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第四章 シンデレラじゃない

17 シンデレラじゃない

回復お祝いのパーティはイズルの叔父――博司ひろしが経営するガーデンホテルで行う。

イズルがCEOになってからの社交デビューなので、親戚や関係者たちにかなり注目されている。

イズルに万全な準備をさせるために、博司は彼に専用の休憩室を用意した。

嫌な行事だけど、イズルはこのパーティーの重要性が分かっている。早めにホテルに到着して、準備を始める。


イズルは石のように重い肩を動かして、スーツの袖に腕を通す。

ネクタイを締めながら、青野翼と一問一答をする。

「今日の注意点をもう一度確認させていただきます――」

「博司さんは基本的に敵ではありません。権力や利益のためにCEOのおだてをするだけです。甘い汁を分けてもらえるという幻想を与え続ければ、敵にならないでしょう。ちょっと面倒なのは、セールスマンのようなうるさいところです。その勧誘に負けないように心かけをお持ちください」

「問題ない。神農グループ最近四十年の廃案を資料室から引っ張り出した。これらは祖父が残した未完成の壮大計画かもしれないと、彼に研究を依頼するつもりだ。早くても一年かかるだろう」

「一番敵意を持っているのは、卓三たくみさんです」

卓三というのは、イズルの祖父の弟の長男。

「CEO一家に一番不服なのは彼の陣営です。グループでの決策でもよく違う意見を唱えていて、CEOの継承権を最後まで強く反対しました。このパーティーでCEOは完璧なパフォーマンスをみせれば、彼らも口を挟むチャンスがないでしょう」

「だが、お前たちはオレの継承権を押し通した。奴らの反対理由は不十分、ほかの人からも支援をもらえないだろ。奴らにかまう暇はない。博司さんかほかのお節介親戚に任せる。万が一の場合、お前がいるじゃない」

答えを求めるように、イズルは横目で青野翼を見た。

今まで青野翼の仕事はほぼイズルの叩きと下手演技の披露。

秘書らしい仕事をちゃんとさせないと。

青野翼はイズルの意味が分かっていて、一応その頼みを引き受けた。

「そうですね。また、脅威と言えない程度のことですが、従兄のうしおさんは二人の『お友達』を連れてきました。トラブルがないように気を付けましょう」

「彼は小さい頃からその手しかない。もう飽きた。今のオレは昔のようにやさしくない。不穏な行動でもしたら、このパーティーを彼の恥さらし大会にする」

イズルは鼻で笑った。

「それから、伯母さんの英子ひでこさんを始め、CEOにお見合いを勧めようとするご婦人は大体5、6名がいます」

英子というのは、イズルの祖父の兄の長女。イズルの両親の代で、一番年上の「姉」。実力を持つ伯母だ。

反逆なイズルでも、彼女の前で自粛していた。


「『あいつ』がいる。あいつをオレの『恋人』にすれば、おばさんたちの矛先はそっちに向かうだろう」

イズルは休憩室のもう一つの扉に目を向けた。

その扉は隣のリカのいる休憩室につながっている。

「おばさんたちの攻撃でやばい場面になったら、オレはあいつの前に立つ。実際に守る力を見せれば、もうオレを馬鹿扱いしないだろう」

「名案です」

青野翼は薄笑いを顔に浮かべた。

「でも、姫様を守る騎士になるのは、前提条件があると思いますよ」

「どういう意味?」

その冷やかな口調に気になって、イズルは問い詰めようとした。

その時、廊下につながる扉がノックされた。

青野翼は秘書としてイズルの代わりに対応しに行った。


イズルは鏡に向かって、身を拘束するスーツをもう一度整える。

彼は正装が嫌いだ。どんな高級製品でも、身にまとうと、虫にかまれたように全身のくすぐったい。

でも、今日の調子がよくないのはこのスーツだけのせいではない。

青野翼の地獄訓練は十日も続いた。いくら運動に長けているイズルでも付き合いきれない。

体はもう自分の物ではない感じさえした。

肉体感覚の退化は精神的な力の覚醒に有利だの、予想通りの訓練の効果だの、青野翼は喜んでいたが、イズルは納得できなかった。

どう見ても、遊ばれている。

しかし、イズルは異能力の知識が全くない、反発する理屈を見つからない。

異能力に関して、青野翼、あるいは彼の後ろの「新登場」に頼らない方法はないのか……

そう思うと、ふっと、何かを思い出したように、イズルは隣の休憩室につながる扉に視線を向けた。


――あるかも知れない。


「どうしたました?シンデレラの華麗なる変身に期待していますか?」

青野翼はイズルの視線の方向に気付いたら、揶揄な口調で聞いた。

イズルはいたずらをする少年のように、片方の口元を上げる。

「華麗とは限らない。地味の可能性もある」

「地味?」

「六セットのドレスを用意してあげた。イギリス、フランス、スペインの中世期宮廷風ドレスそれぞれワンセット、てんとう虫柄のがワンセット、ドリアンモチーフのがワンセット、コーギーの着ぐるみがワンセット。どのように変身するのか、楽しみだ」

さすが、青野翼もこの堂々としたいたずら、いいえ、嫌がらせに呆れた。

「本当に彼女の夫になるつもり?そんなことをして、トラブルになったら……」

「トラブルが起きたほうがいい。彼女はトラブルに遭わなければ、オレにアピールするチャンスがない」

「僕が言っているのは彼女とCEOとのトラブルです」

「減点で解決できるものだ。構わない」

「日々の恨みを晴らしたい気持ちは分かりますが、こんな大事な時に真面目にやらないと、復讐計画は台無しになりますよ」

どうやら、イズルはリカを「守りたい」ではなく、ただ彼女に恥を晒させたいようだ。

無理もない。

合計マイナス50万点の恨みもあるから。

青野翼はああだけど、やはり任務のことを考えなければならない。とりあえず冗談を止めて、イズルを説得しようとした。

「減点のことなんですけど、正直、彼女はルール通りにやっています。点数付けは確かに厳しいが、コメントは客観的なものです」

「客観的?冥王星の客か、海王星の客か?」


二人は睨み合っている間に、またドアノックがあった。

今回は隣の休憩室につながる扉からのものだ。

イズルが「入っていい」と言ったら、

リカは静か扉を開いて、にこっちの休憩室に入ってきた。

「!!」

リカが着替えたドレスは、イズルが用意したものではない。

普通の物だった。

――

水色の七分丈ドレス、デザインはかなり簡単。

左肩に白い花が二輪、花びらをモチーフにした柔らかい裾。

布の質は豪奢よりも肌に優しい材料。

長い髪は頭の後ろに結ばれていて、装飾に水色のリボンが付けられている。

髪の間に、小さな白い花の髪ピアスがいくつ挿されている。

シンプルな格好だけど、全体的に優しくて心地よいイメージだ。


これならトラブルにならないだろう、と青野翼はほっとした。

大人げないのは一人で十分だ。

「CEOのファッションセンスのレベルは赤ん坊だったら、そっちは博士ですね」

「……」

計画失敗のイズルは言うこともない。

リカの容姿はもともと整っている。

身なりも適切で、文句を付けるところが見つからない。

悔しいけど、黙って二度見以外に何もできない。


青野翼は先にリカに向かった。

「リカさん、ちょっと報告があります。先ほどスタッフが知らせに来ました。CEOの登場にインパクトをつけるために、私たちは二階のバルコニーから登場します。真っ暗の中で、頭の上からいきなりスポットライトが差し込みます。それから盛大な拍手とチャイコフスキーピアノ協奏曲1番が入ります。かなり衝撃的な音量だと思いますので、心の準備をして置いてください」

その「飛び切り」の演出を聞いたリカの表情は、明らかに軽蔑するような感じになった。

でも反対はしなくて、ただ心配しそうにイズルに視線を投げた。

「心の準備をするのは私じゃないでしょ。ちょっと待って、忘れ物がある」

それを言ったら隣の休憩室に戻った。

「……なんだ、その目線」

「保護者が発表会に出る子供を心配している目線だと思います」

「それはない」

(どうぜ、また馬鹿扱いだろう。)

彼はその演出を聞いた途端に、迷いなく巍然な態度で断った。

なのに、リカは何の反応もなかった。まさか、そんな恥ずかしい形で登場しても平気なのか?

それとも、何か対策を用意してあるのか?

いたずらのドレスセットを見せた時も、変人を見る目で自分を見ただけで、何も話さなかった。まさか、ドレスを持ってきたとは。

「でも、こんなふざけた演出に眉一つも動きませんでした。シンデレラのメンタルはかなり強いものですね」

青野翼はやれやれと笑ったけど、イズルは鼻でフンをした。

「何がシンデレラだ――彼女は、もともとこっちの人間だ」


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