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82 素直な裏切り者

マサルのいる客室は扉が開いたまま、常夜灯だけが点いている。

おかゆは机に置いてある。一口も食べられていないようだ。

マサルはベッドの縁に座って、頭を垂れていて、いかにも待っていたような様子だった。

「重要な話ってなんなの?」

リカは部屋に入ると、さっそく本題に入った。

「俺は、彼らを助けたいんだ……そのために、リカの力が必要だ」

「?!彼らって、まさか……」

「ああ、異世界に残されたみんなのことだ」

今度、リカは自分の耳を疑った。

マサルはエンジェと組んで自分を陥れ、みんなを見殺しした張本人の一人。

その上に、何度も助けを求める自分を拒んだ。

なんで今更……

「だとしたら、この前、なぜ私を断ったの?」

リカは目を細めた。

マサルの話は信用できないと判断した。

「それは……その時、俺はまだガイアリングの建設を担当している。ガイアリングの責任者として、ライバルの星空プロジェクトに力を入れることに賛同できない立場だ。ああいう不本意な形で、お前を諦めさせるしかなかった。お前を傷付けたのね。本当に、申し訳ない……」

「……」

リカは黙っていて、疑わしい目でマサルを見る。

マサルは一ため息をついてから、話を続けた。

「考えてみてくれ、ガイアリングみたいな重要な施設、俺は建設を粗末するはずがないだろ」

「お前が異世界に行っていた二年の間、家の上層部の状況は微妙に変わっていた。一言二言で説明しきれない。ただ一つ、大宇だいうさんは、ガイアリングのクォリティーの問題を知っていた。俺は大宇さんに報告したから」

「!」

「エンジェは、落合おちあいの隠し子だ。落合の息子が事故で命を落としてから、彼は隠し子のエンジェを後継者として立てようとしている。エンジェが俺に近づいた当初、俺は大宇さんに相談した。大宇さんの許可を得てから彼女に惑わされたふりをして、彼たちの情報を探っていた。そして、落合の信頼を得て、彼が支持しているガイアリングの建設を任された」

今まで裏切り者ルートを貫いたのに、いきなり想像以上に素直になった。

こんなマサルを目の前にして、信じるか信じないかを語る前に、リカはまず慣れないと感じた。

「あの夜、お前の救援にでなかったのは、エンジェが傍にいたから。エンジェは俺を監視していた。彼女と落合の信頼を得るために、あなたを無視するしかなかった。何とか彼女を追い払って、扉を開けようとしたが、もう遅かった……」

「……」

「本当は、ずっと後悔しているんだ。お前を、みんなを助けなかったことに……それでも、ガイアリングの建設を続けるために、本音を漏らしてはいけないんだ」

マサルは頭を腕の中に埋めて、泣きにも似たような声で訴える。

「ガイアリングの建設には、何種類の特殊材料が必要だった。本当は、適切な品が見つからなかった。俺はわざとその情報を伏せて、大宇さんに報告した。その後、材料検証の結果を改ざんして代替品を使って建設を完成した。でも、この間の調査でそれがバレて、落合に疑われた。今日の人たちはエンジェの手下だけど、俺を捕まえたら、落合のもとに送るだろう」

一応、理屈に通じる説明だが、リカは甘くない。

マサルはどんな人なのか、小さい頃から知っていた。

八方美人で、かなり柔軟性がある。

自分の見せ方が分かっていて、イメージ作りに常に気をかけている。

でもその裏に、「裏切り者」の家からの「出身」に劣等感を持っていて、「天童大宇てんどうだいうの孫」という駒みたいな身分に強い不満を持っている。

「後悔は目で見えないものよ。本当に彼らを助けたいなら、私にあれこれを説明するより、行動したらどう?」

リカは淡々と聞き返した。

「だから、そのために来たんだ。俺のことをもう信用できないかもしれないが、お前の両親はもうすぐ帰国する。みんなで一緒に食事しないかと大宇さんから誘ってくれた。俺は本当に裏切り者だったら、大宇さんがそんなことを許すとでも思う?」

「!」

両親が帰国すること、それはリカも知らなかった。

祖父が入院する間に、両親はほかの派閥の勢力により厄介な任務を振り込まれ、外国に足止められた。

祖父が復帰した以上、両親の帰国の障害も消えた。

食事の件は本当かどうか、祖父や両親に聞けばすぐわかる。

マサルはいくらバカであっても、こんな嘘をつかない。

まさか、すべては祖父の計画なの?

落合との権力闘争のために?

「俺は本気だ、彼たち救いたいんだ。お前に頼まれたように、動ける高級異能力者を割り出した。でも俺だけじゃ、彼らを説得できないかもしれない。お前も一緒に来てほしい」

「……」


リカの知っている限り、「異世界」に到達するには、三つの条件がいる。

一つ目、十分な霊力(エネルギー)、時間と空間に変化を与える強い波動;

二つ目、扉(ナビゲーター)――異世界の座標を特定し、霊力を集約して通路を開けるもの――高霊山にある法陣も、「星空の石」という法具もその機能を備えている;

三つ目、「霊護れいご」、歪んだ時間と空間を行き渡る衝撃から肉体と精神を守るもの。


リカはすでに二つの条件を揃っている。

任務中で使っていた腕輪に、「星空の石」が嵌められている。

任務完了後、「星空の石」はまだ回収されていない。

エンジェは異世界にとても興味があって、一緒に行きたいと家に申請したけど、能力が足りないと判断され、叶わなかった。

自分から資源を奪う一環として、彼女はこの重要なアイテムを狙ってくるかもしれないとリカは思った。

それと、自分はこんな大事な道具を持っているのに、祖父の反対派やライバルプロジェクトの支持者の落合はずっと黙っているのは不気味だった。

だから、わざと偽物がついているサーブルを作って、目立つように持ち歩いて、相手たちを確かめた。

案の定、偽物は盗まれた。相手は異世界にまだ興味がある。自分が向こう側へ渡るのを黙って見ていられないだろう。


そして、もう一つの条件の「霊護」は、イズルの力で作れる。

それはイズルの力が必要とする理由だ。


残った最後の条件は、十分な霊力だ。

マサルはほかの企みがあっても、霊力さえ集められれば、試す価値がある。


マサルに「祖父に確認してから返事する」と答えたら、リカは14階に戻った。

エレベータの出口で待っているのはイズルの笑顔だ。

口が笑っているのに、目が笑っていない作り笑顔だ。

「こんな時間まで、拷問でもしてきたのか?」

その刺々しい話し方は久しぶりだ。

どうせ、自分が彼の命を狙った人とこっそり話すことに不満があっただろう。

「通報してもいいよ」

リカは適当にイズルの戯言に合わせた。

「しないよ。オレはリカの仲間だから。っていうか、犯人は何か自白した?」

「……」

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