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第79話 『アッケルマン辺境伯城へ』

 「…大きい…馬…だよね?」


 マイカはペトラがいてきた巨大な黒馬を見上げながら言った。


「おおよ、マイカ。わしの愛馬ウイントだ、風よりも速く走るぞ。

 こいつに乗って駆ければ、最早もはや追い付けなくとも、ケルンをさらった奴らがアッケルマン伯の城に着いた瞬間を捉えることは出来るかもしれん。」


 ペトラは、アッケルマン辺境伯が抱えるモンスター猟獲りょうかく隊がケルンを拐ったものと断定したかのような物言いである。


「でもペトラ、そうと決まった訳じゃ…」


「いんや、儂の勘がそう言ってる。儂の勘は良く当たるのでな…

 さ、行くぞマイカ。このウイントは気難しいゆえ儂以外の者は背に乗せぬが、共にならば大丈夫だ。」


「そう…」


と、マイカはペトラに答えた後、ウイントの正面に廻って


「ウイント号、よろしく頼みます。」


と、ウイントに向かって深々と頭を下げた。


「フフンッ」


と、ペトラは鼻で言ってウイントを見つめているマイカを抱き上げ、自分の右肩に乗せた。


「フフンッ、やはり儂の勘に間違いはないわい。いや、これは人を見る目かな?

 マイカのその、我が愛馬に対する誠心誠意な態度…惚れが増すということよ!」


 ペトラはそう言ってマイカを右肩からウイントの背に移し、自らも飛び乗った。



「さあくぞ!

 イエルン、いくら遅れてもよいから付いて参れ!!」


かたわらに控えていたアードルフの従士イエルンに向かって言った。


「はっ、団長閣下。しかし私は豹人ひょうじん族の中でも最も俊足を誇る獵豹りょうひょう種でありますので、遅れは致しません。」


「フッ、申すことよ。

 アードルフ!貴様も後から付いて来いよ!」


「へい、手筈てはずのとおり、団長とあっしの従士100名ばかりを連れて行きやすよ。」


「おう。では行くぞ!進路は西!アッケルマン辺境伯の城へ!!」


 (は、速い!これ本当に馬の速度か!?)


 マイカとペトラを乗せた巨大馬ウイントは猛然と街道を突き進んでいた。

 その走るスピードは、マイカが目を開くことが困難になる程の向かい風から判断すると、前世の世界の馬とは比べ物にならないくらい速く走っているように思われた。

 その凄まじい速度で走っているウイントの横に、豹人族であるイエルンがピッタリと徒走で付いてきている。


 (いやいや、イエルン君も何でこんなに速く走れるんだ?この世界はモンスター以外の、普通の生き物も人も、オレの前の世界より、よっぽど能力が高いみたいだな。)


 ペトラとイエルンはシャツにズボンといった平装で、武器もイエルンが短刀を一振ひとふり持参しているだけでペトラは丸腰だった。武装していないのは、相手に余計な警戒心を持たせないためというより、単にこちらの方が速く走れるからという理由らしい。

 マイカもエルフのころもから白い長袖シャツと乗馬ズボンといった姿に着替えている。


 そして30~40分程駆けて行くと登り坂に入ったが、それでもウイントとイエルンは速度を落とさない。


「あと少しでこの台地の上に建つアッケルマン伯の城に着く!

 …ん?前方に何かおるぞ。」


 丁度その時、マイカ達の背後の空が明るみ始め、ペトラが前方に居る何かを発見した。


「儂には何か判らん。マイカ、イエルン、判るか?」


「うんペトラ、私は夜目が利くから、よく見てみるね。」


 空が明るみ始めたとはいえ充分暗い。

 そこでマイカが


「光の魔法!収光瞳しゅうこうどう!!」


と唱え、前方の物体を注視してみた。


「うーん、ダメだ。遠すぎて黒いゴマみたいにしか見えない…んー……」


 (あっ、そうだ!前に光の魔法「空間照写くうかんしょうしゃ」を使った時、映し出した映像をトリミングして縮小出来た。あれを応用して拡大も出来るんじゃないか?)


「…これだけ離れてると、単にカメラじゃなく、望遠鏡のイメージかな?…ん…

 光の魔法!遠望照写えんぼうしょうしゃ!!」


 マイカが右てのひらを前に出してそう唱えたところ、マイカの前に顔の大きさ程の光の輪が現れた。

 マイカはその光の輪を右手をすぼめて5本の指先で触り、続けて手の指を大きく「パー」の形に広げた。

 すると、その黒いゴマのような物がたちまち拡大された。

 覆いの被さった荷車である。荷車が前へ進んでいたが、馬でいているにしては少し遅く感じられた。


「当たりだ!真後ろゆえ見えんが、あの遅さ、人が牽いておるに違いない!

 やはり儂の勘が当たったわい!!」


 マイカの後ろでペトラがウイントの手綱を操りながら言った。


「だが残念じゃが城に入る前には間に合わんの。奴らが入れば門は閉ざされてしまうわい。」


 段々と空が明るさを増していったことにより前方の景色が良く見えるようになってきた。

 前方の岩がちな台地の上に武骨な石壁が見えてきた。


「あの石壁に囲まれておるのがアッケルマン伯の城よ。ま、城と言うより要塞と言うべきかな。」


 進行先に見えているその石壁が目指すアッケルマン辺境伯の城であることをペトラはマイカに伝えた。

 すると、前を行く荷車は、その石壁に設けられた一つの鉄製の門をくぐり中へ入っていき、荷車が入り終わると門は固く閉ざされてしまった。


「おう、間に合わなんだ。門が開いておれば続いて入ろうと思ったのじゃが…」


 ペトラは愛馬ウイントの足を止め、その背から降り、マイカも抱えて地に降ろした。


「どうするのペトラ?」


「普通に正面から訪ねて行っても儂ならば中へ入れてはくれようが…ケルンのことは知らぬ存ぜぬを決められてしまうだろうな…」


「でも、本当にケルンがあの荷車に居ると決まった訳じゃ…」


「いや、居る!儂の勘がそう告げておる!!」


「はい、ペトラ団長閣下のおっしゃる通りです。間違いありません。」


 イエルンが地に顔を近付け、前方を進んでいた荷車のわだちの跡と人の足跡の匂いを嗅ぎながら言った。


「この足跡から私に道を尋ねた男の匂いがします。あと、轍の跡からかすかにケルン殿の匂いも。」


「ほーれ!やはり儂の勘は当たるじゃろう?

 非常事態が起こった際、儂の勘は冴え渡ってくるのだ!」


「ハハ…確かに凄いや。それってペトラの特殊能力スキルなの?」


「スキル?そんなのは知らんな。

 さて、先に言った通り正面から出向くと知らぬ存ぜぬを通されるだろうから、ここは一つ、奇襲といこうか。」


「きっ、奇襲!?まさか戦いを挑むつもりなの?」


「ふんっ、心配いらんマイカ。要は相手の出鼻をくじいて相手の優位に事が運ばぬようにするだけさ。」


「なるほど。で、奇襲って、どうやるのペトラ?」


「あの石壁を越えて入ろう。

 イエルンよ、貴様、崖登りは得意か?」


「シャキイィーンッ」


 イエルンの両手指の爪が長く伸びた。先端が曲がったかぎ爪だ。


「はっ!団長閣下。この爪先が懸かる所であれば何処にでも登れます。」


「よし!では先に儂とマイカが派手に石壁を越えてみせる。されば城兵は儂に気を取られるだろうから、イエルンよ、その隙に壁を登って内から門を開けろ。」


「はっ!!」


「そしてウイントよ、おのしはその開いた門から城内へ入って、そこら辺で駆け回ってくれ。」


「ヒヒィィーンッ!!」


 ペトラの指示がウイントには理解出来るらしい。前足で地を掻いてやる気満々だ。


「よし!行こうか、皆!!」


「ちょ、ちょっと待ってペトラ。あの壁を派手に越えるって、私はどうやればいいの?」


 マイカは、その少なく見積もっても40~50メートルは有りそうな石壁を遠目で眺めながらペトラに聞いた。


「おうマイカ、おのしは儂の背におぶされ。」


「え?私をおぶったまま壁を登るの?大丈夫?」


「大丈夫だ。さっ、早く!」


 マイカはペトラに言われたまま、ペトラの広い背におぶさった。


「おっ!マイカ、おのし小柄な身体の割に中々…」


 ペトラは殊更ことさらかがみになってマイカの胸が自身の背に密着するようにし、更に両手でマイカの臀部でんぶ鷲掴わしづかみにした。


「ちょっ!ペトラ!!変なことするなら降りるよ!!」


「おう、すまんすまん、つい…

 おっとマイカ、これを持ってくれ。」


と、ペトラは馬上むちをマイカに手渡した。ウイントを駆る時に持っていたが、一度もウイントに対しては振るわなかったものだ。


「…え?ムチ?…何に使うの?」


「よし!皆、行くぞ!!」


 ペトラはマイカからの鞭に関する質問には答えず、いきなり全速力で走り出した。

 なんと、後から尾いてくるイエルンとウイントとの差がどんどん広がっていく。


「え!?嘘!何、このスピード!?」


「ハハハハ、驚いたかマイカ。実は儂が本気で走ればウイントに乗って駆けるより速いのよ!!」


 そうこう言っているうちにアッケルマン辺境伯の城の外壁がどんどん迫ってくる。


「ちょっ、ペトラどうするの!?このままじゃ壁に激突するよ!!」


「おう!マイカ、その鞭で儂の尻をってくれ!」


「え!?いや、そんなこと!!」


「早くせんと壁にぶつかるぞ!

 ほら、その鞭で、早く、早くってぇーっ!!」


「あわわわっ!」


 マイカは壁が迫り来る恐怖に訳が判らなくなり、言われるまま馬上鞭でペトラの臀部をしたたかに打った。


「違うんっ!そんなんじゃ足りないんっ!

 もっと!儂を壊すくらいにもっと強くってえぇーーっ!!」


「ええーい!もうヤケクソだーっ!!」


 マイカは、今度は渾身こんしんの力を込めて馬上鞭でペトラの大きな臀部をぶっ叩いた。城の外壁のすぐ手前で、最早、僅かな距離しかない。


いーーっっ!!身も心も飛っぶーーーっっっ!!!」


 走るスピードを落とさないペトラが城壁に激突すると思われた刹那せつな、ペトラの身体がマイカをおぶったまま高く宙に舞い上がった。

 ジャンプしたのである。壁にぶつかると思って思わず目をつむったマイカが再び目を開いた時、丁度、城壁の上を飛び越えようとしているところだった。

 驚くべきことに、何十メートル有るのか判らない程の高い城壁の、更に10メートル程上空を越えていた。

 城壁の上に幾人かの城兵が居たが、昇りつつある朝日を背に飛んでいるペトラ達は良く見えなかったらしい、誰も気付いていなかった。


 (う、嘘!?と、飛んでる…)


 マイカは両手両足を広げて飛んでいるペトラの背から落ちないように必死にしがみついた。


              第79話(終)


※エルデカ捜査メモ〈79〉


 何もかもが規格外のステルクステ騎士団団長のペトラは、その筋力も怪物じみており、彼女の愛馬、風よりも速く走ると言われている駿馬ウイントよりも速く走れる脚力を持つ。

 その脚力で、アッケルマン辺境伯の城の外壁ごときは、実はマイカに鞭で打たれなくても普通に越えることが出来る。

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