目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第41話  希望と落胆


「グガッ!? アアアアアアアアアアアア!!」


 巨人の腹の底から沸き上がるような、凄絶な絶叫。

 住宅街全体をビリビリと震撼させるほどの強大な音波攻撃と化したその叫びに、僕は思わず耳を塞いでしまう。


「う、うるさっ! なん、だ急に……!?」


 反射的に言葉を漏らしたものの、脳裏では一つの期待が膨らんでいた。


 先ほどスコープ内で一瞬だけ姿を捉えた謎の人間。

 凄まじい速度で巨人の足に接近していった。

 が、それがどんな人物で具体的に何をしていたのかまでは判然としなかった。

 というのも、住宅街の隙間を縫うように細かい移動をしていたというのに加えて、出していたスピードも常人離れしていたのは明らかであったため、僕の目では追いきれなかったのだ。

 が、一つだけ確かなことは言える。

 今スコープから捉えた人間が巨人にダメージを与えた張本人であり、何よりそれは僕と同じであるということだ。


『ひゃぁ~、うっさいわね! 何なのよあのデカブツ巨人! 今まで気持ち悪くニヤニヤしながら街を見下ろしてただけのくせに、いきなり大声で叫んじゃって! 隠れ潜んでるウチたちに対する威嚇!?』

「いや、そういうのじゃない。今のは恐らく痛みによる絶叫だ」

『痛みですって?』

「うん。さっきほんの一瞬だけどあの巨人の足元に急接近していく人間を見た。多分その人が攻撃を仕掛けたんだ」

『人間って……それってもしかしてたまきと同じプレイヤーってこと?』


 その質問に、僕は小さく頷いた。


「だろうね。レベリングの最中に散々この街は確認し尽くしたからちょくちょくプレイヤーらしき人間がいることは分かってたんだけど、まさかあの巨人に向かっていくような人がいるなんて。正直言って僕が見た限りではレベルも低くて使い物にならなさそうなプレイヤーしかいなかったんだけど、一体誰が立ち向かっていったんだろう? 見落としていただけで、この街にも僕に匹敵するくらいの強プレイヤーが隠れていたのかな」


 あるいは低レベルのプレイヤーが発狂して破れかぶれの特攻でもかましたか?

 いや、だけどいくら自分の命をなげうったからってレベルが低ければ当然ながら攻撃力は低い。

 あの巨人の体にダメージを与えられるほどの威力は出せないと思うから……やっぱり僕と同じかそれ以上のプレイヤーがいたと考える方が自然か?


『ま、でも誰が現れようと関係ないんでしょ? 環は大人しくこの屋上に隠れて災難が通りすぎていくのを待つだけの逃げの戦略を採用してるんだもんねー?』

「いいや、前言撤回だ。どうやらこの街には僕以外にも使えるプレイヤーがいるらしい。まあ、あのプレイヤーが生き残るかどうかは僕の与り知るところではないけど、巨人の注意を引いてくれているなら、隙を付けばあるいは――――」


 スコープから覗く光景に意識を集中させ、引き金に人差し指を宛がう。

 その間も、巨人の悲痛な叫びは断続的にもたらされている。

 足元に向かって行ったくだんのプレイヤーが一撃では終わらせずに連続で何度も攻撃を浴びせているのだろう。

 生憎、僕の位置からでは半壊した家が遮蔽物になってしまっているため、詳細な戦闘状況を把握できないのがもどかしい。


 だけど、いつ好機が訪れてもいいように、準備だけは万全にしておかなければならない。

 僕だって、倒せるならあのエリアボスを倒してこの緊急クエストとやらを達成したいという思いはあるんでね。


 そうかすかな希望に胸を踊らせながらスコープを覗いていたところ――――一瞬、一軒家の屋根に一人の男が飛び乗った。

 見たところ若い。

 恐らくだけど、学生。

 雰囲気からして僕と同じ高校生かな?

 学校指定の制服っぼい白シャツとズボンを履いているだけの軽装だ。

 とてもじゃないが、数メートル以上の身の丈はありそうな巨人に真っ向から突撃をしていこうと決意する人間の格好ではないな、と思った。

 その場違い感に僅かに眉をひそめつつも、《新世界》には『魔法』という概念があるので装備の重厚さが必ずしもプレイヤーとしての強さや勝利に直結する訳でもないか、と思い直し、傍観の立場を貫く。


 が、彼の奮闘は呆気なく終了してしまった。


 初めて攻撃を食らった赤い巨人は怒りに任せて反撃を続け、その高校生らしきプレイヤーは筆舌に尽くしがたい威力を誇るであろう巨人のパンチを食らってしまったようだ。

 彼はゴミ箱に丸めたティッシュを投げ入れるように軽々と吹き飛ばされ、かなり遠方のエリアから破壊音が遅れて響く。


 その一部始終を目撃してしまった僕は、スコープから目を離して自分の目で現状を確認した。


「あらら……巨人に殴り飛ばされてどっかに行っちゃったな。うわー、そうか……。彼ならいい動きをしてくれてたからもしかしたらと思ったんだけど、ダメだったみたいだね。ていうかアレ、最悪死んでるな」


 僕は落胆に呑まれながら現状を分析する。

 早急に動くことをしなかった自分を褒めながら、再び背を低くして静観の姿勢に戻るのだった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?