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79 愚か者

「愚か者」

万代よろずよ家の最高権力者の一人、落合重則おちあいしげのりは自分の執務室で非正式の配下・エンジェに教訓を与えている。

「価値があるのはマサルなんかじゃない、『天童大宇てんどうだいうの力を借りているリカの婚約者であるマサル』だ!彼をお前の夫にする時点で、彼の価値はもうほとんどない。彼の持っている資源は彼自身で生んだものじゃない!お前は一時的な勝負心のために、金の葉っぱを野菜くずにした」

いつも口達者のエンジェでも、この「貴人」の前では黙って訓戒を受けるしかない。

「そんな簡単なことも知らないほどの愚か者だったのか。それとも、彼を本気に愛しているから、彼を奪えばもう何もいらないとでも言いたいのか?だとしたら、俺の配下にふさわしくないな」

「ちっ、違います!」

落合の失望を聞いて、エンジェは慌てて弁解する。

「彼のこと、そんなに好きじゃないわ!すべてあたし自身のためですの!万代家のリーダたるものは、表向きで家庭円満じゃないといけないと、落合さんはおっしゃっていましたから……彼は天童大宇の孫だし、若くてそこそそ能力があって、顔もよいから、あたしのイメージを損なわないと思っただけです。結婚なんて、ただ彼を縛る建前ですわ。彼の頭じゃあたしに勝てない、結婚してもあたしは好き勝手にできますわ……」

「バカもの」

落合はもう一度小さく罵った。

このエンジェの器は小さすぎる。

彼女のすべての原動力は、リカという架空なお姫様に勝つためだ。まるで、客を争う遊女のようだ。

落合は二つに引き裂かれた一枚の紙をエンジェの前に投げた。

紙は結婚届、エンジェとマサルの名前が書かれていて、押印されたもの。

「取り戻してやった。こんなふざけたこと、二度とするな」

「えっ?ど、どうして……」

苦労して作り上げた「結婚届」が廃品になったのを見て、エンジェは不服そうに呻き声を出した。

「一度手にした戦利品がなくなって、不満か」

落合は鼻で笑った。

「……いいえ、そんなことはございません」

エンジェは不服にも頭を下げるしかない。

「男ばかり見ていたから、お宝を見る目がないようだな」

落合はまた何かを投げ出した。

今回は一枚の紫の石。

ようこがリカのサーブルから捥ぎ取ったものだ。

「フェイクだ」

「!!」

エンジェもまた目を大きく張った。

「フェイク……け、けれども、リカ、リカはずっとこれを持ち歩いたのです!あたしたちの裏手を取るためじゃなかったら、あんな派手に持ち歩くはずがありませんわ!」

「お前の性格と行動パターンを予想したから、あんなことをしたんだろう。これを盗んだ時点で、お前、いいえ、こっちの狙いがすでにバレた」

「あたしの行動を予想した……?ありえないわ!あの石頭は運と出身だけが取り柄ですもの!」

「運と出身だけで、16歳で大学を卒業できない」

「……」

痛いところが突っ込まれて、エンジェは唇を噛み絞った。

「お前は理想を語るのが確かに上手だった。だが、その理想に相応しい実力を持っていると思ったのは、どうやら、俺の勘違いのようだ」

「申し訳ございません。あたしの、不注意でした……」

エンジェは悔しそうにプライドの高い頭を下げて、失敗を認めた。

「謝っても意味がない。働きで汚名を返上しろ」

「はい!必ず!」

まだ捨てられていないと分かって、エンジェはピシッと腰を伸ばした。


「この前、天童大宇はあのイズルとやらをお茶に誘った。孫娘の婚約者を変えるつもりだろう。あの新入りの猿は見かけ倒しのマサルより手ごわい。天童大宇が彼を信用する前に、マサルを戻らせる」

「マサルを戻らせる……?というのは……?」

「マサルをリカの婚約者として戻らせる。二人の男を一人の女、そして、その女が持っている資源の取り合いをさせるのだ」

「!!」


今日はずっと曇っていた。

夕方頃に、細いシャワーのような雨が降り始めた。

リカは手元の仕事を一旦止まって、雨が大きくなる前にスーパーに買い物に行った。

もともとイズルと一緒に晩御飯の材料を買いに行くと約束したが、お昼過ぎたころに、イズルは一通の電話に呼び出された。

「『裏側』の研究所にちょっと問題があった。今からそっちに向かう。帰りは晩御飯に間に合わないかもしれない。先に食べて」

イズルの表情が妙に真剣で、気になるものだが、リカは多く聞かず、ただうなずいて彼を見送った。


リカはスーパーですき焼きの食材とデザートを作る材料を集めている間、雨が止むところか、どんどん強くなっていく。

イズルのマンション前に戻った頃、もう日が暮れている。

雲がそんなに黒くないのに、空がうす暗くなっていて、少し不気味。

幸い、街の照明がよくて、足が滑る心配はない。

そんな街灯の暖かい光の中で、リカは人が倒れているのを見た。

「!」

リカはさっそくその人に向かった。

花壇の傍で倒れたその人は、こんな寒い雨の中で、薄いシャツとズボンだけを身に纏っている。全身はすでにびしょ濡れ。

「どうしたの……?」

リカは口を開ける途端に、その人の顔にびっくりした。

「マサル……?!」


その時、後ろから叫び声が届いた。

「そっちだ!」

男数人が傘も持たずに雨の中を走ってきて、二人を囲んだ。

一人の顔白い青年はマサルを支えに前に出る。

リカはその人に面識がある――イズルの製薬工場で警察に偽装したリーダ風の青年だ。

「マサルくん、探したよ!こんなボロ姿になるまで逃げ出すなんて、みっともないぞ。早く戻ろう!」

「……エンジェのところに、戻るつもりはないと言った……!」

マサルは苦しそうに体を起こして、リーダ風の青年を睨んだ。

マサルの顔に青あざがいくつもついている。

「まあまあ、そんなことを言わずに、同じ女に惚れた仲じゃないか、これからも仲良くしようよ」

「誰が……ガァッ!」

マサルは怒って反論しようとしたが、いきなり口から血を吐いて、胸を押さえながら再び倒れた。

倒れる途中に、指先はリカの腕を掠った。

男たちは取り掛かる構えを取っているが、リカに忌憚するのか、すぐ前に出なかった。

「あのさ、こいつを連れ戻すんだけど」

一度リカの前で大変な目にあったリーダ風の青年は、弱弱しく交渉に出た。

「家からの命令なの?」

リカは冷たい目で青年を直視する。

「いや、別に……」

青年はその場で後退った。

「なら、この三日、彼は私が預かる」

「でも、逃げられたらこっちは困るし……」

「嫌なら、あなたがついてきてもいいよ?」

「それは勘弁……」

嫌な思い出が蘇る青年は青ざめになって、きっぱり諦めた。

男たちの後ろ姿を見送りながら、リカはイズルに電話をした。


イズルは状況を聞いたら5分をくれと言って電話を切った。まもなく、この前に新しく雇ったマンションの管理人、五十嵐というたくましい青年が走ってきた。

「イズルさんから事情を聞きました。彼は俺が運びます」

五十嵐は元陸上選手、細いマサルを運ぶのに大した手間がかからなかった。

五十嵐はマサルを4階にある客室に連れたら、予備の管理人の服を着替えさせて、ベッドに寝かせた。

「傷は見た目より軽くて、寝込んでいます。ここは俺に任せてください」

「……」

五十嵐がそう言ったが、リカは扉の隙間を通してマサルの様子を観察した。

「いいえ。私が看病します。五十嵐さんは仕事に戻ってください」

「でも……!」

五十嵐はいきなり焦ってきた。

さっき、電話でイズルに言われた。

――その不審な男をリカから10メートル以外にキープするように。

「でも?」

「いいえ、なんでもないです!」

それでも、リカが言い出したから従うしかない。

五十嵐はさっそく部屋から引いて、廊下でイズルに報告電話をかけようとした。

その時、エレベーター到着の音がした。

「!イズルさん……」

イズルはエレベーターを出て、五十嵐に「シー」と合図をした。


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