「イズルさんはどのくらいの力を使えるのか、把握したいです。これで試させていただきます。ご協力をお願いします」
「消防車が来ると思うが」
イズルは警戒を高めながらもリマインドした。
「大丈夫です。事前にこの庭で細工をしました。外部からなんの異様も見ないです」
「……」
計算済みか……
友好的でさわやかな外見をしていても、さすが暗黒世界の人間だ。
陽華は手を振るうと、火炎の檻がイズルのほうに収縮し始める。
イズルはさっそくバリアを展開し、火炎と対抗する。
やがて、全ての火炎はイズルのバリアを纏い、巨大な火球を作り出した。
イズルの力と陽華の火炎はお互いに押し合い、無数の火花を飛ばす。
火球の中のイズルは、酸素の急速な流失と灼熱を感じて、自分が不利な立場にいるのに気づいた。
防御だけでは足りない。何とかして、攻撃を返さないと!
そう思うと、バリアが次々と変形し始める。
ウニの形、剣の形、歯車の形まで変形しても、形のない炎を切断できなかった。
(だめか、威力は以前より増したと感じだけど、こんな手品みなたい技で、向こうの異能力とやり合えない…万が一のことがあったら、何も守れない……!)
「守る」という単語が頭から浮かんできた瞬間、イズルは血の温度が急上昇するのを感じた。
こんな場面、以前もどこかであったような気がする。
自分は盛大な火炎から必死に何かを守ろうとした。
そうだ、子供の頃のことだった。
目の前に、感情のないような眼差しを持つ男の子がいる。
自分の後ろに、一面の薔薇の畑がある。
その男の子が放った火炎から薔薇を守るために、イズルは必死に防御の壁を展開して、そして、男の子の火炎を打ち消した……
いいえ、防御では火炎を打ち消せない。
あの時に使ったのは――
「!!」
陽華は目を大きく張った。
イズルが展開したバリアは拡張で火炎と対抗するのを止めて、逆に彼の周りに集中する。
再び球体となったバリアの上に、花火のような小さなが爆発が次々と咲いた。イズルのバリアは、陽華の火炎を喰い始める。
喰われた火炎はどんどん弱くなる。その変わりに、バリアの光がだんだん増していく。空から俯瞰すれば、その輝かしい球体状のバリアはまさに爆発寸前な新星。
だが、バリアは爆発も、再び大きくなることもなく、ただ地道に火炎を食い尽くした。
「どうやら、思い出したようですね」
陽華は納得したように呟いたら、手を一振りして、残った分の火炎を散らした。
「これでいいのか?」
やっと灼熱から解放されたイズルは汗を拭いて、重い息を吐いた。
「私が見たところで、心配する必要はないでしょう」
陽華は平然とした顔で一本の指を立てる。
「まず一つ、イズルさんの力の威力は、小さい頃とあまり変わっていません。つまり、異能力者として、まだまだ『子供レベル』です――」
「……」
喜ぶべきか、怒るべきか、がっかりすべきか、イズルの気持ちは複雑だ。
「そして、イズルさんはこの力で人を傷付ける意欲はないです」
「そんなこと、どうやって判断した?」
「異能力の形は人の心の鏡です。イズルは何かを守ることに一心のようですから、私の攻撃を喰って、『防御』で問題を解決しようとしました」
「あれでも『防御』なのか?」
イズルは目を細める。
先ほど、力の操作を変換した彼は確実に感じた。自分の力は相手の力を喰って、強くなっていく。
やろうと思えば、蓄積した分を全部外に投げ出すこともできるだろう。
防御より、反撃のためのチャージと言った方が正しいかもしれない。
「威力的に、効果的に、『防御』と見なされます」
陽華にこやかに判断を繰り返した。
その言い方に気になるイズルは問い詰めた。
「ということは、威力を増やせば、殺傷の効果もできるのか?」
「ということは、イズルさんはこの力で人を殺傷するつもりですか?」
陽華にズルそうに聞き返されたら、イズルは表情を引き締めた。
「……そんなことをしたら、オレは処刑されるだろ?」
「人を殺傷することに関して、その力を使わなければ、私たちは干渉しません。どうしてもその力を使う場合、私たちの目の届かないところにやってください」
「……適当だな」
「かつての親族を処刑することなんて誰もやりたくありません。できるだけ見逃してあげるようにしています」
陽華は肩をすくめて、イズルに近づく。
「それに、先ほども申し上げたのです。万代家のやっていることはみんなのご迷惑です。イズルさんの活躍で、それを止められるのなら、うちの上層部も大目で見てくれるでしょう」
「……オレを利用して、万代家の誰かを抹殺するという計算なのか?」
「そんなことは……」
「それでいい」
陽華が何かを弁解しようとしたが、イズルは彼の話を断ち切った。
「さっきの話からみれば、オレが殺そうとする人――つまり、オレの家族を殺害した人――はもう心当たりがあるだろ?」
「ええ、ありますよ」
イズルは真正面から問題に向き合っているので、陽華もこれ以上もったいぶりをしない。真面目な表情でイズルの出札を待っている。
「その人の名前を教えてくれ。オレが調べている人と一致するなら、喜んで殺してあげる」
イズルの決意を見て、陽華は「やはりこうなったのか」と苦笑した。
万代家のその張本人は、ほかの組織だけではなく、万代家の一部の人から見ても厄介な存在だ。
しかし、組織レベルとなると、牽制が多くて、簡単に手を出せない。
イズルのような彼に恨みを持ち、陣営がまだ曖昧な「新人」に任せたのは、みんなにとって都合のいいことだ。
誰も口に出していないが、イズルはもう奴の
なにより、イズル本人が復讐したがる以上、これは合意のような相互選択だ。選ぶ側は罪悪感もなにも感じる必要がない。
あの厄介者は実質的に、敵にも「仲間」にも捨てられた状況に落ちた。哀れなものだけど、それも彼自身が企んでいる「偉大なる計画」の結果だ。
たとえ暗黒家族でも、人間として踏んではいけないデッドラインがある……
「
陽華からその名前を聞いて、イズルは意外を感じなかった。
青野翼に頼んで調査しているの相手も落合だった。
青野翼と陽華がグルーで、偽物の情報を流す可能性がなくもないが、イズルは自分の直感と理性を信じている。
それに、たとえあの二人が嘘をついても、イズルにはもう一人の証人がいる。
その人は決して彼に嘘をつかない。
リカの顔が頭に浮かんだら、スーツのうちポケットから無線受信機のブーザーが鳴った。
イズルはさっそくイヤホンを付けた。
受信機から聞いた第一声はリカの質問――
「イズルになんの恨みがある?」