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第6話 迫る危機



 ドーヴェルニュ邸周辺には爆音を聞き付けた人が数人、何事かと集まっていた。マリウスたちが開け放たれていた門を潜り屋敷へ進むと、正面玄関の前に直径十メートルはある穴が地面に空いていた。屋敷の外壁は破損し窓ガラスも割れ、多くの破片が地面に散らばっている。


「これは……」

「魔力の痕跡があるな」


 この穴が空いた時に爆音が轟いたと理解したマリウスたちは、もう何かが始まっているのだと察して深刻な表情になる。

 使用人たちが慌てた様子で右往左往している玄関先では、リアーヌが傷の手当てを受けていた。


「リアーヌ、大丈夫か。一体何があったんだ!?」


 マリウスたちは近付いて状況の説明を求めた。ところがリアーヌは、三人を睨みつけるように視線を上に向けた。


「何があった、ですって? マリウスあなた、知らないとでも言うつもりなのかしら」

「何のことだ」

「あなたのお仲間の占い師が来たのよ。あなたの指示で魔族の子を引き取りに来たって言って」

「ヘルディナが?」

「でもあの女、私が怪しんでちょっと問い詰めたらいきなり攻撃してきたのよ。おかげでセルジュは怪我をしたわ。この被害の責任、どう取ってくれるのかしら!?」


 リアーヌはヘルディナの急襲はマリウスが関与していると疑い、怒り心頭で裏切りだと詰責する。けれど、ヘルディナが急襲したと聞かされたマリウスは、彼女が言っていることの意味がわからず困惑する。


「ちょっと待ってくれ! ヘルディナが攻撃した? いや、それよりも。俺はあの少年を引き取るなんて一言も言ってないぞ」

「それ嘘じゃないでしょうね。だったらどうして、あなたの仲間があの子を強奪したのよ!?」


 リアーヌは狩りをするメスライオンのごとく顔付きで、マリウスに食い付こうとする。


「それはわからないが、俺は引き取るなんて絶対に言っていない! あの少年の存在を許していないのに、強奪を指示する理由なんてない!」

「あの子の命を奪うつもりじゃないの?」

「確かに処遇に関しては不本意だったが、話し合いで決めた結論を勝手に変える訳がないだろ」

「そうだ。オレたちは野蛮な魔族ではない。引き取るにしても、味方に対して強行策を取るはずがない」

「マリウスは、そんなことはしない」


 ヴィルヘルムスとティホが援護して、ヘルディナ急襲は自分たちの預かり知らないことだと主張する。両者は睨み合い、相手がどう出るか様子を見た。

 数秒の睨み合いで先に牙をしまったのはリアーヌだった。


「……そうよね。冷静に考えて、勇者一行がこんな強行をするはずがないわよね……。ごめんなさい。状況の把握ができなくてイライラしていたわ」


 リアーヌが何とか理解してくれて、マリウスたちはひとまず安心した。けれど、仲間の暴挙を知って心の余裕は余計になくなっていた。


「わかってくれたならいい。それで、セルジュは大丈夫なのか?」

「頭を打って右腕も怪我をしたけれど、重症ってほどではないわ。手当てをしてもらって、今は安静にしてる」

「他に被害は。お前の怪我は大丈夫なのか」

「平気。トドメの一発はあの大穴になっただけだから」


 攻撃を受ける直前、風の魔法を使って軌道を反らしたおかげでリアーヌは命拾いをした。直撃コースだったから、機転を効かさなければ重症だった。


「それよりも、早くあの女を追った方がいいんじゃないの。あの子を連れ去ったんだから、何か企んでいるに違いないわ」

「どっちの方角に向かったかわかるか?」

「飛行魔法で西の方へ向かって行ったわ。あの黒雲の方」


 リアーヌは指を差して方向を示した。


「それからあの女、城へ行くとか、あの子のことを『陛下』と呼んでいたわ」


 そう聞いた三人は眉をひそめた。


「マリウス」

「ああ。思っていたより遥かにマズい事態のようだ」


 事態は一刻を争い、このままでは手遅れになってしまう。マリウスたちは深刻さを極め、嫌でも焦燥する。三人の表情を見たリアーヌも只事ではないと察して、憂慮を顔に表す。


「マリウス。何が起ころうとしているの?」

「……誰も予想していなかった事態になるかもしれない」

「大丈夫なの?」


 リアーヌは珍しく不安げに尋ねたが、マリウスは、


「俺にそれを聞くのか。俺は勇者だぞ?」


 自信と余裕を覗かせて意気込んで見せた。

 けれど本当は、マリウスも余裕はない。最終目的として旅を続けていた最後の敵が、唐突に現れたのかもしれないのだから。しかも、自分のたちの世界ではない世界に。それに、まだ先のことだと考えていたから心の準備なんかできていなかった。

 なぜ少年の姿なのかは不明だけれど、魔王であるならば相応の覚悟を決めなければならない。魔王ともなれば、配下の魔族なんかよりも魔力の桁が何十倍も違う。だから抱く恐れを掻き消して、マリウスは自分を鼓舞したのだ。その正義感に満ちた表情を見て、リアーヌも少し安心した。


「ティホは念のためにここに残ってくれ。ヘルディナのところには俺とヴィリーで向かう」

「わかった」

「無茶するんじゃないわよ」


 マリウスの胸中を知ってか知らずか、リアーヌは気遣いの言葉をかけた。『なし勇』のストーリーを私から聞いてだいたい知っている彼女はたぶん、事態の深刻さをある程度理解しているんじゃないだろうか。

 マリウスはサムズアップして答えた。でも、無茶をしなければこの町が滅ぶことを知っているそのサムズアップは、誤魔化しだった。


「行くぞ、ヴィルヘルムス!」


 マリウスはマントを翻して、ヴィルヘルムスと共に黒雲が渦巻く西へと急行した。





 私はみんなと手分けして、小金地区と新田地区の人たちの避難誘導をしていた。消防団が独自の判断で避難指示を出していたおかげで多くの人は既に避難済で、彼らに合流した私とノーラは足腰が悪い高齢者に手を貸して避難のサポートをした。


「慌てなくても大丈夫ニャ。落ち着いて避難するニャ!」

「本地区の方まで行ったら、観光案内所のボランティアの指示に従って下さい!」


 魔王城がすぐ近くのこの辺りはちょうど黒雲の下で、昼間なのにまるで真夜中のように暗かった。いつもなら蝉の鳴き声もするはずなのに一つもなく、雀もカラスも姿がない。無風で、風が耳元を掠める音さえしない。かなり異常だった。

 西小があった方を見上げると、いくつもある魔王城の尖塔が、渦を巻いて蠢く黒雲を突き刺すようにそびえているのがはっきりとわかる。国道から見てもその大きさは明らかで、とても禍々しく、このままだと浦吉町が飲み込まれてしまうと私たちの恐怖を煽るように、邪悪な雰囲気を伝播させていた。

 恐怖で足が竦みそうになるのを耐えながら避難誘導を続け、救助のプロがいるおかげでスムーズに進んでいた。このまま何も起こらずに残りの住民の避難が終わることを私は祈っていた。

 その時。頭上を何かが通過する気配がした。鳥が一羽もいないのに何が飛んで来たのかと見上げると、それは紫色のローブを纏ったヘルディナだった。


「ヘルディナ!?」

「何してるニャ!?」


 ヘルディナが魔力を持っていることは知っていたけれど、飛翔できるほど操れるのはこの時初めて知った。それも驚いたけど、リアーヌのところに預けていたはずの少年がなぜ一緒にいるのか困惑した。

 彼女の姿を追うと、ヘルディナと少年は市民センター前の歩道橋の高欄こうらんに降り立った。


「さあ。もっともっと集めなければ」


 ヘルディナは杖を空に掲げた。すると、水晶玉が白く眩しく光った。その瞬間、私たちの身体に異変が起きる。


「な……何なの、これ……」

「身体が重くなるニャ……」


 体力がなくなっていき、鉄を背負わされたように身体がだんだんと重くなる。それは私たちだけじゃなくて、避難中の人や消防団員の人たちも同じだった。

 これはヘルディナの仕業なんだと思うけれど、一体何が起きているのかわからない。とにかく、身体の自由が奪われていくような感じだ。


「とにかく、早く避難……」


 付き添っていたおばあちゃんを連れて歩こうとしたけれど、足が鉛のように重い。たった二歩で歩くのもままならなくなった。そして立っていることも辛くなって、避難させようとしていた人共々、私はとうとう地面に座り込んでしまった。


「舞夏、大丈夫ニャ!?」


 身体が動かない。頭で立たなきゃと強く考えても、自分の身体じゃないみたいに言うことをきかなかった。

 このままここにいたら危険だ。生き物の本能がそう叫んでいるけれど、どうにもできなかった。その時。


回復ヘステル!」


 みるみる体力が回復していって、身体が軽くなった。一緒にいたおばあちゃんも周りの人たちも動けるようになって、再び自力で避難を始めた。


「大丈夫か、二人とも!」

「マリウス! ヴィリー!」


 ヴィルヘルムスが、回復魔法で私たちの体力を取り戻してくれた。二人の姿を見ただけで途端に安堵できた私は、できるだけ避難を急いだ。

 マリウスとヴィルヘルムスは、真っ直ぐにヘルディナのところへ向かって行った。


「何をしているんだヘルディナ!」

「あら、マリウス。いらしたのですね」

「お前、一般人に何をしようとした。リアーヌたちまで危険な目に遭わせて!」

「あなたに説明する必要はありませんわ」

「必要はないって。俺たちは仲間じゃないのか!」

「仲間? ……アッハハハハハ!」


 依然、高慢さを見せるヘルディナは、マリウスの言葉をバカにするように高笑いした。恐らくこっちが、本当の彼女の顔なんだろう。


「それはありがたいことですわ。ロマニーだった私を、本当に仲間と認めて頂けていたなんて。私がなぜ、あなたたちと一緒にいたかなんて知りもせずに」

「どういうことだ」


 マリウスはヘルディナの一言を疑問に思ったけれど、ヴィルヘルムスはそれを追及せずに問い質す。


「その子供をどうするつもりだ!」

「どうするつもりですって? そんなの、一つしか目的はありません。このお方を───魔王陛下を覚醒させるのです」

「なんだと!?」

「やはり、その子供が魔王なんだな。魔王城が現れても、魔王の魔力を感知しないのはおかしいと思っていたんだ」


 突然一人だけ現れた魔族の少年。魔王城の出現。魔王の魔力の不感知。ヘルディナが少年を『陛下』と呼んでいたこと。疑問が解消して全ての辻褄が合い、まさかの事実が目の前に露となった。そして驚愕と共に、決戦のカウントダウンが始まった。


「どういう訳かこんな幼気なお姿になってしまわれ、ご自身の記憶さえなくされてしまわれていますが、この方は間違いなく私が喚んだ魔王陛下ですわ」

「お前が喚んだだと?」

「一体どうやって!?」


 ここでノーラが合流し、余裕綽々のヘルディナはマリウスの要求に応えて饒舌に説明を始めた。




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