが横になっていたベッドの端に座り、そう言った。
「マイカ、ケルンが居なくなったってペトラから聞いたわ。」
リーセロットもこの部屋に来る前にペトラから
「おう、それでなマイカ、領内の夜警に当たっていた従士の一人が、夜分に荷車を
「荷車?」
マイカではなく、リーセロットがペトラに聞き直した。
「おう、馬車ではなく、人が牽いて走っておったそうな。夜なのに全速力で走り、やがて街道を
「暗闇の中を全速力で…その荷車を牽いていたのは獣人の人達かしら?」
「いんや、それがなリーセロット、皆
その夜警に当たっていた従士はゴブリン族で
「
「おう、で、その従士が
そして森の中に入っても、なお速度を落とさずに走ってな、それで追うのは断念したらしい。」
「その荷車にケルンが居たの?」
「そこはリーセロットよ、判らん。布の
だが怪しいこと、この上ない。」
「何者なのかしら?そいつら。」
「おう、ここからは儂の推測だがなリーセロットよ、その
夜の森の中を駆けるなど、森の動物やモンスターを狩るハンターならば可能であろう。
全速で駆けたということから、かなりの腕利きのハンターのようだがの。」
「ハンター?」
「おう、しかも腕利きと言っただろう?
近辺で腕利きのハンターといえば、アッケルマン辺境伯が飼ってるモンスター
どういう経緯か知らんが、ケルンが我が領内に来たことを知って、これを
この世で捕らえた者は居ないと言われているケルベロスだ。あのモンスター収集狂いのアッケルマン伯なら、喉から手を出してでも手に入れたいと思うのではないかな?」
「でも何の確証も無いわ、そんな
「ああ、判っておるぞリーセロットよ。おのしから使いを送ることは出来るまい。
今の帝国の事情からすると、アッケルマン伯の機嫌を損ねるような真似は、とても出来まいて。
そこでだ、儂がアッケルマン伯の元へ参る!」
「え!?でもペトラ、何の証拠も無いのよ。」
「フンッ、この儂が疑わしいと思うのだ、理由はそれで充分だ。
おいマイカ、儂と共に行くか?」
ペトラは、いまだ黙ったままでいるマイカの眼を強く見て言った。
「うん、行く!私も連れて行って!!」
マイカはペトラに力強く答えた。
第77話(終)
※エルデカ捜査メモ〈77〉
ステルクステ騎士団団長ペトラの副官アードルフの従士イエルンは獣人である豹人族の男性で年齢は21歳。
豹人族の特徴として、身体能力が極めて高く、また、視力聴力嗅覚も非常に優れている。
そして、イエルンは豹人族の中でも猟豹種という、非常に速い速度で走れる種族である。
更にイエルンは、どんな武器でも使いこなせる器用さもあり、幼少の頃より将来を有望視されていた。