祖父の話は、リカのもっとも自信のないところに突き込んだ。
異世界の件は極秘、大声で助けを求められない。
彼女は「一人」で頑張るしかない。
「向こうの人は、こちらの提案を断って、敵意を示した以上、われわれにはもっと有力な交渉材料が必要だ。もっと力強い助っ人も必要だ。しかし、お前の一番信頼できる人たちは、皆向こうにいる。行動する前に、まず新しい仲間を見つけなければならない」
新しい仲間と言えば、リカの頭にイズルが浮かんできた。
「僕を、その新しい仲間に加えていただけますでしょうか?」
マサルはさっそくその話を掴んだ。
「僕のような人間は、大宇さんから身に余るご親切をたくさんいただきました。今日の地位は、リカさんの婚約者のおかげで得たものともいえるでしょう。仮初の甘い夢だとしても、僕は幸せでした。なので、これからも、ぜひリカさんのお力になりたいと思います」
天童大宇は満足そうに頷いて、マサルが席に座るように合図をした。
「マサル、遠慮しすぎるぞ。俺は七龍頭の首席、仮初の夢とかで人を釣るような低劣な手段を使わない。お前は俺の孫だ。それは本当だ。お前はリカの婚約者でいる意思があるなら、それも、本当のことになる。俺は知っている。口に出さないけど、リカは小さき頃から、ずっとお前に気をかけていた」
「姉としての責任ですから」
マサルの目に少しばかり光が現れたら、リカはすぐそれを打ち消した。
「お爺様のご配慮に申し訳ないけど、彼はその意思があっても、私にはありません」
それを聞いて、マサルは傷付けた表情になった。
「僕は自覚があります。僕のような人間はリカさんに相応しくないですね。今までも説明や考慮が欠けていて、リカさんをたくさん傷付けました。それでも、一つだけ言わせてください。表でどんな酷い人間を演じていても、僕はリカさんの優しさを忘れたことがありません」
言葉でアピールしながら、マサルはスーツの内側の胸ポケットから、手編みの金魚がついているキーホルダーを出した。
「これは、僕11歳の誕生日に、リカさんからくれたプレゼントです。ずっと大事に持っています」
11歳のマサル、今のような気の利くイケメンじゃなかった。
自信がなくて、いつも頭を垂れている軟弱そうな子供だった。
出身の家は万代家の裏切り者として処刑された。
彼一人だけ、幼い故に見逃された。
万代家に恨みがないというのは嘘だが、その同時に、万代家しか頼れるものがないのはもっと切実な現実。
七龍頭首席の天童大宇の孫になってから、周りへの警戒心が一層強くなった。従順で柔らかい対応で自分を守ろうとした。
その結果、ストレスはすべて内側に抑え込まれ、性格もだんだん暗くなった。
リカは知っている。彼が祖父に引き取られたのは、自分が「彼の未来」を祖父に伝えたから。
名義上の姉としても、彼の運命を影響した人間としても、マサルがそれ以上落ち込まないように、なんとかして彼を励もうとした。
リカは良い運をもたらすと言われる手編みの金魚を作って、マサルの誕生日に彼に送った。
「どんな出身でも、人間の未来は自分次第だと思います。マサルさんなら、きっと明るい未来を掴みとれます」
マサルは金魚を受け取って、恥ずかしそうに「ありがとう」と言ってからさっそく退散した。
あれから、リカはその金魚を二度と見たことがなかった。
ここで見せられるとは、実に複雑な気分だ。
マサルに明るい未来があるように願っていた。
思わなかったのは、マサルは「明るい未来」のために、自分や仲間たちの裏切った。
マサルはどんな気持ちで、どんな目的でその金魚を保管したのか、その金魚が本物かどうか、リカはもう考えたくない。
一時的な甘さで、もっと大事なものを失いたくない。
リカは揺るぎのない目でマサルに答えた。
「そんなもの、マサルさんになんの利益も貢献できないから、大事にしなくていいです」
「……っ!」
容赦のない拒絶に、マサルは話に詰まった。
「まあ、お前たちはまだ若いし、誤解などがあれば、これからゆっくり解けばいい。ただ……」
天童大宇は興味深い微笑みを浮かべた。
「リカがほかに好きな人ができたら、話は別だ」
「!」
「そう言えば、あのイズルという新人、お茶でいろいろ話してた。リカにかなり好意を寄せているようだ。俺はマサルがかわいいが、リカは自分の配偶者を選ぶ権力がある。それに、将来のために、リカには有益の人脈も必要だ」
「……」
マサルは自分の忠誠心が試されているのを感じた。
気の利く彼だから、さっそく賢い返事をした。
「リカさんは僕のことをどうみていても、僕はリカさんの力になりたいです。これからも傍にいさせてください」
「その必要はありません」
だが、その告白も即時にリカからリジェクトを喰らった。
「色気や利益で人を釣って、思うままに利用するようなことはしないから」
「!!」
マサルの心臓はドキッとした。
色気や利益で人を釣って、思うままに利用する――
恐らくエンジェのことを言っているのだろう。
だが、そのエンジェに利用されたのは彼だった。
つまり、リカは自分のことを叩いている。
そう思うと、マサルの目に影が走った。
「その正直なところ、お爺さんの若い頃にそっくりだな」
天童大宇は珍しくやれやれと笑った。
「大宇さん、
介護の男は天童大宇に電話を渡した。
「嵩」というのはリカの父、天童大宇の実の息子。
リカはその電話に気になり、祖父の表情を観察した。
電話の内容を聞いた天童大宇の表情は再び不愛想なものになった。
「わかった。終わったらまた連絡をくれ」
電話を切って、天童大宇はリカに状況を伝える。
「運が悪くてな、お前の両親が乘っている飛行機は乗り換えの国で臨時に止まった。理由は、異常天気のようだ」
「異常天気?」
祖父の口調からすると、事情が単純なものではないとリカは気付いた。
「昼は夜に転じて、豪雨と雹が降った。それと共に、高い異能力の波動が観察された。どこかの不届き者の仕業だろう」
「調べに行きます」
マサルはさっそく立ち上がったが、天童大宇に呼び止められた。
「いい。リカの両親が処理している。大した件ではないが、俺は指揮を取る。復帰したことを、万代家内外にも知らせしないとな」
天童大宇は介護の人に合図をしたら、介護の人が起き上がろうとする彼を支えた。
「リカとマサルはゆっくりしていい。せっかくの休日だから、一緒にどこかに遊びに行ってもいい」
それを言い残して、天童大宇は個室を出た。
十人も入れる広い個室に、あっという間にリカとマサルだけが残された。
リカはスマホを出して、異常天気のことを調べようとしたら、画面で表示されているあかりのメッセージが目に入った。
「心配しないで、ご両親は強いお方です。きっとうまく処理できます」
マサルはリカを慰めながら、メニューを広げた。
「何かを飲みます?ワインはどう?」
「私はお酒を飲まない。もう忘れたの?」
リカはマサルに振る向かず、スマホをコートのポケットに戻した。
「……」
マサルは間違った発言に悔しと思った。
ワインはエンジェの好物だった……
なんでリカの前だけ、よくこんなドジを踏むのだろう……
「そうですね。リカは変わっていないですね。じゃあ、食べ物にしましょう。甘いものが好きですよね」
「それより、聞きたいことがある――」
今回は、リカが自らマサルに目を向けた。
「イズルになんの恨みがある?」
「!?」