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19 警戒線

心の中の警戒線と一緒に点されたのは、「失敗の記憶」だ。

相手にちょっとした間抜けな顔を見せられただけで、気を緩めた。ちょっとした好意を見せられただけで、心を許した。

間抜けな顔と好意の後ろに隠されていた悪意に気付きもしなかった。

そのせいで、大事なものをたくさん失った。

本当の間抜けは自分だった。


イズルもそうだ。万代家の被害者とは言え、決して無害とは断言できない。

どれだけの好意を見せても、自分を傍に置く目的は復讐だ。早かれ遅かれ、彼は牙を剥く。

剣を背負っていてもなんにもならない。

心の中で構えなくてはならないんだ。


初めて、リカはの敵を見るような冷徹な目線でイズルを睨んだ。

「!」

その目線はほんの一瞬だけ。でもイズルの胸は、まるで何か重いものに打たれたように、震えが止まらない。

リカは彼に背を向けて、急いで会場の向こうへと歩き出した。

「……」

いつもリカに厳しい目線を向けられたけど、さっきの目の厳しさは違う意味のものだった。

厳格な教師がダメ学生を見る目ではなく、戦士が攻撃する前に敵を警告する眼差しだ。

初めて、リカから攻撃性を感じた。


リカは心を落ち着かせて、イズルの小細工をしばらく忘れた。

万代家の人を探すのは先だ。

「目標人物」の性格だったら、最初に狙うのは――

リカはまず権力と金銭の匂いがする中年男の周りを観察した。

目標人物はいなかった。

次ぎに、将来有望な若い男性の周りを観察した。

「!」

いた。

イズルの従兄の「うしおさん」らしい人の隣に、ハチミツ色の長い髪に黒いドレスの若い女がいた。

女は片手でワイングラスを持って、もう一つの手で潮を引っ張って会場の外に向けた。


リカはさっそく二人の後を追ったが、何歩を歩くと、誰かに行く手を遮られた。

リカは反応早く、その人を避けが、その人がわざとリカの肩にぶつかって、手持ちのワイングラスの中の液体をリカの肩に零した。

「!!」

「あらら、すみません。大丈夫?」

リカにワインをかけた人は、シャンパン色のドレスを身にまとう女。見た目は三十代後半、短髪、身長はリカよりちょっと低い。青野翼の資料にいない人だ。

「従弟のイズルちゃんの恩人さんですね。さあおいで、着替えに案内してあげますわ~」

「すみません。急いでいます」

リカは女を避けようとしたら、数人のおばさんに囲まれた。

「それはちょっとね……うちのパーティーで汚れた服でうろうろするのはいけませんわ」

「そうですよ。うちのお嫁さんになりたいなら、うちのルールとマナーを知らないとね」

リカは女たちに足を止められる間に、黒いドレスの女と潮が会場から消えた。

(——邪魔だわ、嫁姑脳たち!)

状況がちっとも分からない女たちにリカは珍しくカッとなった。


リカの動きを密かに観察しているイズルは遠くないところでこの小さなトラブルを目撃した。

ついに、彼の出番だ。

と思った瞬間――

リカは鷲がウサギを掴むような勢いで、ワインをかけた従姉の手首を掴んだ。

「いたっ!」

リカの反応は全く予想外のもの。

その力と勢いに抑えられていて、従姉はたちまち動けなくなった。

周りのおばさんたちもびっくりして、リカへの押し寄せをやめた。

リカはお酒を運んでいる給仕に手を上げて、会場の半分も聞こえる音量で話をかけた。

「すみません。この方はうっかりと私にワインをかけってしましました。後処理をお願いできますか?」

「えっ?あっ、はい!」

給仕は何が何だか全然わからないが、反射的に頷いた。

たくさんの人に注目されたので、おばさんたちは嫌でもリカに道を開けなければならない。

リカは泣きそうな従姉を放して、給仕に向けた。

若い男性の給仕はびくびくとリカに話を聞く。

「えっと、ティッシュをお持ちしますか?」

「大丈夫です。わたしがやります!」

いきなり、イズルはリカと給仕の間に入った。

「おばさん、お姉さん。わたしはここで失礼します。パーティーを楽しんでください」

イズルはリカを囲まっていた女たちにチラッと笑顔を見せてから、リカの手を引いて室内に入った。


リカは黙ったままイズルについて休憩室に向ける。

イズルは好感度アップできそうなセリフを考えたけど、結局何も言い出せなかった。

もう何を言っても無駄だろう。

心もない演技で維持していた嘘が、崩れ始めた。


「ここでちょっと待っててね。新しい洋服を用意します……」

休憩室に着いたら、イズルはリカを中に入れて、携帯を取り出した。

「いらない」

リカは断った。

「予備を持ってきた」

「……」

意外だけど、イズルは納得できる。

リカは玉の輿や溺愛を目当てにきたロマンスヒロインではない。

任務執行のために来た暗黒家族のお姫様――いいえ、戦士だ。

彼女にとって、家庭教師の仕事もこのパーティーも戦場同然かもしれない。

用意周到は当然なことだ。

それに比べて、下手な恋愛漫画パターンで彼女を口説こうとする自分、マイナスの採点と辛口コメントに踊らされた自分は幼稚すぎる。

彼女に勝ってないのも当然だ。


何も考えない遊び暮らしを十年も続けていた。

真剣になれないのもくせになったらしい。

一日も早く復讐したい。

でも焦れば焦るほど、軽率になってボロが出る。

もともと長けている分析も戦略もできなくなった。

悔しいけど、リカを見習うべきだ。


ふわっと、イズルの顔に微風が当てた。

リカは扉を開けたのだ。

「入ってきて」

「?着替えの手伝い?」

しまった!また馬鹿なことを!

頭が真剣になると考えているのに、口は追いつけなかった!

「いいえ、その、手伝いの人を探しにきますかって言いたいです」

イズルは窮屈そうに笑って目を逸らした。

「着替えのことじゃない」

リカはその戯言に構わず、真面目に続けた。

「入らなくてもいいけど、そこにいなさい。私が出る前に、どこにも行くな――でないと、あなたの安全を保証できない」

リカの口調は今までのない強気だった。まるで命令だ。


イズルはまたリカの意図を分析し始めた。

これもまたどういう意味?

命令か?脅迫か?何かの予兆か?

もともとここを離れるつもりはない。

それに、どんな予備を持ってきたのかちょっと期待する気持ちはなくもない。

とにかく、リカが出るまで大人しく待つとしようとイズルは思った。

しかし、状況がすぐ変わった。

遠くない廊下の曲がり角に物音が立って、彼の注意力を引き寄せた。


一人の女性が廊下に倒れて、従兄の潮はその女性に手を差し伸べた。

「大丈夫かい?」

「ええ、すみません。このハイヒールになれなくて……」

イズルの注意力を引いたのは従兄の潮ではなく、女性のほうだ。

女性が立ち上がって、曲がり角から消えるのをイズルはぼうっと見つめていた。

「母、さん……?」

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