目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第36話  未沙希の覚悟


 私はプリムちゃんと一緒に人気ひとけのない住宅街を走っていた。

 だけど、もはや私が見知った街並みではない。

 地面のアスファルトには無数の亀裂が走って所々に陥没や裂け目が見え、さっきまで平坦だった道は今や不規則にガタついている。

 気を抜くと簡単に躓いてすっ転んでしまいそうだ。


「神崎君は何でもないように走り抜けてたけど、よくこんな地面であんなスピード出せるわね……!」


 感嘆と呆れを同居させたような独り言に対し、私の隣で小さな羽をパタパタと動かして飛んでいたプリムちゃんが少し身を寄せてくる。


「未沙希、そろそろこの辺りでちょうどいいんじゃないでしょうか」

「そ、そう? でも、たしかにここならレッドトロールに近づきすぎず離れすぎずの良い位置をキープできてるかも」


 私は斜めに顔を傾け、空を見上げる。

 まばらに雲が散らばる晴れた青空を背景に、おぞましい怪物が角張った凶悪な相貌を歪ませ、眉間に皺を寄せながら唸り声を上げていた。

 あれが今から私たちが立ち向かわなくちゃならない敵。

 エリアボスだ。


「私は羽があるのでいつでも上空に飛び上がれるから良いのですが、ずっと地上に居続けると視点が低いせいで対応が遅れてしまうかもしれません。なので、そこのアパートの最上階に陣取りましょう!」

「わ、分かったわ。だけど、あまり高い場所に行くと帰って見つかりやすくなっちゃったりしないかしら……?」

「それは……ぶっちゃけ地上に居る時よりは発見されるリスクは上がるかもしれませんが、そこは遊一を信じましょう。私たちに注意が向いたとしても、常にレッドトロールの足元にいる遊一が攻撃をしてくれれば強制的に敵の意識は遊一に集中せざるを得ませんから!」


 それもそうか、と覚悟を決め、私はアパートの階段を上っていく。

 気を抜くとつい保身に思考が向いてしまう。

 こんなんじゃダメだ。

 私は神崎君のせめてもの助けになりたいと思ってこの戦いに名乗りを上げたのに、あのレッドトロールを前にすると嫌が応にも心の奥底から沸き上がる恐怖が拭いきれない。

 この思考に呑まれると足まで動かなくなってしまいそうな気がした。

 だから私は感情もろとも脳内から押し出すように、目の前の階段を駆け上がる。

 と、そんな私の心境を察したのか、プリムちゃんが安心させるような優しい口調で話した。


「未沙希はよくやってると思いますよ」

「え? それって、どういう……」

「私と遊一と未沙希。包み隠さず言うなら、この三人の中で一番弱っちいのは未沙希です。一人でモンスターに対抗できる度合いも低いですし、何より戦闘センスがありません」

「うぐっ。こ、これから間違いなく人生最大の大勝負が始まるところだっていうのに、初っ端から自信が揺らいじゃうようなこと言わないで欲しいんだけど……!」

「ですけど、未沙希には度胸があります」


 プリムちゃんの断言するような物言いに、思わず言葉が詰まる。


「遊一は地味に頭のネジが一、二本飛んでそうなんで除外しますが、未沙希はついこの間まで……それこそ今日の朝まではごく普通の女子高生として生きてきたわけじゃないですか」

「ま、まあ……そう、だけど」

「そんな普通の女の子が、いきなりレッドトロールみたいな化物相手に戦闘のサポート役を自ら買って出るなんて真似、中々できることではありません。泣いて取り乱してその場で踞って、災難が過ぎ去るのを祈るのが関の山でしょう。ですが未沙希は、こうして自ら戦うことを選んだじゃないですか」

「そ、それは神崎君が死にかけてるのにまだ戦うのを諦めてなかったから……」

「たしかに遊一に触発された部分もあるでしょう。突発的な事態に呑み込まれ、もう後がないから火事場の馬鹿力的な感じで強制的に覚悟を決めさせられたというのも否めません。しかしそれでも、自分の足で立ち上がって遊一と共に戦うことを選んだのは未沙希じゃないですか!」

「――――っ!」


 プリムちゃんの言葉に、私は何かに気づかされたようにハッと目を見開いた。

 たしかに、そうかもしれない。

 今までの私なら、きっとこんな恐ろしい化物に立ち向かうなんてできなかった。

 この《新世界》で神崎君と初めて出会った時も、ジャイアントスライム相手に私はただ怯えるばかりで反撃するなんて考えもしなかった。

 それと比べたら、私も少しは成長している……のかな?


「だから、自信持ってください。もっと胸を張りましょう。むしろ、私たちの活躍を見せつけてやるくらいのスタンスでいいんですよ。レッドトロールは怖いかもしれませんが、それ以上にレッドトロールに恐怖を刻み込んでやるんです! 遊一の言葉を借りるなら――――ワクワクしていきましょうっ!」

「……そうね! どうせやるなら恐怖に苛まれるよりも、あんな強敵を打ち倒せる高揚感に呑まれた方がいいわよね!」


 私はニヤッと笑みを作る。

 まだ完全にレッドトロールへの恐怖が消え去ったわけではない。

 虚勢もいいところだと思う。

 だけど、今は虚勢にでも呑まれていた方がきっと動きやすいはず。


 プリムちゃんも、にひひ、と悪どい笑みで応えてくれた。

 そして、私はアパートの最上階に到着する。

 高鳴る心臓と乱れた息を整えて、レッドトロールを見据えた。


 まもなく、神崎君が攻撃を開始するはずだ。

 私は、全力で彼をサポートする!




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?