リカは七龍頭の秘書室に入って、イズルの入族資料の入った紙袋を受付デスクに置く。
「Sランクの任務を達成しました。七龍頭への直報告を申し込みます」
「書面の資料ですか?ファックスは時間がかかります」
受付スタッフの青年はちょっと戸惑った。
デジタルが主流になった今、書面の資料は珍しい。
「大丈夫です。確認が取れるまでここで待ちます」
「じゃあ、ソファで待っててください」
仕方がないと、スタッフは手慣れないファックス機を起動した。
ファクスが始まってまもなく、二人の男性が秘書室に入ってきた。
先頭を歩く若い男性は、一つのUSBメモリーを受付に置いて、リカと同じセリフを口にした。
「Sランクの任務を達成しました。七龍頭への直報告を申し込みます」
「!」
二人を見たら、リカは目を大きく張った。
話をした若い男性は二十歳くらい、細身の体に白いシャツっと黒い胴着を纏っている。絹質の灰色ネクタイに、黒いパープルのピンがつけていて、髪も綺麗に整えている。
その洗練な姿に対して、後ろの中年男性はちょっとだらしない。
腹がぷよぷよで、顎に短い髭。ネクタイもしていないし、首元のボタンが締まっていない。
中年男性はソファに座っているリカを見たら、同じくびっくりした。
すぐに若い男性に話をかけようとしたが、若い男性は彼にもリカにも一切振り向かなかった。
リカは何も言わず、ただ二人を見つめていた。
若い男性はさわやかな笑顔で受付の人と挨拶を交わして、何事もないようにリカの注目の中で秘書室を出た。
「マ、マサル、なぜリカを無視した……?」
廊下に出たら、中年男性は若い男性に問い詰めた。
「言うこともないから」
「リカはきっと怒っている。説明もしないのか?」
「ややこしいになるから、結構だ」
若い男性――マサルは目も振り向かず、冷たい声で返事をした。
「説明しないともっとややこしくなるぞ。お前は名義上で大宇さんの孫だ。リカはお前の……」
「リカの連絡を無視した件なら、俺はもう罰を受けた。清算済みだ!」
マサルはいきなり声を上げて、中年男性の話を遮った。
「彼女はどう思っても俺と関係ない。今回の任務が完了したら、俺は独立できる資源を手に入れる。天童大宇に頼らなくても、万代家で生きていける」
「マサルさん」
いきなり、後ろからリカの声がした。
「!」
「この間メッセージを送ったけど、届いた?」
「……」
少し間をおいてから、マサルは身を翻した。
リカの視線を避けて、やや高いところを見た。
「気付かなかった。いろいろ忙しいからね」
リカは眉を寄せて、マサルをまっすぐ見つめて話を続けた。
「あれは冗談じゃない。異世界の人は私たちを殺そうとした。みんなは危ない。向こうへ渡る申請は七龍頭に断られた。理由は『扉を開ける霊力が不足』。マサルさんは人事の仕事をしたことがあるでしょ。現役以外の高霊力者のリストを割り出してほしい」
「なぜ俺はそんなことをする?職務範囲外だ。俺はお前の要求に答える『責任』も『義務』もないだろ」
「……」
マサルの我に関せず顔を見て、リカは唇を噛んだ。
マサルとの付き合いは短くない。彼のこれからのセリフは大体予想できる。「責任」の話……でしょう。
「あの夜、酔っぱらっていて、お前に答えなかったのは俺のミスだ。もう家から罰を受けた。その戒めは身をもって覚えている――
だけど、リーダーのお前は確か、評価が下げられただけで、ほかの懲罰がまだ検討されているようだな。こういう時、悪あがきするより、静かに『責任』を反省したほうがお前のためだと思うよ」
やはり、リカの予想通り、マサルは責任の押し付けで彼女の口を塞げようとした。
「私の罰は人助けと関係ないでしょ」
リカはだんだん燃え上がる怒りを抑えて、強い口調でマサルを追い詰める。
「あなたと一緒に仕事をしていた長瀬さん、私たちの任務を指導しくれた文先生、体術を教えてくれたリュウ先生、私たちを家に招待してくれたみのり姐さん、あなたとよく遊んでいたレイとカツオ……みんな、どうなっても構わないの?」
「……」
リカの質問声は針のようにマサルの心に何回も突き刺さった。
知り合いや友人たちがこんなことになったのは、マサルが思わなかったことだ。
一瞬、後ろめたさが胸を走ったが、リカに指摘されるのはとても不快だ。
マサルは長い息を吐いて、凍り付いた目でリカを見返した。
「人はそれぞれの運命がある。十分な能力があれば、助かるだろう」
「彼たちを危険な境地に陥れられたのは運命じゃない。人の悪だ」
リカは負けずにもう一度マサルの良心を問いただす。
でも、マサルは自分の悪を微塵も感じていないように、全く動じなかった。
「まだ分からないのか。今のお前は他人をどうにかする能力がないんだ。この家では、誰も負け犬の声を聞かない」
「……」
「人を動かせることに関して、エンジェはお前よりずっと優秀だ。彼女が昇進を得て、お前が追い出される理由は何なのか、よく考えてくれよ。高嶺のお姫様」
「マサル!言い過ぎだ!!」
見ていられない中年男子はマサルを捕まって、強制的に彼の向きを変えた。
「悪いなリカ、最近はとても忙しくて、マサルもピリピリしてる。どうか、彼の失言を許してください。しっかり説教してやるから!じゃ、先に失礼!」
中年男子は何回も頭を下げてから、マサルを連れて行った。
「できれば、私も許したい……こんなのは、許されることだったら……」
リカは目をつぶって、拳を握りしめた。
「マサル!何を話したんだ!」
自分たちのオフィスに戻って、太る中年男子は大声でマサルを叱った。
「なぜエンジェの名前を出した!お前たちのことはリカが知らないわけがないだろ!俺が止めなかったら、もっと証言を提供するつもりか?!」
「エンジェの名前を出すくらいでなんの証言になる?今更になって、たとえ証拠があっても、家が一度下した結論は簡単にひっくり返されない」
マサルは冷笑した。
「マサル!大宇さんはまだ死んでいない!焦りすぎると転がるんだ!いつものお前はどうした?もう少しリカの気持ちを配慮できないのか!」
「!」
中年男子の話を聞いたら、マサルは更に刺激されて、先ほどリカの前で抑えた不満を思いきり叫び出した。
「リカは俺の気持ちを配慮したことがあるのか!俺は今まで従順な弟を演じてきた、リカは俺に何をくれた?彼女を追放する審議はもうすぐ許可される。もう万代家のお姫様じゃない彼女は、俺に与えられるものは何もない……エンジェの言った通りだ。運と地位のないリカは俺、いいえ、俺たち以下だ!」
「マサル、お前、そんなにエンジェのことを信じるのか……」
中年男子はまだ何かを言おうとしたが、マサルの顔色が更に暗くなって、もう聞く気はない。
「そこまで信じていない。ただ、エンジェは俺を分かってくれる、俺の一番欲しいものを捧げてくれる。俺たちのような人間は、リカみたいな生まれつきの姫様と違うんだ。自分で這い上がるしかない……!」