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第七十三話/オイラの愛した男

 土煙の中から、ゲンジが飛び出した。

両腕に魔力を纏い、咆哮と共にシュテンへ殴り掛かる。

「馬鹿にするなこの人間風情がっ!」

シュテンは拳を手で受けると、握り込む。

「!?」

魔力で強化されているはずの拳は、シュテンの手に包まれてビクともしない。

シュテンは掴んだ手を横へ払うと、旗を振るようにゲンジの身体も振り回され、勢いのまま地面を転がる。

運良く大木にぶつかって止まったゲンジは、その木を足掛かりにしてシュテンの方へ跳ぶ。

蹴った木が音を立てて倒れる中、ゲンジはその顔面をシュテンに掴まれた。

シュテンは勢いを殺さずに腕を振る。

「はっけよォい」

腕とゲンジはシュテンの前面で三日月を描いて、シュテンの真上で一瞬静止する。

「のこったァ」

「っ!?」

声と共にシュテンは腕を前へ振り下ろす。

降ろしきる前に手を離されたゲンジは、シュテン前方で地面に激突し、勢いそのままに地面を抉って行く。

何本もの大木が根を絶たれ倒れていく中、ゲンジは暗闇の中へと転がされていった。





アンナが、メイをイバラギの横へ座らせる。

「姐さん、大丈夫っスか!?」

「えぇ…ご心配には及びません」

メイが、荒い息で肩の傷を押さえていると、いつの間にかシュテンの首から降りていたクロが飛び乗ってくる。

クロはマンジュに「任せろ」とばかりの視線を送ると、メイの全身を魔力で覆った。

「…………はは、ははは」

ふと、笑い声に気づいた一同がイバラギに目を遣ると、彼女はシュテンを一心に見つめていた。

そして、メイの腕をがっしりと掴んだ。

「よぉ……見ろよアレ…………良い男だろ?」

メイは言われるままシュテンを見る。

妖力を解放し角も伸びたその後ろ姿は、いつもよりも大きく見えた。

「…………オイラがただ一人、惚れた男だぁ……」

イバラギはぐいっとメイを引っ張り寄せ、小さな声で耳打ちする。

「…………おめぇさんに、譲ってやるよ」

「っ!?」

メイが飛び跳ねるように振り向くと、イバラギはふざけたような、しかし何処か優しげな顔で笑っていた。

「イバラギ、殿……?」





遠くで何かの音がした。

シュテンが顔を上げると、ゲンジが魔剣ヒゲキリを手に、飛んでくるのが見えた。

おそらく爆発で飛んで行ったものを運良く見付けたのだろう。

「死ねぇ!」

背中の羽根を存分に使い距離を詰めると、振りかぶった刀をシュテンの頭へ目掛けて振り下ろす。

だが、シュテンには当たらない。

「遅せェ」

シュテンは煩わしい羽根を掴みあげると、ハンマー投げよろしく振り回す。

「ぐああっ!」

それを投げるではなく地面に叩きつけた。

羽根を負傷したゲンジはもはや飛ぶ事が叶わない。

「クソっ!」

ゲンジは我武者羅にシュテンの喉を狙って突きを放つが、ひらりと躱される。

「鬼道・装技『意鬼揚々』」

ガラ空きのボディに鬼の爪が刺さる。

「ぐふっ」

腰が浮いて頭の位置が下がっていく。

その一瞬で、シュテンは振り上げた逆の腕に妖力を集める。

「鬼道・装技『意鬼消沈』」

「がっ!?」

浮かんでいた腰に鬼の爪が突き刺さり、両膝が地面に叩きつけられる。

衝撃のあまり手を離した拍子にヒゲキリは地面を転がっていく。

「ぐ…あっ」

胃腸の内容物が迫り上がってくるような感覚の中、目の焦点を合わせながら足に力を入れる。

しかし直後、背筋を冷たいものが通っていくのを感じた。

「鬼道・装技」

次の技は食らったらまずい。

ゲンジは本能的にそう感じ、咄嗟に魔力を両腕に集め胸の前でクロスした。

「『意鬼投合』」

「っ…!」

鬼の爪は魔力の壁を易々と突破し、両腕の組織へと侵襲していく。

ゲンジはそんな嫌な感覚と共に、後ろへ吹き飛ばされた。

四、五本の木を貫通して行き、一際大きな幹にぶつかってようやく止まる。

ゲンジはそのまま、ずりずりと幹を伝っていき、だらりと力無く座り込んだ。

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