「何があったの?マサルさん」
マサルが寝たふりをしているのを見抜いて、リカは通常の音量で話をかけた。
「……」
しばらくしたら、マサルから虚弱な声があがった。
「相変わらず、よそよそしいね」
「何が?」
「その呼称だ。何年経っていても、俺はお前に『さん』をつけられたままだ」
リカの目じりは小さく動いた。
その一言で、マサルの目的は大分わかってきた。
「『マサル』や『マサルちゃん』とか馴れ馴れしく呼んでいたら、あなたにとって都合悪いでしょ?私との関係が近ければ近いほど、あなたは天童大宇の力を借りていることが証明される。天童大宇の孫という肩書が嫌がっているじゃない」
「!」
開き直しでくるのを思わなかったのか、マサルはさっと身を起こし、不服そうにリカを睨んだ。
でも、反論できなかった。
「天童大宇の孫だから」と言われるのが嫌がって、自らリカと距離を置いたのは、確かに彼のほうだ。
「エンジェと『離婚』したのを聞いたよ。その様子だと、離婚の理由は浮気とDVでしょう。名義上の姉として、弁護士の紹介に手伝うわ」
「!?!」
今回こそ、マサルはけっこう痛いところを刺さられて、もう我慢できない。
「……今更、俺を配慮していたとでも言いたいのか?婚約者のことも、権限代理のことも黙っていたくせに。お前が少しでも俺を認めてくれたら、俺たちの関係も今日のようにならなかったっコッホン……っ!」
マサルは慌てて声をあげたら、胸の傷に触ったらしく、何度も咳をした。
「あなたが望んだ認めは資源の貢ぎと媚び売りだったら、喜んで今日の関係を選ぶ」
リカは同情を示せず、そのまま厳しい顔を返した。
「忘れないでほしい。あなたは私と仲間を見捨てた人、そして、銃口を私とイズルに向けた人。今更私に和解を持ち込んだなんて滑稽だ。目的があるなら素直に言えばいい」
「銃口をお前たちに……なぜそれを……?!」
あの日、ガイアリングの中で、マサルは確かに銃口をリカとイズルに向けた。
しかし、銃はかなり隠蔽なところに隠されていて、初めてガイアリングに入るリカはそれらの位置を把握できるはずがないし、「コア」の室内にいる自分の操作を見えるはずもない。
リカは一体どうやってそれを知ったのか……
「やはりそうだったの?私たちを殺せなくて残念だったね」
リカの皮肉はまるで氷の針。
後ろめいたマサルは目を逸らした。
「お前を殺すつもりはなかった。狙っていたのは、あのイズルだ」
「私を狙うならまだ分かるけど、彼とは初対面でしょ?殺すような恨みでもあるの?」
「彼は侵入者だ!俺が丹精に作ったガイアリングを破壊したんだ。それでも恨みがないと言えるのか?お前こそ、あんな復讐目的で家に入ったものと手を組んでいいのか?俺より、彼のほうがよほど信用できないだろ」
「……信用は自分の行動で築くものよ」
リカはマサルの文句に全く動じない。ただ哀れにも似たような目でマサルを見つめる。
「……」
マサルは悔しそうに拳を握り、視線を下げた。
「そうだな。お前はいつもこうやって俺を見下ろしている。普段は冷たくて無口、いざとなったら俺のプライドを踏みにじる、だから、俺は……」
「そんなことをした覚えがない」
「自分の言ったことも忘れたのか……まあいい、あの言葉はどれだけ人を傷付けたのか、本人は分かるはずがないか……」
リカは戸惑った。マサルの悔しさは演技にして上手すぎる。
まさか、本当に何か彼を傷付けたことを言ったの?
確かに、必要があれば、自分はいくらでも毒舌になる。
でも、マサルの劣等感をずっと知っているから、小さい頃からいつも彼のプライドを配慮しながら接していた。少なとも、「異世界」の件の前はそうだった。
「『あの言葉』って、一体なんのこと……?」
問い詰めようとしたら、背後からドアノックの音がした。
振り向いたら、わざと開いた扉を叩くイズルの姿があった。
「ただいま!お客さんを待たせて、大変失礼しました」
イズルは大きいな買い物袋を抱えてリカの隣まできて、ニコニコとマサルを見た。
「お客さんの体が衰弱しているみたいね。五十嵐さんにおかゆを頼んだよ。怪我人には静養が必要から、オレたちはここで退散しましょう」
マサルの憎らしい目線に構わず、イズルはわざとらしいリカの耳もとに伏せて囁いた。
「あなたの聞き方は優しすぎる。あいつは甘んじてもったいぶっている。オレが聞き出すからあなたはしばらく離れてて」
理由が違うが、リカはイズルの意見に同意する。
異世界の件やガイアリングの件が重なって、さすが彼女もマサルと冷静に話せない。
とにかく、イズルに任せてみよう。
リカはうなずいて、小さい声でイズルにリマインドした。
「気を付けて、彼は本当にあなたを殺そうとしたの」
「心配しないで、ここはオレのお城だ」
春風のような笑顔でリカを部屋の外に送ったら、イズルはドアを閉めた。
再びマサルに向ける笑顔は冬の風に連想させる冷笑だ。
「義理の姉や初対面の人を平気に殺そうとするなんて、さすが妖怪の夫だね」
「俺をどうするつもりだ?」
マサルの表情は一層暗くなって、警戒しそうにイズルを睨んだ。
「それはこっちのセリフだろ?」
イズルは口元を更に上げた。
「勝手に他人の家の前で倒れて、露骨に『拾って』ってアピールして、昔のアニメのビッチヒロインか?まあ、ヒロインにしてちょっと不細工だけどね」
「!」
イズルはマサルからの敵意を見て見ぬふりをして、刺々しい言葉をつづけた。
「お前の下手芝居に付き合ったのは、その陰険な目的を聞きだすためだ。早くは白状しろ。優しいあいつと違って、オレは腹黒で短気だ」
「優しい?リカのこと?」
マサルは鼻で笑った。
「あいつの怖さがお前はまだ知らない。今から後悔すればまだ救いがある」
「なるほど、オレたちの仲を離間しに来たのか」
イズルは何かわかったように表情を解いた。
「愛する妖怪のために?それともお前自身の醜い嫉妬心のために?」
「さっきからなんの話だ。誰が妖怪なんかと……」
「とぼけても無用だ。オレはすべて把握している。性別女だったら誰にもちょっかいを出す。まったく節操がない。たまには弟のふり、たまには兄のふり、たまには息子や孫のふりをして、他人から利益を騙すために日々張り切っている。一旦利益をもらえなくなると判断したら、恩人でも婚約者でも簡単に切り捨てる。それはお前の生き方だろ」
イズルのマサルに対する情報はほぼあかりからのものだ。
入族手続きの日以来、イズルはあかりにいろんなプレゼントを贈り、たくさんの秘話を聞き出した。
あかりにとって、マサルは姉を陥れた張本人の一人。マサルの悪質行為を何倍も誇張してイズルに伝えた。
「なんのデタラメかさっぱりだ。俺はリカの婚約者ではない。すべては彼女と天童大宇が一方的に決めたことだ!信じるかどうかお前の自由だが、俺こそ利用されたほうだ。奴らにとって、俺はいつでも捨てられる駒にすぎない。俺は自分を守るために、悪い関係を終わらせようとしただけだ」
マサルは自分の主張を固執した。
「じゃあ、大宇さんとリカを切り捨てたことを認めたのね?」
「!?」
「オレも大宇さんに会った。オレが見る限り、彼は器の大きい老人だ。たとえ利用関係の相手でも、相応しい『報酬』を支払うはずだ。お前はもらっていないなら別だけど」
「……」
認めたくないが、マサルは天童大宇からいっぱい利益をもらっている。
天童大宇の力がなくても、実力で今の位置に登れるといつも自分に言い聞かせているが……天童大宇と徹底的に関係を切るまでに、そんなことを証明できない。
「口で認めなければ責任を負わなくて済む、と、お前が思っているかもしれないが、事実は変わらない。本当に関係を切るのなら、下賤な裏切りなどしないで、彼からの利益を断って、堂々と別れを告げる方法もあるのに」
「甘い。万代家では個人の意志など通用しない。自分の居場所を決められるのは権力者のみだ」
「じゃあ、お前が曰く『権力者の一人のリカ』に強請ってみれば?彼女は弱いものにやさしいから、お前の願いを叶えてやるかもしれない」
「何度も言わせるんじゃない。俺は彼女と関係ない!あいつは俺を婚約者として見たことがない、俺も彼女を守る義務などない!俺がやったことは裏切りじゃない!」
イズルはしつこくリカを口にする。それが嫌がらせだと感じ、マサルはとうとう忍耐が切れた。
「お前のやったことに興味はない。彼女はお前を婚約者として見ていない――これを聞けば十分だ」
イズルはにっこりとマサルの肩を軽く叩く。
「ゆっくり休んでください。捕虜の安全は保証するよ。話があるなら、オレたちが食事を済ませてからにしよう。リカの料理はとてもおいしい、熱いうちに食べないともったいない。お前のおかゆもすぐくるから、今日はそれで我慢してね」
イズルが部屋を出ると、マサルは歯を食いしばって、拳でベッドを叩いた。
この二代目のお坊ちゃま、思ったより厄介だ。
リカの「婚約者」に戻るためにも、自分の将来のためにも、彼を排除しなければならない!