レッドトロールの怒りに任せた渾身のパンチ。
直撃は何とか回避したものの、無理な体勢で完全に
おかげで俺は小石のように住宅街の上空をアーチ状に吹き飛ばされ、名も知れぬ民家の二階に激突してようやく体が停止した。
「ち、ちょっと大丈夫なの!? あなた、神崎君でしょ!!?」
女の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
明滅する意識で、無理やり目蓋を開く。
視界には大量の土煙に紛れて、茶髪の少女がこちらを見て駆け寄っていた。
服装は赤いジャージの、学校指定の体操服姿である。
「北、沢……」
俺は駆け寄ってきた人間の名前を呼びながら、脱力感と共に二階からふらっとダイブする。
そのまま地面に全身が打ち付けられそうになる刹那、カッと意識を覚醒させて
ダァン! と短い衝撃音を響かせながら、何とか着地に成功した。
「やっぱり神崎君じゃない! ひ、酷い怪我……どうしたのそれ!?」
「あー……ちょっとばかし、げほっ、レッドトロールの、ごほっ、パンチを貰っちゃい、まして……」
説明している途中に、頭からドロッと血が流れてくる。
口も切っているらしく、喋ると口内に鉄の味が広がった。
「バカ! 何してるのよ! あんな化け物のパンチを食らっただなんて……と、とにかく今すぐ治療するわ!!」
「はっはっはー! いやー、派手にやられましたねぇ遊一。やっぱりレッドトロールは強敵でしたか?」
「……はっきり言って、強すぎだ。あれマジで……俺たちに討伐させる気、あんのか? ハァ……ゲームバランスの崩壊も、良いとこ、だぞ」
「あまり喋らないで! 傷口が開いちゃうでしょ! とりあえず応急処置程度にしかならないけど……ヒール!」
北沢は俺に回復魔法をかけてくれた。
暖かく心地よい魔力が体内に浸透していく。
プリムのサポート付きだからか、みるみる内に怪我が癒えていくのが分かる。
おかげで、少しずつ意識と思考もクリアになっていくのを感じた。
すると、プリムがすい~っと俺の目の前まで飛んでくる。
「実はですね、あのレッドトロールの強さについては私もちょっと不思議に思ってたんですよ。いくらなんでも強すぎなんじゃないかって。本来はプレイヤーが頑張ってギリギリ勝利できるかどうか、っていうくらいの難易度で出現するはずなんですが」
「……何か裏があるってのか?」
「裏、と呼んで良いのか分かりませんが、この緊急クエストの『裏側』の情報群を眺めるとですね、だいたいプレイヤーのレベルのプラス十くらいの強さで出現するように設定されているっぽいんですよ。まあ閲覧権限の関係で細部まで確認はできなかったんですが」
「……? つまり、どういうことだ?」
「これは推測になるんですが、もしかしたらこの街には――――」
「グォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
プリムの言葉に覆い被せるように、怪物の絶叫が轟いた。
あのデカブツが暴れまわってくれたおかげで住宅街も少しずつ更地に開拓され、最初よりも見通しがよくなっている。
ゆえに、レッドトロールの行動が遠目ながら確認できた。
ベギィ! ベキベキベキボガガガガ!!
何かを強引に引き抜くような破壊音。
目を細めて凝視してみると、レッドトロールは傍にあった電柱を引っこ抜き、電線などを乱暴に引き裂いている。
ぶらぶらと空しく揺蕩う断線した電線。
レッドトロールは引き抜いた電柱を満足そうに眺めると、右手で握り、ぐぐぐ……と自らの肩の上に構えた。
普段は見慣れた長大な電柱だが、レッドトロールが持つとちょうど体にフィットした武器のように――それこそ小型の『投げ槍』のように見えてしまった。
レッドトロールはニタァと笑う。
それと同時、俺は全身に寒気が走るような危機感を覚えた。