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第30話  立ち向かう勇気


「あのエリアボスは、絶対に俺が倒す――……!!」


 その言葉には確かな意志が宿っていた。

 認識の甘さを痛感し、改めて覚悟を研ぎ澄ます。

 俺の宣言に一瞬場は静まり返るが、少し遅れてプリムがニヤリと挑戦的に笑った。


「……さすがですね、その意気ですよ遊一! これくらいでへこたれてちゃ《新世界》攻略なんて夢のまた夢ですからね!」

「ああ。後悔や弱気に呑まれてる暇はないからな。とにかく今はレッドトロールを打ち倒すことだけ考えよう」

「ち、ちょっと待ってよ!」


 双剣を構え、再び戦場に赴こうとした瞬間、後ろから腕を掴まれる。

 振り返ると、北沢が今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。


「わ、分かってるの神崎君! 《新世界》だか何だか知らないけど、ここでは私たちだって簡単に死んじゃうんだよ!? 神崎君だってもうボロボロじゃない! このまま戦い続けたら、本当にさっきの男の人みたいに……」

「理解してるさ。レッドトロールのパンチにかすっただけで百メートル以上吹っ飛ばされてこのザマだ。直撃したら死ぬかもしれんし、それ以外の攻撃も俺たちが致命傷を負うには十分すぎる威力を宿してるだろう」

「そ、そこまで分かってるなら――」

「でも、これは誰かがやらなきゃならないんだ。この緊急クエストは制限時間付きのタイプじゃない。エリアボスを倒すまで一生終わらないんだよ。ここで逃げたとしても、レッドトロールは必ず追ってくる。そうなったら、おっかなくておちおち昼寝もできねぇだろ? だからアイツは、最低限体が万全に動く今このタイミングで息の根を止めておくべきだ」

「……何を言っても、止まる気はないってこと?」

「悪いな。心配してくれてるのは分かってるし、その気持ちはめちゃ嬉しいんだが……ここで逃げるのが得策だとは思えない」


 北沢の目を見つめて、はっきりと告げる。

 互いの間に緊張感が走るが、その張りつめた空気を和ませるように俺は小さく笑った。


「でも、だからといって北沢も前線に立てなんて言うつもりはないから安心しろよ。お前はこれまで通り、レッドトロールから逃げておけば……」

「……も、……ぅわ」

「え? 何だって?」


 俯きながらぼそっと呟く。

 上手く聞き取れなかったので聞き返すと、北沢はバッと顔を上げた。


「なら、私も戦うわ! 神崎君だけに辛い役目は押し付けない!!」


 一歩踏み出し、俺の鼻先にまで顔を近づけてくる。

 思わず俺は上体を後ろに下げて息を呑んだ。


「お、おいおいちょっと待て! お前もエリアボスと戦うだと!? 本気か!?」

「もちろん……本気よ。私程度じゃ大した役には立てないかもしれないけど、それでも少しくらいなら神崎君の戦いをサポートできるわ!」


 北沢は力強く断言する。

 その瞳には覚悟を燃料に燃え盛る熱い炎が灯っているように見えた。

 が、これは安易に受け入れていいものなのか。

 北沢の参戦に踏ん切りがつかないでいると、プリムがひょいっとやって来て口を挟んでくる。


「いいんじゃないですか? 遊一も一人で立ち向かったって勝ち切るのが難しいって感じてるんでしょ? 言っときますけどレッドトロールはまだ全然本気を出してはいませんよ」

「そうだが……北沢、もう一度確認するが、本気なんだな?」

「ええ。私は自分が死ぬのも、神崎君が死ぬのも嫌なの」


 間髪入れずに即答した。

 もう腹は括っているらしい。


 たしかに北沢が近くにいてくれれば戦いやすくなるのは間違いない。

 回復役が身近にいれば少々無茶な戦いをしてもリカバリーできる余地も増える。


「……分かった。なら、お前の力を貸してくれ、北沢」

「うん! 任せて!」


 ふとおっさんがいた交差点を見ると、そこに死体はなかった。

 代わりに、ドット状の霧が乱れるように漂っている。

 あれはモンスターを倒した際に出現していたのと同じものだ。

 どうやら、プレイヤーが死亡した際も同様のエフェクトが出現するらしい。


「……アンタの死は無駄にしねぇよ」


 お互い名前も知らない赤の他人だ。

 しかし、その一言で割りきれるほど人の命というものは軽くない。

 おっさんの仇を取るためにも、俺たちが生き延びるためにも、レッドトロールは必ず打ち倒す。


「そんじゃあいっちょ、リベンジマッチといこうか」




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