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58 もう一人の張本人

リカは七龍頭の秘書室に入って、イズルの入族資料の入った紙袋を受付デスクに置く。

「Sランクの任務を達成しました。七龍頭への直報告を申し込みます」

「書面の資料ですか?ファックスは時間がかかります」

受付スタッフの青年はちょっと戸惑った。

デジタルが主流になった今、書面の資料は珍しい。

「大丈夫です。確認が取れるまでここで待ちます」

「じゃあ、ソファで待っててください」

仕方がないと、スタッフは手慣れないファックス機を起動した。


ファクスが始まってまもなく、二人の男性が秘書室に入ってきた。

先頭を歩く若い男性は、一つのUSBメモリーを受付に置いて、リカと同じセリフを口にした。

「Sランクの任務を達成しました。七龍頭への直報告を申し込みます」

「!」

二人を見たら、リカは目を大きく張った。

話をした若い男性は二十歳くらい、細身の体に白いシャツっと黒い胴着を纏っている。絹質の灰色ネクタイに、黒いパープルのピンがつけていて、髪も綺麗に整えている。

その洗練な姿に対して、後ろの中年男性はちょっとだらしない。

腹がぷよぷよで、顎に短い髭。ネクタイもしていないし、首元のボタンが締まっていない。

中年男性はソファに座っているリカを見たら、同じくびっくりした。

すぐに若い男性に話をかけようとしたが、若い男性は彼にもリカにも一切振り向かなかった。

リカは何も言わず、ただ二人を見つめていた。

若い男性はさわやかな笑顔で受付の人と挨拶を交わして、何事もないようにリカの注目の中で秘書室を出た。


「マ、マサル、なぜリカを無視した……?」

廊下に出たら、中年男性は若い男性に問い詰めた。

「言うこともないから」

「リカはきっと怒っている。説明もしないのか?」

「ややこしいになるから、結構だ」

若い男性――マサルは目も振り向かず、冷たい声で返事をした。

「説明しないともっとややこしくなるぞ。お前は名義上で大宇さんの孫だ。リカはお前の……」

「リカの連絡を無視した件なら、俺はもう罰を受けた。清算済みだ!」

マサルはいきなり声を上げて、中年男性の話を遮った。

「彼女はどう思っても俺と関係ない。今回の任務が完了したら、俺は独立できる資源を手に入れる。天童大宇に頼らなくても、万代家で生きていける」

「マサルさん」

いきなり、後ろからリカの声がした。

「!」

「この間メッセージを送ったけど、届いた?」

「……」

少し間をおいてから、マサルは身を翻した。

リカの視線を避けて、やや高いところを見た。

「気付かなかった。いろいろ忙しいからね」

リカは眉を寄せて、マサルをまっすぐ見つめて話を続けた。

「あれは冗談じゃない。異世界の人は私たちを殺そうとした。みんなは危ない。向こうへ渡る申請は七龍頭に断られた。理由は『扉を開ける霊力が不足』。マサルさんは人事の仕事をしたことがあるでしょ。現役以外の高霊力者のリストを割り出してほしい」

「なぜ俺はそんなことをする?職務範囲外だ。俺はお前の要求に答える『責任』も『義務』もないだろ」

「……」

マサルの我に関せず顔を見て、リカは唇を噛んだ。

マサルとの付き合いは短くない。彼のこれからのセリフは大体予想できる。「責任」の話……でしょう。

「あの夜、酔っぱらっていて、お前に答えなかったのは俺のミスだ。もう家から罰を受けた。その戒めは身をもって覚えている――

だけど、リーダーのお前は確か、評価が下げられただけで、ほかの懲罰がまだ検討されているようだな。こういう時、悪あがきするより、静かに『責任』を反省したほうがお前のためだと思うよ」

やはり、リカの予想通り、マサルは責任の押し付けで彼女の口を塞げようとした。

「私の罰は人助けと関係ないでしょ」

リカはだんだん燃え上がる怒りを抑えて、強い口調でマサルを追い詰める。

「あなたと一緒に仕事をしていた長瀬さん、私たちの任務を指導しくれた文先生、体術を教えてくれたリュウ先生、私たちを家に招待してくれたみのり姐さん、あなたとよく遊んでいたレイとカツオ……みんな、どうなっても構わないの?」

「……」

リカの質問声は針のようにマサルの心に何回も突き刺さった。

知り合いや友人たちがこんなことになったのは、マサルが思わなかったことだ。

一瞬、後ろめたさが胸を走ったが、リカに指摘されるのはとても不快だ。

マサルは長い息を吐いて、凍り付いた目でリカを見返した。

「人はそれぞれの運命がある。十分な能力があれば、助かるだろう」

「彼たちを危険な境地に陥れられたのは運命じゃない。人の悪だ」

リカは負けずにもう一度マサルの良心を問いただす。

でも、マサルは自分の悪を微塵も感じていないように、全く動じなかった。

「まだ分からないのか。今のお前は他人をどうにかする能力がないんだ。この家では、誰も負け犬の声を聞かない」

「……」

「人を動かせることに関して、エンジェはお前よりずっと優秀だ。彼女が昇進を得て、お前が追い出される理由は何なのか、よく考えてくれよ。高嶺のお姫様」

「マサル!言い過ぎだ!!」

見ていられない中年男子はマサルを捕まって、強制的に彼の向きを変えた。

「悪いなリカ、最近はとても忙しくて、マサルもピリピリしてる。どうか、彼の失言を許してください。しっかり説教してやるから!じゃ、先に失礼!」

中年男子は何回も頭を下げてから、マサルを連れて行った。

「できれば、私も許したい……こんなのは、許されることだったら……」

リカは目をつぶって、拳を握りしめた。


「マサル!何を話したんだ!」

自分たちのオフィスに戻って、太る中年男子は大声でマサルを叱った。

「なぜエンジェの名前を出した!お前たちのことはリカが知らないわけがないだろ!俺が止めなかったら、もっと証言を提供するつもりか?!」

「エンジェの名前を出すくらいでなんの証言になる?今更になって、たとえ証拠があっても、家が一度下した結論は簡単にひっくり返されない」

マサルは冷笑した。

「マサル!大宇さんはまだ死んでいない!焦りすぎると転がるんだ!いつものお前はどうした?もう少しリカの気持ちを配慮できないのか!」

「!」

中年男子の話を聞いたら、マサルは更に刺激されて、先ほどリカの前で抑えた不満を思いきり叫び出した。

「リカは俺の気持ちを配慮したことがあるのか!俺は今まで従順な弟を演じてきた、リカは俺に何をくれた?彼女を追放する審議はもうすぐ許可される。もう万代家のお姫様じゃない彼女は、俺に与えられるものは何もない……エンジェの言った通りだ。運と地位のないリカは俺、いいえ、俺たち以下だ!」

「マサル、お前、そんなにエンジェのことを信じるのか……」

中年男子はまだ何かを言おうとしたが、マサルの顔色が更に暗くなって、もう聞く気はない。

「そこまで信じていない。ただ、エンジェは俺を分かってくれる、俺の一番欲しいものを捧げてくれる。俺たちのような人間は、リカみたいな生まれつきの姫様と違うんだ。自分で這い上がるしかない……!」

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