土煙の中から、ゲンジが飛び出した。
両腕に魔力を纏い、咆哮と共にシュテンへ殴り掛かる。
「馬鹿にするなこの人間風情がっ!」
シュテンは拳を手で受けると、握り込む。
「!?」
魔力で強化されているはずの拳は、シュテンの手に包まれてビクともしない。
シュテンは掴んだ手を横へ払うと、旗を振るようにゲンジの身体も振り回され、勢いのまま地面を転がる。
運良く大木にぶつかって止まったゲンジは、その木を足掛かりにしてシュテンの方へ跳ぶ。
蹴った木が音を立てて倒れる中、ゲンジはその顔面をシュテンに掴まれた。
シュテンは勢いを殺さずに腕を振る。
「はっけよォい」
腕とゲンジはシュテンの前面で三日月を描いて、シュテンの真上で一瞬静止する。
「のこったァ」
「っ!?」
声と共にシュテンは腕を前へ振り下ろす。
降ろしきる前に手を離されたゲンジは、シュテン前方で地面に激突し、勢いそのままに地面を抉って行く。
何本もの大木が根を絶たれ倒れていく中、ゲンジは暗闇の中へと転がされていった。
アンナが、メイをイバラギの横へ座らせる。
「姐さん、大丈夫っスか!?」
「えぇ…ご心配には及びません」
メイが、荒い息で肩の傷を押さえていると、いつの間にかシュテンの首から降りていたクロが飛び乗ってくる。
クロはマンジュに「任せろ」とばかりの視線を送ると、メイの全身を魔力で覆った。
「…………はは、ははは」
ふと、笑い声に気づいた一同がイバラギに目を遣ると、彼女はシュテンを一心に見つめていた。
そして、メイの腕をがっしりと掴んだ。
「よぉ……見ろよアレ…………良い男だろ?」
メイは言われるままシュテンを見る。
妖力を解放し角も伸びたその後ろ姿は、いつもよりも大きく見えた。
「…………オイラがただ一人、惚れた男だぁ……」
イバラギはぐいっとメイを引っ張り寄せ、小さな声で耳打ちする。
「…………おめぇさんに、譲ってやるよ」
「っ!?」
メイが飛び跳ねるように振り向くと、イバラギはふざけたような、しかし何処か優しげな顔で笑っていた。
「イバラギ、殿……?」
遠くで何かの音がした。
シュテンが顔を上げると、ゲンジが魔剣ヒゲキリを手に、飛んでくるのが見えた。
おそらく爆発で飛んで行ったものを運良く見付けたのだろう。
「死ねぇ!」
背中の羽根を存分に使い距離を詰めると、振りかぶった刀をシュテンの頭へ目掛けて振り下ろす。
だが、シュテンには当たらない。
「遅せェ」
シュテンは煩わしい羽根を掴みあげると、ハンマー投げよろしく振り回す。
「ぐああっ!」
それを投げるではなく地面に叩きつけた。
羽根を負傷したゲンジはもはや飛ぶ事が叶わない。
「クソっ!」
ゲンジは我武者羅にシュテンの喉を狙って突きを放つが、ひらりと躱される。
「鬼道・装技『意鬼揚々』」
ガラ空きのボディに鬼の爪が刺さる。
「ぐふっ」
腰が浮いて頭の位置が下がっていく。
その一瞬で、シュテンは振り上げた逆の腕に妖力を集める。
「鬼道・装技『意鬼消沈』」
「がっ!?」
浮かんでいた腰に鬼の爪が突き刺さり、両膝が地面に叩きつけられる。
衝撃のあまり手を離した拍子にヒゲキリは地面を転がっていく。
「ぐ…あっ」
胃腸の内容物が迫り上がってくるような感覚の中、目の焦点を合わせながら足に力を入れる。
しかし直後、背筋を冷たいものが通っていくのを感じた。
「鬼道・装技」
次の技は食らったらまずい。
ゲンジは本能的にそう感じ、咄嗟に魔力を両腕に集め胸の前でクロスした。
「『意鬼投合』」
「っ…!」
鬼の爪は魔力の壁を易々と突破し、両腕の組織へと侵襲していく。
ゲンジはそんな嫌な感覚と共に、後ろへ吹き飛ばされた。
四、五本の木を貫通して行き、一際大きな幹にぶつかってようやく止まる。
ゲンジはそのまま、ずりずりと幹を伝っていき、だらりと力無く座り込んだ。