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16 小学中退のレベル

青少年たちはあれこれと議論し始めた。

「いつも行っているところは探した?」

「ここ以外は全部探した。写真も見せた。誰も見ていないって」

「おい守、お前本当に見たかい?人違いじゃない?」

「そんなはずがない!あの車は確かに隊長が乗っていたものだ!あの人の後ろ姿も隊長と全く同じ!灰色のスーツを着ていて、隊長ちの会社のビルにも入って、それから女を連れて出てきた!」

「スーツ?!冗談だろう。隊長はスーツが大嫌いだぞ!」

「とにかく、もう一度、周りを探そう。二時間後ここに集合だ!」

草色Tシャツの青年は命令を出すと、青少年たちはまたあちこちに散らばった。青年自身はイズルとリカが買い物したばかりのタピオカの店に向かった。


「走れ!」

青年が背を向けたら、イズルはリカを引っ張って、青年が来た逆方向へと走り出した。

あっちこっちの青少年たちを避けながら、二人はなんとか会社の駐車場に戻った。

イズルはやっと一息をついて、リカの腕を放した。

「待ち伏せとは……もしかしたら、会社のビルをすべて監視しているのか。やつらは何をやっているんだ……」

リカは痛んだ腕をほぐしながらイズルに質問する。

「なぜ逃げるの?隊長っていうのはあなたのことなの?」

「……」

リカに聞かれると思ったので、イズルは逃げる途中から言い訳を考えた。

「彼たち従兄の悪友だ……です。従兄は昔からわたしのことが大嫌いで、よくあの人たちを連れてわたしをいじめます。ほら、豪族でよくある話でしょ。虐げられたお嬢様、じゃなくて、お坊ちゃまとか……今回も、嫌がらせをしに来たと思います。『隊長』というのは、たぶん、彼たちが勝手にわたしにつけたコードネームみたいなものでしょう」

ウソをうまくでちあげったら、イズルは急に思い出した。

さきほど、キャラ設定を変更した。もう無能な印象を与えてはいけない。

「あ、でも、さっき逃げるのは彼たちが怖いのではなく、パーティーの前に面倒なことを起こしたくないから。もう大丈夫です。わたしは自分と周りの人を守れるようになりました。もちろん、あなたのことも守れます」

「……そうか」

あっさりと返事したら、リカは車のほうに向かった。


「そうか」ってどういう意味?

イズルはリカの横顔を見つめながら、そのそっけない返事の意味を考えた。

従兄の悪友の嘘を信じなかったのか?

それとも彼女を守るという話を疑っているのか?

まあ、どうでもいい、復讐が終わるまであの人たちとはもう関わらない。リカは疑っても検証できない。

「私を守らなくていい」

「?!」

不意に、リカは振り返た。

まっすぐにイズルの目を見る。

「もし何があったら、自分を守ることだけを考えてください」

「!」

リカの口調は淡々としている。

皮肉なのか忠告なのか、イズルには分からなった。

唯一分かったのは、リカの前で、どうにも冷静でいられないことだ。


パーティーの資料をイズルとリカに送った青野翼は、ようやく暇ができて、例の電話をかけた。

「連絡が遅れてしまって、申し訳ありません。ちょっとしたできことがあったけど、予想内のものです。すべては順調に進んでいます。渡海イズルの能力の訓練について……」

電話の向こうの人は軽く笑って、青野翼の話を遮った。

「報告しなくていい、連絡とかもご自由に。結果さえよければ、過程は不問だ。でも、彼の命だけは取らないでほしい、うちのボスはそういうのが好きじゃないから」

質感のいい若い男の声だった。

それを聞いて、青野翼は肩を落とした。

「やはり、先生と一緒に仕事するのは楽ですね。相手の気持ちを配慮して、もっと人道的にやれみたいなことを言われたら、やる気は半減しちゃいますよ」

「何が先生だ、皮肉のつもりか」

電話向こうの男は笑った。

「とんでもないです。異能力を失ったわたくしを正しい道に導いてくれた先生のことを尊敬しています。ですが、ちょっと不思議と思います。神農グループのことはちょっとした意外にすぎない。われわれの対万代家の計画に影響がありません。先生ほどの人はなぜ関心をもっていますか?」

「正しく言えば、関心を持っているのは私ではない。うちのボスは余計なことを心配してるんだ。あいつの能力は私のと似ている。組織上での立場は、うちのじゃじゃ馬お嬢の相手役だから。ボスが気になるのもしょうがないことだ」

ほんの一瞬、先生と呼ばれた男性の口調は少し柔らかくなった。

「――それに、意外なできことは、計画よりも大きな変化をもたらす力がある。より効率的に、万代家を崩壊に導くだろう」


夕方頃、イズルは「殺し合いゲームのための体力訓練」という言い訳で、青野翼と約束したところに向かった。

リカはキッチンで簡単な夕食を作って、お皿を部屋に持ち込んだ。

イズルが出かけたすぐに、あかりから新しい資料が届いた。

ビデオ資料なので、食べながら見ることにした。


「真夏の特別企画、『無人島サバイバルゲーム』?」

リカはこういうジャンルの番組に全く興味はない。

何年前に、スマホゲームの影響でリアルサバイバルゲームのブームがあった。女性もはまると言われていたが、リカはどうしても電波が合わないと感じて、ずっと触らなかった。ゲームからリアルイベントまで、番組さえも見たことがない。

そのせいで、若者らしくないと「友達」に笑われたこともある。


ビデオの番組は約二年前のもの。

撮影現場はとある「無人島」。

参加者30人を3組に分けて、一週間の中で限りのある資源を争いながらほかの組の「タワー」破壊するゲームだ。

一週間後、各組の「生き残り」と残された「タワー」の数で点数を計算し、勝者を決める。


武器はライフルの模造品、銃弾は塗料弾。

参加者全員は被弾感知器を着けている。

被弾すると、被弾する体の部分によって、一定時間の行動制限が発生する。制限時間内で移動する場合は失格とみなし、退場になる。

被弾が一定の数に達すると、「死亡」だと判定され、退場になる。


30人の参加者は赤、青、黄の三つの組に分けられた。

赤組の隊長の顔はイズルと同じものだった。身長は今よりちょっと低いようにみえるが、本当にイズルだったら、この二年間で伸びた可能性もある。

疑わしいのはその表情も雰囲気だ。

リカが知っているイズルは、ご主人の機嫌を伺うマンチカン子猫だとすると、サバイバルゲームの「イズル」は、子分を率いて狩猟をするベンガルヤマネコだった。

行動は素早く、攻撃は容赦なし。

「好青年CEO」のイメージの欠片もない。


「イズル」の指揮で、赤組は資源を餌にして、青組の隊員を二名捕獲した。

そらから青組の隊員の銃弾を奪って、青組に装って黄組に襲撃した。そして、わざと黄組にボロを見せた。

黄組は赤組の裏をかくつもりで、青組に不意打ちのふりをして、

赤組をハメるためのワナを作ろうとした。

だが、赤組をワナに誘う前に、黄組はいきなり青組に不意打ちされた。


――それもまた赤組が仕組んだものだ。

赤組はわざと黄組が青組を襲う計画を青組の人質に聞かせた。

その後、看守を緩めて、青組の人質を逃した。

人質は黄組が青組に奇襲をかける情報を持ち帰った。

やむを得ず、青組は黄組に先制攻撃をした。

青と黄両組ともに準備不足で、訳も分からないうちに乱戦に入った。

その隙に、赤組は総力をあげて、戦闘に疲労した両組を「全滅」。両組の基地で留守番をしていた隊員は数人しかいない。当然、赤組にたやすく潰された。

本来一週間予定の番組は、ただ三日で終わった。


リカは一旦デザートのプリンを置いて、静かにコメントをした。

「小学中退のレベルにして、上出来」

声、癖、姿勢などディテールを観察した結果、CEOイズルと赤組隊長の「イズル」は同一人物で間違いないようだ。

CEOイズルのバカ笑顔を思い出したら、リカはコメントをもう一つ追加。

「下手な猫かぶり」


イズルに手首を掴まれたことは何回もあった。

馬鹿の力は普通の人より大きいとどこかで聞いたことがある。

でも、イズルがあるのは馬鹿力だけではない。

反応のスピード、リーダーシップ、適切な指示、効率的で狡猾な戦術……これらの素質は、彼は馬鹿ではないことを証明した。

けど、馬鹿じゃなくても「聡明」とも言えない気がする。

嘘つきはとんでもない下手だから。

演技もド素人レベル。

無理矢理にへんなキャラを演じて、一体何をしたい?

本当に常識のないお坊ちゃまなの?

それとも、万代家の監視者の自分を油断させるつもりか?

この件に青野翼の後ろにある「新登場」が関わっている以上、イズルはすでに家族の惨劇の真相を知ったのだろう。

自分を家庭教師に雇用するのも、下手な演技で媚びを売るのも、復讐の一環のはずだ。

でも、異能世界について、彼はどのくらい知っているの。

今の状況から見れば、イズルは「新登場」と万代家のゲームの駒に過ぎない。「新登場」の代理人――青野翼という奇怪な男の手に踊らされているように見える。

イズルは不服かも知れないが、一番早く身を守る方法は万代家の一員になることだ。

イズルの家族の死は、自分の「過失」によるものとも言える。

せめて、彼を守ってあげてほしい……


同じ時間に、「新登場」の秘密施設で何枚の銃弾はイズルの頭に飛んでくる。

「!!」

イズルは銃弾を止めようと手を伸ばす。

炎のような淡い光はちらっと彼の手に現れて、瞬きの間に消えた。

銃弾はそのままイズルの頭を貫いて、イズルの視野は真っ暗になった。


「もういいです」

青野翼の声を聴いたら、イズルは頭と体につけているVR設備を外した。

自分手を見つめて、イズルは困惑する。

「さっきより弱くなったんじゃない?前のテストでバリアみたいものができたのに」

「CEOの潜在意識はすでにこの環境に適応して、銃弾が偽物だと気付いたのでしょう」

青野翼はガラス窓の向こうの監視室でデータを確認しながら返事をした。

「どうやら、十分な危険性を感じないと発揮できない能力のようですね。次の環境で調整します。その前に、アクティブな訓練をしましょう」

青野翼の緊張感のない言葉に、イズルは少し焦りを覚えた。

その態度から見れば、「新登場」は彼の能力にあまり興味がない。どれほど支援してもらえるのが疑問だ。

それに対して、イズル自身は一時も早くその能力を掴みたい。

その能力だけではなく、復讐に役立てばどんな力でもほしい!


次の訓練場は射的場。

特訓メニューを見た当初、イズルはこの非人道的な訓練量に疑問を持っていたが、今はちょっと違う。

これはまさしく彼にとって必要なものだ。

――

人型の標的は次々と走ってくる。

イズルは目標に集中して、引き金を引き続ける。

銃弾の爆発音は相次ぎに響いた。

でもイズルの頭の中は怖いほど静寂だった。

頭に浮かんでいる景色は一面の暗闇、中央に一点の真紅の光。

十点一万発のリクエストは、訓練にして多すぎるかもしれないが、敵にやるならまだまだ足りない。


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