目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 反省会



 一件落着してヘルディナとちびヴァウテルを連れて家に帰ると、ティホとちーちゃんが待っていた。けれど、普段は温厚なティホは、裏切ったヘルディナも一緒にいるのを見て明らかに怒っていた。


「みんなご苦労さま。舞夏ちゃんも、帰って来ないから心配したのよ」

「ごめんね、ちーちゃん」

「とりあえず、みんな無事でよかったわ。さ。家に入りましょ。冷やし中華作って待ってたのよ」


 こんな事態の中、呑気に冷やし中華を作ってたの、ちーちゃん。肝が据わっているというか、マイペースにも程があるよ。

 そんなちーちゃんのひと言で、一同はゾロゾロと家に入って行った。ちびヴァウテルも遠慮なく家に上がったけれど、ヘルディナは玄関前で立ち止まった。


「どうしたの、ヘルディナ」

「あの。私は……」


 顔を俯け鬱々とした表情をしていた。あんな高慢な態度をしていたけれど、仲間を裏切った上に計画が失敗したから、再びその輪の中に入るのをためらっているんだろう。


「私、失礼しま……」

「ヘルディナ」


 ヘルディナが行く場所もないのに踵を返そうとした時、マリウスが戻って来た。


「逃げるなよ」

「……」

「罰せられるためにいろと言う訳じゃない。お前の責任をしっかりと果たせ」

「ですが……」

「それくらいしてくれないと、今後の関係にヒビが入るだろ」


 マリウスはヘルディナに対して怒っている様子はない。裏切られたんだから全く腹を立てていない訳ではないと思うけれど、色々と同情の余地ありと判断して仲間との中を取り持つことを決めたんだろう。


「お腹空いてるでしょ。みんなで食べよ。冷やし中華」


 私も微笑みかけながら言うと、ヘルディナは少し間を置いて頷き、ようやく家に入った。

 テーブルには、私とちひヴァウテルとちーちゃん。リビングには、マリウスたち五人が座った。ヘルディナから気不味い空気が発せられる中、マリウスからティホに今回のいきさつが説明された。ちびヴァウテルに危険はなく、魔王を喚ぶ計画を企てていたヘルディナもすっかり意気消沈していることを伝えた。


「ヴァウテルは危険じゃないのは、何となくわかる。でも、ヘルディナは裏切った。みんなはもう、それを許してる?」

「許すを通り越して、哀れでならないな」

「やったことは許せないけど、同情したくなるニャ」

「マリウスも?」

「ヘルディナは仲間だ。だからこれからのことは、ヘルディナ次第だと思う」


 マリウスたち三人は可哀想になる瞬間のヘルディナを見ているから、情状酌量の余地があってもいいと考えていた。私も、彼女の処遇は重くなくてもいいんじゃないかと考えている。


「でも、リアーヌにも、たくさん迷惑をかけた」


 だけど、誤魔化しようがない事実がある。リアーヌも危険な目に遭って、セルジュも怪我をして、私たちも生命エネルギーを吸い取られて、人的被害はあった。裏切りだけなら仲間内でどうにかできたけれど、多くの人を巻き込んだことがヘルディナの罪の重さだ。


「まぁ、うん。そうだよね……。でもさ。ヘルディナはヘルディナで、愛する人のことを考えてただけなんだよ。ほら。彼氏の色に染まっちゃう人とかいるじゃん。つまり一途なんだよ。ヘルディナもこう見えて一途な乙女なんだよ!」


 ヘルディナは罪を償うべきだ。だけどその前に和解をしてほしくて、私はわざと明るく振る舞った。幸い、町の人たちにもフーヴェルの人たちにも、彼女が原因だということは知られていない。ここで内々に治めれば余計な騒ぎも起きないし、仲間の悪行が知られて勇者一行の信用がガタ落ちすることもない。


「愛する人のためを思って、一心だったんだよね?」

「そうね。恋する乙女は盲目だから、好きな人のためなら何だってできちゃうのよね」


 隣のちびヴァウテルを可愛がりながら、ちーちゃんが言う。


「だけど。その人のことしか見えなくなると危険なことも厭わなくなるのが、愛の怖いところね」


 その口調はいつも通り穏やかに聞こえるけれど、ヘルディナを咎めているように私には聞こえた。


「そうなんだよ! 私も推しのためならいくらでも捧げちゃうもん。貢げるお金がもっとあればって思うし、推しが存在する限り私は屍になっても推しのための資金を貯める努力を厭わないんだから!」

「舞夏の例えば合ってるのか?」


 たぶん合ってると思う。「好き」=「推し」じゃないけど、意味合いは似てるはず。


「マリウスは? 好きな人のために尽くしたことないの?」


 唐突にマリウスに話を振ってみた。場の空気を和ませるために犠牲になって、マリウス。


「俺は乙女じゃないし。ていうか急に振るなよ」

「でもあるでしょ。そう言えばこの前、好きな子がいたって言ってたよね」

「それは……」

「マリウス、好きな人がいたニャ? その話、詳しく聞きたいニャ!」

「私も聞きたいわ」

「ノーラに千弦さんまで」


 二人は場の空気を和ませるためじゃなくて、ただ恋バナを聞きたいだけだと思うけど。私たち乙女三人は、にっこにこでマリウスの恋バナに期待して耳を傾ける。


「どんな子だったの? 同級生? 年上? 年下? どこ住?」

「言う訳ないだろ!」

「マリウス、赤くなってるニャ」

「かわいい〜」

「おちょくるな!」


 小学五年生みたいな反応をするマリウス。耳まで赤くしてる。


「そういえば。マリウスの恋で思い出したが」


 おっと。ここで意外にもヴィルヘルムスが参戦した。


「ヴィリーまで乗っかるな!」

「旅の途中で立ち寄った町の居酒屋の娘に、一目惚れしていたよな」

「ノーラも覚えてるニャ」

「私も知ってる! それって、ヴィリーの次にノーラが仲間になったばかりの頃のエピソードだよね」


『なし勇』のアニメで言えば、第一期ファーストシーズン第六話のエピソードだ。


「そうだ。近辺の情勢を聞こうと立ち寄っただけなんだが、マリウスが娘に一目惚れしたばかりに泊まることになり、三日間、朝昼晩と通って仲良くなろうとしたんだ」

「でもその子は町の偉い人の一人娘で、どこの馬の骨かわからない男に絡まれてるって店の客から父親に報告されて、強面ゴツゴツの用心棒たちにフルボッコにされそうになったニャ」


 そうそう。ティホみたいに厳つい男が三人現れて、囲まれてビビッたマリウスが顔面蒼白してちびりそうな顔してた。


「あれはマジでビビッた。勇者だって言っても全然信じてもらえなくて、戦うのを避けて逃げまくった記憶しかない」

「で、結局。気になってた子にはまともに相手にしてもらえなかった上に、その子からも陰でキモイとか言われてたんだよね」

「思い出したくないエピソードベスト5に入る記憶を……。ちょっと思い出しただけで心が削れる」


 思い出しただけで顔色を悪くするマリウス。勇者になりたてのあの頃は、今よりも頼りなかったんだよね。そう思うと、結構成長したなぁマリウス。ずっと見守ってきたファンとしては感慨深いよ。

 すると今度は、ノーラが他のマリウスの恋愛エピソードを思い出した。


「他にも同じようなことがあったニャ。魔物に襲われてる村長の娘を助けて、ぜび婿に来てくれって言われたけど、マリウスは断ったニャ」

「そのエピソードも知ってる! 実はその村には秘密の儀式があって、行き遅れの娘の婿を引き寄せるために村人一丸となって一日中火を焚いて、演奏して踊って変な呪文みたいな歌をうたって、ターゲットの男性を喚ぶんだよね。その術にマリウスがかかって、危うく村長の娘と結婚させられそうになったんだよね」


 そのエピソードは、『なし勇』のアニメ第一期ファーストシーズンの第八話。ティホ初登場で仲間になった回だ。


「そんなことも、あった」

「あの時はティホに助けられたな。オレとノーラの魔力でも術が解けなくて、馬鹿力ティホがマリウスを背負い投げして地面に叩き付けたおかげで、目を覚ましてくれたんだ」

「マリウスあの時、地面にめり込んだニャ」

「あれは感謝してるよ。だが、回復魔術が使えるヴィリーがいなければ、俺は生死の境を彷徨っていただろう」


 マリウスを娘の婿にするのを諦めきれない村長が、遁走するマリウスたちを必死の形相で追いかけて来た時はホラーかと思った。


「他にはー……」

「いや、もう十分だろ! 俺の運のなさが改めて露呈しただけだから!」


 いつの間にかティホも話の輪に入っていて、マリウスの運なしエピソードが繰り出されるたびに笑いが起きた。そのおかげで、家の中に満ちていた悪い空気はだんだんと薄まっていった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?