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第十一章 過去と真実(2)

目が痛くなりそうに眩しいソーダ色の空がブナの木の連なりの上に広がっている。白い陽光を反射して一面の芝生はワックスをかけたように照り輝き、踏みしめる度に青臭い匂いが立ち上ってくる。


もう、夏だ。突然子どもの姿になって元に戻れないまま、季節が移り変わろうとしている。



「ねぇね、このへんにレジャーシート、敷こう」

「さんせーい」



 花鈴が、持参してきた「ミラクルプリンセス」の柄のピンクのレジャーシートを芝生の上に広げる。四人が占領したのは大きなシイの木が自然のパラソルの役割を果たし、木陰を作っている場所だ。


なごみが「ミラクルブルー」の顔の部分、千瀬が「ミラクルイエロー」の胴体、花鈴が「ミラクルグリーン」のお腹、萌乃が「ミラクルパープル」の脚にそれぞれ尻を乗せる。中央の「ミラクルピンク」の胸の上で、レース編みの模様のような木漏れ日がちらちら踊っていた。



「あーお腹すいたぁ」

「早速お弁当、食べよっ」

「あのね、ママが腕によりをかけて作ってくれたの。ほらっ」



 千瀬が得意そうにバスケットの蓋を開けると、料理の本の一ページから飛び出してきたような色とりどりの可愛いサンドイッチが並んでいる。


ハート型や花の形にくり抜かれたパンにハムやチーズ、たまご、ツナマヨネーズなどが挟まれて、ひとつひとつカラフルなピックで留めてあった。ラップにくるみ、キャンディーみたいにリボンで両端を縛ってあるのは、ジャムやフルーツが入ったデザートサンドイッチだ。



「わぁすごーい。千瀬ちゃんのママって、お料理上手だねぇ」

「でもね、うちのママもすごいよ。ほら、ミラクルプリンセス!」



 花鈴のママの手作り弁当は、ミラクルプリンセスの主人公、ミラクルピンクを象ったいわゆる「キャラ弁」だった。ピンクの衣装はでんぶ、ミラクルピンクの特徴である金髪はいり卵、目と長い睫毛は海苔で、二次元の世界の少女を上手く再現している。料理が上手いだけでなく、相当に器用でないとできない技だ。


 前の二人の目にも鮮やかな行楽弁当がプレッシャーになったのか、萌乃がおずおずと取り出したのは愉快な太巻き弁当だった。


これもただの太巻きではなく、切断面にハートや星が現れたり、パンダやネコの顔をしていたり、女の子たちに歓声を上げさせる工夫をしてある。パンダの顔の太巻きを見て、どうやって作るんだろうとなごみは考え込んでしまった。



「なごみちゃんは?」

「うん、うちはママがいないから、自分で作ったんだけど……」



 萌乃以上のプレッシャーに伸し掛かられながら、なごみはアルミ製の弁当箱の蓋を開ける。三人が一斉に中を覗き込み、おやっという顔をする。


 弁当箱の中にぎっしり並んでいたのは、何の変哲もない普通の稲荷寿司だった。サンドイッチやキャラ弁や太巻きに比べるとずっと地味で、ちっとも飾り気がない。しんとしてしまったミラクルプリンセスのレジャーシートの上で、なごみはぽつぽつと語り出す。



「このお稲荷さんね、幼稚園の頃にお母さんが、よく作ってくれたんだ。二日に一度は、お弁当に入ってた。いつか教えてもらった作り方の通りに、やってみたの」

「……」

「味付けがちょっと変わってて、おいしいんだ。食べてみて」



 なごみに促され、まずは千瀬がひとつ手に取った。小さな歯がゆっくりと噛み締めるのを、なごみは息も止まりそうな顔で見守っている。



「……どう?」

「おいしい」



 千瀬の顔には素晴らしい芸術や、崇高な文学作品に出会った時にも似た、心からの驚きと感動が表れていた。それに背中を押されるように、花鈴と萌乃もなごみの稲荷寿司を掴む。



「本当だ! スーパーで売ってるのと全然違うー」

「花鈴ちゃんもそう思う?なんか、優しい味がするよね」

「優しくて、懐かしい味」



 小学一年生が口にする「懐かしい」という言葉も妙なもので、なごみは少し苦笑した。笑いながら自分も稲荷寿司を口にする。本当に優しくて懐かしい世界が舌の上に広がった。自分が作ったものなのに、なぜか母の手の温もりまで感じられるようだった。


 夕べやっていたアニメの感想とか、それぞれのお父さんやお母さんの面白おかしいエピソードとか、梨沙子先生の入れ代わりに新しくやってきた先生の批評とか、そんな子どもっぽい雑談に花を咲かせつつ、箸は進む。


しかし小学一年生の女の子の食欲は小鳥のようなもので、結局サンドイッチもキャラ弁も太巻きも1/3以上残してしまった。なごみの稲荷寿司だけが、きれいに完食された。ひとつだけ空になったアルミの弁当箱は、少し誇らしそうに夏の陽光を反射していた。



「ねぇ、ミラクルプリンセスごっこ、やんない?」



 食べ残しのたっぷり残った弁当を片付けながら花鈴が提案する。誰もそれに異議を唱えない。なごみたちの休み時間の遊びの定番は、ドッジボールでも鬼ごっこでもなく、ミラクルプリンセスごっこなのだ。



「ねぇ、誰がミラクルピンクやるの?」

「じゃんけん。勝った人がミラクルピンクで、次に勝った人から、好きなのやれることにしよ」

「オッケー」



 じゃんけんぽん。元気な掛け声と共に、四つの手が一斉に突き出される。なごみだけがパーで、他の三人がグーだった。千瀬が自分のことのように嬉しそうになごみに笑いかける。



「良かったね、ミラクルピンク、なごみちゃんだ。主役じゃん」

「……うん」



 いや別に主役じゃなくても、一番目立たないミラクルパープルでも全然良かったんだけど、という言葉を飲み込んだ。


千瀬たちと遊ぶのは最初こそそのあまりの幼稚さに辟易したが、今ではすっかり慣れたものだ。子どもの輪に入り、無邪気に遊ぶことを楽しいとさえ思い始めているなごみがいた。



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