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96 嫁の基準

イズルの誕生日パーティーで、頭ピッカの叔父の博司ひろしは嬉しそうに来客たちにイズルの有能を紹介した。

先日の株譲渡で損をする人もいるし、得をする人もいる。博司さんは得の部だった。もともとイズルを取り込もうとした彼だから、更に仕事に励んだ。

それに対して、同じ配分をもらったイズルの伯母の英子ひでこは素直に喜べない。

イズルの祖父の紋治もんじは兄弟三人でそれぞれのビジネスに身を投げた。

紋治は二番目の兄弟で、上には兄、下には弟がいた。

勝負心の強い兄と弟と違って、若い頃の紋治は大口を叩くことがなく、野望がなさそうな人間だった。ただ黙ってコツコツ頑張っていた。

しかし、最後に勝ったのは紋治だ。

兄と弟の企業が投資に突っ込みすぎ、金融危機で経営不振に落ち、紋治に買収され、「神農しんのうグループ」の一部となった。

英子は紋治の兄の長女。姉らしき、物分かりのいい人間だ。

紋治の実の息子や娘と争わずに、サポートに専念していた。その誠実さと勤勉さのゆえに、紋治一家から尊重と信頼を得た。

紋治一家の「事故」の後、英子はやっと表舞台に出るチャンスを匂ったが、彼女が水面上に上がる前に、イズルは先に手を出した。

彼女の認識の中で、イズルはまだまだ子供っぽい。いきなりマニピュレータの姿をみせるなんて、まだ信じがたい。

まさか、あの得体の知れないシンデレラも、イズルがカモフラージュとして用意したの?

今日は来ていないようだが……

「英子さん」

英子はリカの姿を探していたら、後ろからイズルの呼び声がした。

「すみません。来客たちへの挨拶に忙しくて、英子さんと話す時間をなかなか作れませんでした」

今日のイズルはクスミブルーのスーツを身に纏い、髪もいつものと違う感じでセットされた。

前日のカフェでの放蕩息子の感覚が一掃し、いかにもビジネスに励んでいる好青年だった。

「いいえ、私は大丈夫よ。誕生日パーティーとはいえ、ビジネス活動よ。でも本当に驚いたわ。イズルは子供の頃以来、こういうイベントに全然出なかったのに、慣れているのね」

「難しい知識も技術も要らないから、皆さんの作法を見習えばすぐわかる」

(バカみたいな笑顔でおだてを振舞えば十分だ。)

イズルは微笑みだけを見せて、後半の話を呑み込めた。

「紋治叔父さんたちは今のあなたを見れば、きっと誇りと思うでしょう」

英子の嘆きは本心だ。

権力面で不満があると言っても、イズルは到底、血の繋がっている甥。

本当にイズルを邪魔ものだと思ったら、シンデレラと駆け落ちでもさせた。

「そういえば、イズルは今年、20歳になったっけ?」

「23です」

「でも、去年の年末、皆で食事をしてた時、お酒はまだだめとかって話はなかった?」

「アルコールの匂いが嫌いって話だったんです。学校に行っていないから、みんなの記憶も曖昧でしょう」

イズルはなんの不自然もなく嘘をついた。

彼にグループを継承させるために、青野翼は彼の年齢で工作をした。

幸い、イズルは学校に行ったことがほとんどなく、年齢偽造もより便利だった。

「23ね……男の子は結婚に急がなくてもいいと思うよ。あなたの結婚はグループに大きな影響があるから、結婚の相手を慎重に選ぶの。この前の家庭教師とのことは、本当なの?」

英子の質問をいいチャンスに、イズルはこの話題を辿って、自分の聞きたい事を持ち出した。

「慎重に選ぶつもりですよ。ですから、私もずっと気になっています。英子さんはどうして奇愛がいいと思っているのですか?趙氏財団のお嬢様で、中国でも人脈を持つのがわかるけど、その性格はとっても『慎重』の基準に合わないでしょ。私もいい性格じゃないから、彼女とくっついたらお互いの会社にもいいことはないでしょう」

「財力の考慮もあるけど、もっと重要なのは強さよ」

「強さ?」

「あなたも知っているでしょ。私の親、あなたの祖父の代の兄弟関係が悪かったの。男の人は勝負心が強くて、兄弟の間でも争いが多い。だからこの家には、男たちの闘争心を和らげる、家族を団結させる強い女性の主が必要なの。だけど、私もあなたの母もそういう素質のある人間ではなかった……」

(それでも奇愛の番にならないだろ……)

心の中で百回ツッコミしたけど、イズルはとりあえず大人しく話の続きを聞くことにした。

「覚えているの。奇愛は小さい頃に交通事故にあって、トラックにはねられたことがある。結果、トラックはひっくり返されて、運転手も緊急手術に運搬されたけど、奇愛だけがすり傷で済んだの」

「体の強さに関してあいつは格別だけど、家の主になる素質とは言えないでしょう……」

奇愛ならそんなこともあるだろう……と、イズルはその不思議な事故を納得した。

「そういう意味じゃなくて……まず、体の丈夫さが重要と言いたい。それに、奇愛は危険から逃れる強い運を持っている。なにより言いたいのは、『血』なの」

「血……?」

(何かの神様の血を引いた話か……)

「父から聞いたことがあるわ。『あちら』の家はここ数百年、ずっと女性が一族の主導権を握っているの。血は争えない。一族の気運もそうよ。まだまだ成長中だけど、奇愛は生まれつきの『強運』と『素質』があるのよ」

「『あちら』というのは、趙氏財団のことですか?そんなに歴史の長い一族だったんですか?でも、今の責任者は男性で、奥さんもそんな強い人間には見えないし……」

「十年前、影で趙氏財団を操っていたのは、現在のCEOの姉だったの。もともとの後継者もその姉の一人娘。それに、『あちら』というのは趙氏財団だけじゃないの。例えば……」

英子の目線はパーティー会場を一周まわして、最後に、水玉色ドレスの若い女子に止まった。

「あの子――奇愛の従姉よ」

イズルは英子が注目している女子を知っている。

リカから紹介された暗黒世界の関係者の一人、奇愛と同じ、蚩尤の末裔の一族に所属する人間だ。

その女子は大体二十代前半、栗色の長い髪は頭の後ろできれいに結んでいる。手足が長く、表情が年齢よりも大人しい。全体的に穏やかな雰囲気。

とても奇愛と血が繋がっているようには見えない。

「あの若さで、5年前からあの有名な金融会社、義士ぎしグループのCEOになったの」

「それは知っています。この後、きちんと挨拶しようと思ってます」

「ええ、そうしなさい。彼女たちの家は『あの一族』の一部に過ぎない。あの一族の中で、有能な若い女性は何人もいるの。仲良くなって損がないわ。人脈にもなるの。奇愛がダメだったら、ほかの子も考えてね」

(勘弁してくれ、奇愛だけでも死にそうな目に遭ったというのに……)

ツッコミを口に出さずに、イズルは重要な質問をした。

「『あちら』と『あの一族』って、ひょっとして、戦の神、蚩尤しゆうの一族ですか?」

「えっ、その話、どこから……」

英子は驚いた。

彼女が渡海わたるみ家の家系の話を聞いたのは数年前、父が亡くなった直前だった。

親が死に逼られないと、家系のことを子供に教えてはいけないのは渡海家のルールだ。

だが、イズルの祖父と両親が亡くなったのは、突然の事故だった。

彼はどこからそんな非常識なことを知ったの?

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