――十五階建てマンションの屋上。
スコープから覗く丸い世界には、今にもレッドトロールに殺されそうな少年の姿が映っていた。
彼が自分で対処するのを信じてこのまま鳴りを潜めていても良かったが、僕はここで動くことを決意する。
そしてうつ伏せの体勢でスナイパーライフルの引き金に指をかけ、勢いよく銃を撃った。
ダァン!! という発砲音が轟き、銃身から跳ね返る反動が僕の体をガクンと揺らす。
スコープを再確認してみると、レッドトロールが頭の左右から血を吹き出して倒れる様が見えた。
無事に僕が撃った銃弾はヘッドショットを決めてくれたようだ。
「よし、命中したぞ!」
『ほらね~? だから言ったでしょ?
「あはは、そうかもね。だけど、油断は禁物だよ」
舞い上がる僕の銃をやんわりと諫めつつ、思考は次のフェーズに移行していた。
「ただ、問題はこの後どうするかだね。僕たちも現地に行って参戦するかどうか……」
『別にこのままここにいたらいいんじゃないの? 一発ヘッドショットに成功したんだから、ウチたちの位置もバレてないでしょ。それよりもあの巨人がどんな切り札を隠し持ってるか分からないから、しばらく様子見でもしてたら? それが
「まあ、たしかにそうなんだけどさ」
スコープを通した世界では、少年も何とか危機を脱することには成功したようだ。
やや心配になる着地だったが、どこぞの民家のベランダにダイブして難を逃れたらしい。
「今のヘッドショットで終わってくれたらいいんだけど……そう簡単にはいかないみたいだ。あの巨人に死亡エフェクトが出ない」
『死亡エフェクトって……ああ、モンスターを倒した時に出るあの不思議な模様の霧みたいなやつだっけ』
「そう。巨人は倒れてはいるけど、体はそのままだ……っと、やっぱり動き出したぞ!」
巨人の様子を注視していると、やはりゆっくりと動き出した。
が、周辺の家屋を粉砕しながら倒れ込んだせいで凄まじい土煙が舞い上がり、その全容はよく見えない。
だが、煙の隙間から巨人が動き出していることは把握できる。
そのままスコープから眺めていると、不意に駐車場にあったであろう軽自動車が不自然に上空に持ち上がった。
反射的に僕の直感が警鐘を鳴らす。
「っ!!? マズい、ここから離れるぞ!!」
『え? 急にどうしたの――』
銃が喋るのを無視して、身体強化のスキルを発動。
底上げした身体能力で、脱兎のごとく後方へ弾き飛んだ。
瞬間、肉眼で認識できるほどの脅威が土煙を突き破り、一直線に現れる。
――――ドゴゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
突如レッドトロールから投擲された軽自動車がついさっきまで僕たちがいた屋上の端に直撃した。
辛うじて回避できたものの、その振動と衝撃波に体が大きく煽られる。
「ぐっ、うわぁ!!」
『ふぇあ!? な、なんなの!?』
銃を担ぎ、屋上から退避。
身体強化を駆使して、先ほどまで銃を構えていた方角とは反対側の鉄柵を跨いだ。
「ヘッドショット一発決めただけじゃ倒しきれなかったんだよ! それだけじゃなく、ご丁寧に反撃までしてきたんだ! 手元にあった自動車をまるで小石でも投げるみたいに軽々と投擲してね!」
『な、なによそれ!? デタラメだわ!』
「これでちょっとは僕が警戒してた理由が分かってもらえたかな!?」
鉄柵を乗り越え、地上から数十メートルある高所の屋上から街並みを見下ろす。
巨人が出没したエリアとは反対側であるため何の変哲もないありふれた住宅街がどこまでも広がっていた。
しかし酷くミニマムに映るそれらの景色に、若干足が竦むのを感じる。
「……いや、ここでビビッてちゃダメだ。もう僕の現在地は敵に割れてる状態。もたもたしていたら、最悪このマンションごと崩壊させられる可能性すらある!」
あの巨人がこれからもずっと大人しくしている保証なんてどこにもない。
気が変わっていきなりこのマンションに突っ込んでこられたら終わりだ。
いくら頑丈な基礎構造を誇るとはいえ、あれだけの巨体と炎魔法までセットになったらいくら十五階建てマンションとてただでは済まない。
「いくぞ……落っこちるんじゃないぞ!」
『ち、ちょっと待って!?
銃から怯えるような声が聞こえたと同時、僕は屋上を蹴り上げ、雄大な空にダイブするのだった。