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81 怖い怖い

リカは料理の煮込みを待ちながら、マサルの最新情報を調べて、イズルと情報共有をした。

「ガイアリングの件以来、彼は全く新しい任務を受けていないようだ」

「懲罰か、新しい陰謀のカモフラージュか」

そう言いながら、イズルはいい香りに誘われて、鍋の蓋を開けて中身を確認した。

会社のことが予定より早く終わったので、彼は農家直販の店で食材を調達しに行った。そこで、リカの電話を受けて、ぎりぎりスピード違反にならない速度で戻ってきた。

「この牛肉、煮込みやすいと聞いている。本当か」

「そうだね、いつもより早めにでき上がるでしょう」

リカはうなずいて、また話題を戻した。

「何か価値のあるものを聞き出したの?」


リカは彼を婚約者として見ていない――

というのは、イズルにとって価値があるものだけど、リカに教えたら逆にやばい。

イズルは頭を横に振ってさりげなく誤魔化した。

「いいえ。すぐ口喧嘩になったからそのまま退散した。やっぱりお腹をすかせると怒りやすい。晩御飯を済ませてから対策を考えよう」

「ごめん、私が先に彼を刺激した。一度ああになったらかなり頑固でね」

「そうだね、目が真っ赤になって、牙を剥いたんだ。怖かった」

イズルはリカの話に便乗して、いじめられた子犬みたいな顔を作った。

「……あなたは、変なことを言ってないよね?」

その久しぶりのいたずらっぽい表情から、リカはちょっと異様を匂った。

「まさか。彼は恥ずかしがってるだけかもしれない。わざとかも知れないけど、オレたちの前でみっともない姿が晒されたから」

「……」

一理があるけど、イズルの性格にしてちょっと信用できない、とリカは思った。

「正直、オレは彼が怖いんだ」

イズルは弱気のままでつづけた。

「?」

「オレは今、自分の命を狙っているやつと同じマンションにいるんだ」

「……彼の自己保護意識が強いから、今の弱い状態で攻撃しに来ないはずよ。心配なら、追い払いましょう」

「だめだよ。ガイアリングとウィングアイランドの秘密や、彼の目的を聞き出すために、ここに残す必要があるんだ」

「……一体どうしたいの」

これは何か提案か要求を出そうとする流れだよね……

リカは仕方なくとため息をついた。

イズルは自然にリカの手を取り、自分の胸の前に握りしめた。

「実は、このマンションの各階層がそれぞれ遮断できる。理論上で彼を泊まらせても問題ない。オレの心配はただのトラウマだ」

「トラウマ?」

「だから、今夜はオレの隣……の部屋で休んでくれないか? あなたが隣にいてくれれば、心強いんだ」

「……」

いい大人で、戦闘経験もあるのに何に甘えんでいるのかリカは理解できない。

でも、この間の共同生活で、リカは分かったことがある。

イズルは演技下手だけど、何かをやろうと決めると、かなり粘り強い。よく言えば、諦めが悪い。悪く言えば、皮の面が分厚い。

今の調子だと、もうそのゾーン入っているらしい。

まあ、マサルについて相談もあるし、部屋を変えてもそんなに気にすることではない。

ただ一つ――

「……いいけど、減点するよ」

リカはどこから採点スマホを出した。

「そのCEO評価のこと、まだ有効なのか?」

イズルの笑顔は一瞬固まった。  

「契約は契約だから」

「……そうか」

イズルは思い出した。

その契約があるから、リカはここに住んでいる。

解除したら、リカはここに残る理由がなくなる。

これもまた難しい問題だ。

生意気なイズルの困りそうな顔を見て、リカは思わず微笑んだ。


「死ね――マサル!!」

エンジェは自分の家で、鏡前に並べているブランド化粧品を全部振り落とした。

それでも気が済まなく、近くにある燭台を掴んで、鏡に投げた。

「チャラン」とガラスが割れた音と共に、エンジェが鏡に映している影にも無数の亀裂が入った。

名種のロングヘア猫たちはベッドの下に隠れて、闇の中で震えている。

真っ白の絨毯に落としたスマホに、マサルからのメッセージが表示されている。

「婚姻届のことはよしとしよう。俺はこれからあのイズルをやっつける。手伝ってくれるなら本当に結婚してもいい」

マサルに結婚を迫るために、エンジェはなんのかんのしつこくせがんでいた。

それでもなかなかうなずいてもらえないから、とうとう「偽物の婚姻届」を作った。

なのに、今となって、彼はすんなりと承諾した。

たかがイズルをやつけるために?

違うわ――!

「知らないとでも思ってるの?!リカのためでしょ!」

イズルをやっつけるのは、リカの婚約者に戻るためだわ!


エンジェは人前でよく従順でよい理解者の姿をアピールしているが、それは他人から甘い汁を吸うためだ。本当は、他人より低い位置にいることを我慢できない。

マサルは夫の第一候補とはいえ、彼女にとって、すでにハーレムに入れたバカ男の一人にすぎない。

女王様の自分への反抗は許さない。

イズルもマサルも、リカの肩を持つ人なら、誰であろうと排除しなければならない!

「あたしの寵愛は無条件じゃないわ!待ってろ!マサル!」


ほぼ同じ時間に、イズルの部屋の隣部屋にいるリカにもマサルからメッセージが届いた。

リカはまず自分の目を疑った。

プライベートでマサルからメッセージがくるのは初めてだ。

しかも、姿勢の低い口調で。

「さっきは悪かった。すべは俺のせいだ。本当は、ずっと知っている。リカは、いつも俺のことを配慮している。ムキになったのは、俺の弱さの故だ。今回は喧嘩のために来たんじゃない。今からこっちに来てくれないか?重要なことを話したいんだ」


イズルの聴覚はとてもいい。

隣の扉の音を聞いたら、足音を忍んで部屋を出た。

エレベータ前で、リカが4階へ向かうのを確認した。


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