うつ伏せで身を伏せながら長大なスナイパーライフルを構え、スコープを覗き続けてしばらく。
左手に装着した腕時計を見ると、先ほど巨人が反撃を行ってからまもなく十分ほどが経過しようとしていた。
現状、住宅街に目立った動きはない。
先ほどの少年が再起し襲いかかることもなければ、その他のプレイヤーが参戦することもなく、意外なことに巨人も大人しく周辺を破壊したり練り歩くだけで積極的にプレイヤー殲滅の姿勢は見せていない。
この巨人は動きも鈍いが、そこまで僕たちプレイヤーを殺し尽くしてやろうという意思はないのだろうか?
これだと、親切にも僕たちプレイヤーが反撃したり作戦を練ったりすることを許容しているようなものだ。
端的に言うなら、プレイヤー側にとって優しい性格・行動原理をしているのが引っかかる。
「……もしかして、これも管理者Xの意思が介在しているのか?」
管理者Xはこの《新世界》を創造した、有り体な言葉で表現すれば『神』の一人のようなもの……というのが今のところの僕の仮説だ。
であれば、突如として発生した今回の『緊急クエスト』も、何か裏の意図が絡んでいるイベントなのか……?
疑問は尽きないが、今考えても答えの出ないことばかりだ。
あまりにも《新世界》について無知な自分が嫌になるが、どのプレイヤーも条件は同じだろう。
分からないことだらけの世界だけど、とにかく自分にできることを一つずつ達成していくしかない。
『……!
「なに?」
スナイパーライフルからの注意喚起に、僕は耽っていた思考を振り払って眼前のスコープに集中した。
その瞬間、再び巨人の叫び声が街中に響き渡る。
「ガグァ! グァアアアアアアアアアアアアア!!」
「っ! あれは……!」
スコープ越しに視認できる、一体の人影。
街中を目にも止まらぬ速度で駆け回り、巨人の足元に攻撃を仕掛けている。
その光景に、僕はドクンと心臓が高鳴った。
ニヤリ、と柄にもなく口角がつり上がる。
「来たかっ! やはり生きてたんだな!」
『……随分と嬉しそうね。お互い名前も知らないどころか向こうはこっちのことなんて一ミリも認知していないようなレベルの関係性なのに。どうしてそこまであんな雑魚プレイヤーに入れ込んでるわけ?』
「今はまだ、ね。もし彼が僕の想像通りの働きをしてくれるなら、きっとこれからも会う機会はあると思うよ。それよりもまずは目先の強敵を屠るのが先だけど」
少年は、先ほどと同じように巨人の足を集中的に剣で切り裂いているようだ。
その行動に、彼の思惑を察した。
「……なるほど。足の腱を断裂させるのが狙いか」
『はあ? なによそれ』
「巨人といったって基本的に体は人間と同じ形だ。だったら足の腱を破壊されたらもう立てなくなる。動きを封じられれば、もはやただの大きな的でしかない……ていう風に考えてるんじゃないかな」
『へぇ~、弱い奴は色々と頭使わないと生きてけないのね。でも、仮に動けなくなったとしても魔法とかは使えるじゃない。それはどう対策するのよ』
「さあ? 彼がどこまで巨人の能力を考慮しているかは分からないな。まあでも、現状だとまだ魔法の類いは使ってきてこないから、魔法を有している可能性なんかは考えていないのかもしれないけど」
『ハッ、もしそうならマヌケもいいとこだわ。あんな見るからにヤバいモンスターなのよ? 魔法の一つや二つくらい持ってるに決まってるじゃない』
「だね。だからこそ僕も迂闊に手を出すのを控えていたんだけど……おっと、動きがあったようだ」
スナイパーライフルと談笑している間にも、状況は変化し続ける。
無論、僕だってスコープから目を離すことなく標的に集中していた。
どうやら攻守が逆転したらしい。
それどころか、巨人の上半身が炎で呑まれていた。
「ついに来たか。あれが巨人の魔法っ!!」
巨人は炎魔法を操り、足元を這いずり回る煩わしいプレイヤーを焼き払う。
が、少年も得意の速度を活かした動きで巨人の反撃を回避していた。
彼は住宅街に連なる一軒家の屋根に飛び乗り、巨人のパンチから逃げる。
しかし、次に繰り出された巨人の炎のブレスを回避しようとしたところで――――なぜか、くるりと方向転換した。
刹那、その一瞬の隙が巨人に勝利の気運をもたらしてしまう。
「はぁッ、ここに来て集中切れか!? 何をやってるんだあのプレイヤーは!」
僕はスコープに眼球が接触するのではないかというくらいに間近でレンズを覗き込み、即座に人差し指を引き金にかける。
それと同時、スナイパーライフルが喜色を帯びた声をあげた。
『おっ! なになに環! ついにやる気になっちゃった!?』
「不本意だけどね。本当はもう少し勝機が欲しかったけど、まあ及第点ってとこだ。あれくらいまで戦力があることをアピールしてくれたお礼に、彼のピンチを救ってあげるとしよう。準備はいいかい?」
『バッチコイよ!』
俺に任せろ! と言うように自信満々に答えた相棒のスナイパーライフルに応え、僕の固有能力を発動させた。
「さあ、化物退治といこうか――――『
大量の魔力を注ぎ込み、強力な『魔弾』を装填――――スナイパーライフルから、ダァン! と銃声が轟く。
刹那、魔弾は一直線に撃ち放たれ、少年を焼き払おうと炎のブレスを口に溜めていた巨人の側頭部に命中し、そのブサイクな頭を軽々と貫通した。