14階のリービングでリカはマサルの話を簡単にイズルに教えた。
「そんな話、信じられると思う?」
イズルは鼻で笑った。
「一部だけなら」
「オレは信じている――」
「!?」
リカは不思議と思ったら、イズルは話を補完した。
「あいつは、『二股』をやっている――
最初は、お前の祖父のために働いていたのかもしれない。でも途中で落合からいい条件を持ち込まれて、そっちにも『本気』で協力した。だから、オレたちがガイアリングを破壊したことに強い恨みを持っている――
両方にも『本命』だと言って、両面スパイをやる。最終的にどちらが勝っても彼は『お姫様の夫』になれる」
「なんでそんな落ちに……?」
リカは思わずツッコミをした。
「あんな奴にとって、結婚は自分の地位と資源を確保するための手段だから。姫様の夫の座を狙うのは当然だろ。たとえ、その姫様は妖怪が化けたものでもね」
「……」
リカは軽く息を吐いた。
「彼はどんな目的でも、霊力の収集に手伝ってくれれば、私は文句ない」
「……」
イズルは不愉快そうに眉をひそめた。
「来週に休暇を取る」
「来週は株主の臨時会がある。あなたに譲渡する10%のこともそこで発表する」
「私は出席しなくてもいいでしょ」
「……」
イズルは目を細くして、真剣顔で聞いた。
「あいつのことが好きじゃない?」
「……まさか」
リカは呆気にとられた。
「あいつ、何年もあなたの婚約者でいた。あなたが持っているはずの権限も彼が代理してただろ」
「どこでそんな情報……あれは祖父が決めたことよ、私と関係ない」
「でも反対しなかっただろ?そのままだと、いずれ結婚しろと命令されるかもしれないのに」
イズルは覚えている。偽物の恋人になることを条件にリカに交渉した時、きっぱりと断られた。
ひょっとしたら、そのマサルのことを考えて断ったのか?
それを思うと、聞かずにいられない。
「それに、あなたは彼にかなり怒っているみたい。彼を信頼したからじゃない」
「それは、彼はみんなを助けることを拒絶し続けていたから。怒らないほうがおかしいでしょ」
「あのような尻の軽い男は大体鼻がいい、脈がなければ、あんな下手芝居を売りに来ないはずだ。ほんの少しでも、あなたが彼に情があると感づいたのだろう」
「同情ならほんのちょっと残っている。でも、彼を二度と信用する気はない。彼は昔から自分がしたことに自覚のない人だから、あんな芝居で私を騙せると誤解しただけだ」
「二度と」「昔から」……
イズルにとって耳の痛い言葉だ。
彼は不服そうにも口元を上げた。
「ふ~む、誤解ね」
「!」
ふいと、リカは何かに気づいたようにソファーから立ち上がった。
「そもそも、なんで無関係なことをいろいろ説明しなければならないの?そんなに彼のことが気になるなら、自分で聞き行けばいいでしょ?」
イズルは長い息を吐いて、頭が痛そうな表情でリカに視線を送った。
「聞いているのは『あなたは彼が好きなのか』、どうして『彼が気になる』話になったんだ?リカも結構自覚がないじゃないか?」
「私になんの自覚が足りないというの?」
「……」
リカの困惑そうな様子を見て、イズルは更に長いため息をついた。そして、静かに立ち上がり、リカの両肩に手を置いた。
いかにも大事そうなことを告げる様子だが――
にっこりと気楽な笑顔を見せた。
「実は――あなたの契約上の学生、名義上の部下、真の仲間として、リカさんの恋愛相談に乗ってあげたいと思ったんだ」
「!」
「恋の悩みがあるならぜひ教えてください。復縁とかにアドバイスを上げられるかもしれない。いつでも待っているから。それじゃ、おやすみなさい、お姫様」
「……」
イズルの気味悪い態度に、リカは何かを反論しようとしたが、ツッコミたいところがあまりも多くて、どこから反論すればいいのかすぐ思い出せなかった。
話の内容がおかしい、意味が分からない。
確実なのは、イズルのその笑顔はとても気持ち悪くて、むかつく。
(一体、何の嫌がらせなの……)
一晩中、リカの頭の中で、ブーザーのような音が鳴り続けていた。どうしても落ち着かない。
いつも睡眠に役に立つ催眠羊を抱いていても、なかなか眠れなかった。
イズルのほうも、深夜まで目が開いたままベッドでぼうっとしていた。
(オレは何をやっている。大人なげない……)
リカは明らかにそのマサルに期待を持っている。
しかも、自分は部外者として彼たちの会話から外された。
無理もないか……
仮とは言え、二人は何年も「婚約者」でいた。
偽物のカップルから本物のカップルになるなんて、ロマンスの定番じゃないか。
そういえば、研究のために読んだ女性向け恋愛小説のなかで、「改心」というパターンもかなり人気もののようだ。
最初はクズで主人公をひどく傷つけた男は、主人公が転生するか世界が変わると、いきなり主人公を溺愛する。
あのマサルのパターンに似てるな……
それに、主人公が複数の男に愛される場合、なぜか冷徹男や黒歴史のある男がヒーロになるのが多い。
普段はポーカーフェースで、主人公に冷たい男は、最後となったら、大体「本当は優しい!誰よりも主人公を愛している!」という一発逆転の仕組がついている……何回も読んだような気がする。
あのマサルは妖怪を捨てたみたい。彼にはその逆転チャンスが来たのか……
いろんな誤解や辛い試練を経験して、ヒロインとヒーローはやっと結ばれる。
本当に主人を思う脇役男なら、潔く身を引くだろう。その期に及んでも諦めないのは、愛が憎しみに転じ、悪役になるためのサブヒーロだけだ……
「……違う。なんでオレは悪役サブヒーロー?」
どうみても、他人の家の前まで押し付けて、弱者を演じて同情を買おうとするあいつこそ悪役だろ!
ポーカーフェースや改心男のどこが人気なのか分からないけど、リカはそんなものに嵌るはずがない!
あのマサルは自分を敵視するのも、自分から脅威を感じたからだろう。
自分が天童大宇の陣に入ったから、彼の代替品ができた。
天童大宇がまだ彼のことを完全に諦めていないかもしれないが、彼はもうリカの婚約者ではない。
なんなら、彼の役を完全に代替する、いいえ、上回るまでだ。
リカから聞いた。マサルは精神攻撃系の異能力を持っている。
自分の能力は守護系。
なんとか、その点を補足しなければならない。
いろいろ考えたあげく、イズルは青野翼に電話をした。
「オレの能力を、もっと引き出してもらいたい。特に、強い精神攻撃力を持つ相手への反撃法を身に着けたい。今より効率的な訓練法はないか?」
睡眠から起こされた青野翼は文句を言ったけど、上と交渉してみると答えた。
青野翼との話が終って、イズルは寝ようと思ったら、サバイバルゲームのグループで、全体メンションのメッセージが届いた。
発信者は軌跡。
「11月11日、遊びに行ける人はいる?
まもなく、二十何人の既読がつけられたけど、返信する人は一人もいない。
だって、皆もわかっている。
奇愛がつまらないを言ったのは、11月11日、この「独身の日」と呼ばれる日に、「軌跡兄ちゃん」と「二人」で遊びに行きたいから。
なのに、軌跡は大きく勘違いをして、奇愛の「寂しさ」を埋めるためにみんなを誘った。
ここで「行こう」と手を上げたら、絶対奇愛に恨まれる。
イズルは苦笑いして、グループに一つのリンクを送信した。
「うちの近くにある新港駅前イルミネーション、今年規模は更に拡大されたようだ。時間があれば行ってみてもいいじゃない。オレは仕事があるからパス」
すぐに、健からプライベートのメッセージが届いた。
「隊長、『行ってみてもいいじゃない』って、軌跡以外の人はどうする?」
「軌跡以外の人は時間がない」
「?!あの二人にチャンスを作ること?!」
「そうだ」
「でも、隊長はいつもまだ早いと言ってるんじゃない?なんでいきなり」
「ちょっと参考したい」
「なんの参考?」
イズルはここでスレッドを切った。
まわりに恋人の生サンプルがあまりないから、参考用に一組を作ってみると思った。
でもよく考えてみたら、奇愛はあまり参考にならないだろう。
「……」
でも、まあ、ないよりましか。
反面例として参考できるかもしれないし。
そのお勧めのせいで奇愛と軌跡はトラブルに巻き込まれることは、この時のイズルはまだ知らない。