そろそろ話が終わって、リカはお茶の片づけようとカップに手を伸ばすと、イズルはわざと同じカップを掴んでリカを止めた。
「そういえば、ウィングアイランドの件は、オレと新世界の問題で、リカと関係ないだろ?どうしてこんな真面目に考えてくれるの?」
「私と関係なくても、あなたに危険があるかもしれない。黙ってみているわけにはいかない」
「オレはそこのサバイバルゲームに出る時に、リカはもう異世界行ったはずだ。実質的に、外野で見ている状態だろ」
「……」
それは、リカも知っている。
彼女とイズルの「パートナー」関係は束の間のもの。
それぞれのやりたいことが違う。行く道が違う。
「だから、その前に、あなたの安全を確保する必要があると思う。あなたに何があったら……」
今度は、リカの目線が沈んだ。
「あなたの家族に申し訳ない……」
「オレも言っただろ、オレの家族のことはあなたのせいじゃない。贖罪なんかのためにオレを助けて欲しくない」
「……」
贖罪だけではない。
イズルと水上ボートで手を組んだ時から、リカはイズルに対する罪悪感から救われた。
イズルは自分を恨んでないのが分かる。
彼のことを「仲間」として受け入れた。
どこにいても、仲間の安否を心配するのは当たり前のことだ。
「贖罪のためではない。あなたはパートナー、仲間だから。私がここにいなくても、あなたが無事でいてほしい」
「じゃあ、別の聞き方にしよう」
イズルは軽く笑って、迂回した。
「あなたの異世界の仲間は救われる。ただ、条件として、その人がエンジェの配下になる。いいえ、キュービットの矢とかに洗脳されて、エンジェの愛人になる。リカは、それを納得できる?」
変な質問だけど、リカは素直に答えた。
「可哀そうだけど、生死不明な状況より、救われるだけでもありがたいと思う」
「よし。じゃあ、オレの一生の安全は保障される。条件として、エンジェの夫になる。それでもいいのか?」
「……」
なんでほかの仲間が愛人、あなたは夫なの?
ツッコミの気持ちがなくもないが、リカは言えなかった。
仮定状況だとしても、その話にとんでもない嫌味を覚えた。
エンジェの自慢の「彼氏たち」をたくさん見ていた。
マサルもその一人。
でも、イズルはエンジェとくっつくなんて、想像もしたくない。
「エンジェはあなたを殺そうとした。そんなことをしないと思うよ」
「いいえ。今日彼女は言った。オレはリカの味方じゃなかったら、オレと敵対してたくないって。それは一理があると思う。あの女、かなりの面食いじゃない?じろじろオレを見ていたんだ」
(……されいげなく自分を誉めているじゃない?)
確かに、イズルのルックスはエンジェに好感を持たせるだろう。
「別にあのエンジェじゃなくても、
「節操なさすぎるでしょ……」
そこまで言われたら、さすがリカもツッコミを我慢できなかった。
以前だったら、そのような戯言に対して、「あなたの自由だ」と答えるだろう。
でも今はなぜかそれを言い出せない。
イズル態度がムカつくて、何か強い抵抗感が胸に詰まっている。
最初は、イズルを守るために、異世界へ行くために、彼を自分の仲間にした。
今は違う。イズルの力は認めてくれたし、協力も承諾してくれた。
寧ろ、自分の部下でいて、エンジェやその後ろの人と敵対するほうがイズルのためにならない。
自分は異世界に行くと決めた。イズルともう会えないかもしれない。彼が誰の夫になっても自分に損はない。そのはずだが……
嫌だ。
本当にそんなことになったら、死ぬほど嫌いだろう。
(助けたのは、私なのに……!)
夜更けをして、パソコン作業で疲れて、頭がパンパンで回らない。情報の処理が追いつかない。
その上、胸が詰まっていて、考えれば考えるほど息が細くなる。思考が進まない。
目が痛くて、熱い……
「!!」
イズルはドキンとした、偏屈な質問で少しでもリカの態度を引き出そうとしたが、今の状況は完全に彼の理解を超えた。
言葉に詰まったリカの目が赤くなって、潤んで、一粒の涙がこぼれた。
どういうこと?!と考える暇もなく、いつも強くて不愛想なリカが初めて見た涙に、イズルはたちまち取り乱した。
「わ、悪い!いじめるつもりはない……冗談だ!質の悪いいたずらだ!答えなくていい、真面目に考えなくていいから!!」
リカも初めて涙に気づいたように、不思議に戸惑った。
「ごめん、先の話を忘れろ」
イズルはティッシュを拾って、優しくリカの涙を拭く。
そして、自然にリカを胸の中に軽く抱きしめる。
「オレは、リカ以外の人の『パートナー』になるつもりはない。ならないんだ」
「……」
その一言で、リカの心から安堵感が湧いてきて、胸の詰まりが解かされた。
ただ――
(彼の言った通りよ。もうすぐ、私はあっちに行く。もう会えなくなるかもしれない……)
と心の中で密かに呟いた。
「お姉ちゃんの家庭宴会?あたしは行かないよ。本物の家族じゃないから」
次の日、イズルはあかりに電話をして、リカの家庭宴会のことを聞いた。
でも、あかりもそれが初耳だ。
「そうか……あのマサルも行くらしい、オレはてっきり……」
「あいつは正式な引き取り手続きを持っている孫だから」
「……」
あんな恩を仇に返す男はリカの「本物」の家族。聞いているだけでかなり不愉快。
「お兄ちゃんはその宴会のことに気になるなら、調べてあげるよ」
気の利くあかりだから、もちろんイズルの気持ちに察した。
「できるのか?」
「
そう言いながら、あかりはパソコンを起動した。
「お兄ちゃん、心配しすぎるよ。お姉ちゃんはあんな裏切り者にもう振り向かないよ」
「リカのことはもちろん信じている。でも、お前も知っているだろ、あの男は口車が上手だ。リカの家族の前で変なことを言わない保証がない。特に、リカの信頼を失った彼は地位を維持するために、リカの家族から口説く可能性もある」
イズルの話を聞きながら、あかりの両手はパソコンで素早く操作している。
「万が一、リカの両親や大宇さんが惑わされて、リカを彼に任せたら――お前はあの男に『お兄さん』と呼ぶ羽目になるぞ」
「そんな恐ろしい話をしないで!あいつにお茶一杯をおごってもらったこともないの。それどころか、同じ万代家の養子なのに、いつもあたしを見て見ぬふりをしていたのよ」
あかりは文句をつけている間に、パソコンの情報処理が終わった。
「あった。場所はおそらく、この昇龍ホテル……万代家直属なところだ。だったら、そこの監視システムは本家に繋がっているはず。監視カメラの実況をお兄ちゃんに転送できるかも」
「やめとこう。お前はその監視カメラをチェックする権限がないだろ?」
あかりとやり取りをする間に、イズルは彼女がハッキングをやっていることに気づいた。
あかりはよくチャット記録、メール履歴や通信記録などを入手できる。
天使のような顔で、立派なプライバシー侵害をやっている。
「平気よ。万代家では、こんなの交通カメラみたいなものよ。事件が起こらないかぎり誰も気づかない。セキュリティーも甘いし、操作は簡単。それに、このホテルの個室にカメラがないの。監視カメラはロビーや廊下とか共用部分しか映さない。本当に価値のある情報は何もないと思うよ」
何より、ちっとも罪悪感がないようだ。
盗聴器でリカの部屋を探った黒歴史の自分が言ってどうかと思うが、イズルはやはりこの子には常識教育が必要だと思う。
そして、自分を守る意識もきちんと教えるべきだ。
チャンスを見って、リカと相談しよう。今回はもう仕方がない。
「わかった。それじゃお願いする。報酬はいつものように、食事でも洋服でも何でもOKだ」
「報酬か……食べ物もおもちゃも結構くれたし……」
あかりはちょっと考えてから、不確かな口調で聞き返した。
「今度、お姉ちゃんと一緒に、テーマパークに連れててくれる?」
「もちろんだ」
あかりの本当にほしいものは何なのか、イズルは秒でわかった。
いくら頭がよくても、彼女は両親のいない12歳の子供だ。
「これから、こういう要求だったら、いつでも言っていい」