リカの忘れ物は楽器ゲーツのような白いケースだった。
サイズはいつも持っているサーブルのカバンよりちょっと大きい。
イズルは中身を聞いたら、答えは「サーブル」だった。
リカは外出する時に、必ずサーブルのカバンを持っている。
イズルはずっとそれに気になる。カバンの中身は確かにサーブルだと青野翼が言ったけど、やはりおかしいと思う。
「パーティーでもサーブルを持ち歩きですか?」
「そう。役に立つとは限らないけど、持っていないと、いざとなったら困る」
どこの理論だ。
プロのサーブル選手でもしないだろ。
中身はやはりサーブルなんかじゃないとイズルは疑ったけど、リカの顔色を伺ったら、問い詰めを止めた。
先ほど、リカからまた二つの大幅減点を送信された。
一つ、マイナス6000点、コメント:服装にナンセンス
もう一つ、マイナス12000点、コメント:幼稚な報復
派手な登場はイズルに強く断られたので、三人は普通にパーティー会場の扉から入ることになった。
パーティー会場は一階にある戸外ガーデン。イズル三人は室内で待機して、司会を務める博司の紹介を待っていた。
顎も頭もピカピカの博司は、まずイズルの家族の不幸を悼む話をした。それから調子を一転して、嬉しそうにイズルの復帰を宣言する。
「……我が神農グループの希望、CEOイズル様のご回復に心からお喜びを申し上げます。それでは、CEO、どうぞご登場を――」
「リカさん、腕を貸して」
イズルは紳士のようにリードポーズを決めて、リカに腕組みを促した。
リカはイズルと腕を組む気がないと気付いたら、青野翼はさっそく助言を入れる。
「リカさんの身分について、CEOの命の恩人と外に発表しました。これは恩人に対する礼儀です。ご協力をお願いします」
「冷酷非情なCEOの素質があるから付き添いの教育係に雇われた」というふざけたことは公表できないから、青野翼は別の嘘を用意した。
――リカはイズルをあの爆発事件から救った恩人。
そして、彼女は犯人の手がかりを持っている。彼女をイズルの傍に置くのは証人を守るためだ。
ベタなドラマパターンたけど……いいえ、ベタだから合理的に見えて、疑いの深い親戚たちも納得できそうな話だ。
リカは少し躊躇ったけど、やはりニコニコで自分を待っているイズルに腕を任せた。
もう夜になったが、スポットライトに囲まれるパーティー会場は昼間のように明るい。
神農グループの中で、イズルの家と血縁関係のある親戚は大体十家族。グループの重要な関係者は十組ほど。その人たちに招待された重要な客人も含めて、会場に大よそ百人がいる。
パーティー会場に足を踏み入れた瞬間、イズルとリカは百人の視線を浴びた。
まもなく、その百人は分流し始める。
約三分の一の参加者はイズルにお祝いと挨拶をする。
また三分の一の参加者は、食事と状況観察を選ぶ。
残った三分の一の参加者は、とある50代の男を中心に群れる。
リカは人と人の間の隙間からあの男を覗いた。
たくましい体格をしている頑丈そうなおじさん。四角の顎に黒い髭、全身がかなり硬い雰囲気。青野翼の言ったイズルに一番敵意を持つ卓三だ。
卓三の悪い顔色に全く気にせず、イズルは好青年の顔で参加者たちと社交辞令を交わした。
わざとだろうか、時々に、輝かしい笑顔で卓三のほうに向ける。
(こういう時の演技はわりと上手だね。加点すべきかも。)
とても幼稚な報復をするよう人に見えない。
上手くやっているイズルを見ると、リカはかえって慣れないと感じた。
でも今はイズルを評価する場合ではない、もっと重要なことがある。
リカはざっと会場を見まわした。万代家の人らしい人はいないようだ。
(彼女は来たはず。探しに行こう。)
リカは歩き出そうとしたら、誰かが話をかけてきた。
「お嬢さんはイズルお坊ちゃま、いいえ、CEOを救った恩人さんですね!」
「犯人を見ましたか?一体誰がうちの要人にあんなことを……」
「……」
イズルの恩人ではないけど、リカは犯人の心あたりがある。
でもここでは言えないし、言うつもりもない。
「すみません、この件に関して、もう警察に頼みました。リカさんも被害者です。プレッシャーをかけないでください」
イズルはリカの前にでて、彼女の代わりに質問者たちに対応した。
そして、優しい眼差しでリカの顔を見つめる。
「?」
リカは異様な気配を感じたが、彼女が反応する前に、イズルは両手で彼女の顔を優しく包んで、春風のような笑顔で言った。
「睫毛にがパウダーがついていますよ」
そして、皆の注目の中で、イズルはキッスすると思わせる距離までリカの顔に近寄って、睫毛に軽く息を吹いた。
「?!」
リカはイズルの意外な行動にあっけにとられた。
周りの人は、よほど間抜けなものでなければ、イズルの行動の意味が分かる。
つまり、よくあるドラマチックなパターンだ。
――遭難した王子様は命の恩人の少女に恋をした。
イズルの期待通り、彼の結婚に余計な興味を持っているおじさんおばさんたちはざわざわし始めた。
「なにがあると思ったわ。恩人ならお金をやればいい、証人なら警察に任せばいいのに。パーティーに連れてくる必要はないでしょ」
「本当に恩人だとしても、うちのイズルに変な企みがあったら困るわ」
「ほら、何を背負っているの?パーティーのマナーも知らない田舎の子じゃない?」
周りの人たちはリカを見る視線が一気に変わった。
いろんな視線に刺されて、リカは少々気まずさを感じたけど、隣のイズルは心の中でこっそりと笑った。
イズルはリカの耳元で自慢そうに囁いた。
「言ったでしょ?わたしと一緒にいる女性は標的になるって。でも大丈夫ですよ。ちゃんと守ってあげるから」
「!」
イズルの言葉と共にリカの耳元に小さな電流が走って、針に刺されたような痛みがした。
なるほど、こういうことか……
リカはイズルの妙な行動の意味が分かった。
本来なら、イズルはパーティーの中心で、参加者たちの標的だ。彼はわざと周りに二人の関係を誤解させ、参加者の注目点を自分に向かせた。
ほんの小さな行動だけど、リカの心の中の警戒線は点された。
――腕を組んだところで、イズルは自分の仲間ではない。
自分は彼を探るように、彼もまた自分を利用しようとしている。