「そうだ。ヘルディナとも一つあったよな」
「えっ。わ……私ですか?」
存在感を消して一人静かにしていたヘルディナだったけれど、マリウスから急に話題を振られて戸惑いを見せた。
「仲間になってしばらくしてまた占ってもらった時、『一時間以内に大勢の女性が同時に迫って来る』って予言されて、俺はモテ期が来た! って思ってめちゃくちゃウキウキしていたんだが」
「ああ。あの時の」
「そんなこともあったニャ」
「あった」
「えっ、なに。私が知らないエピソード?」
どうやらそれは原作小説でも語られていない、現実世界では誰も知らないエピソードみたいだった。これは必聴だと思った私は、一言も聞き漏らさないようにリビングに移動した。
「ヘルディナの占いのあと、俺は予言された通り確かに大勢の女性に同時に迫られた。だがそれは告白で迫られるんじゃなくて、連続痴漢野郎にめちゃくちゃ似てるから勘違いされて追いかけられたんだ」
「また追いかけられたんだ」
マリウスは女性絡みになると追いかけられがちだなぁ。
「怖かった。あの時はただただ怖かった。ブチ切れた女性があんなに怖いなんて思わなかった。あの形相は魔族よりも恐ろしかった……」
「そうでしたわね。ボロボロになったマリウスが私のところへ来て、占いがハズレたとか苦情を言いましたっけ」
そのエピソードを思い出したヘルディナは、仲間たちの様子を窺うように控えめに相槌を打った。
「思い返すと、あの時ヘルディナは『迫られる』とは言ってたけど、『言い寄られる』とは言ってなかったニャ」
「ヘルディナの占いは当たるが、マリウスに関しては悪い方向にしか当たらないんだよな。不思議なことに」
その日の運勢、人間関係、ラッキーアイテム、翌日の天気まで、マリウスが占ってもらうとことごとく悪い結果になる。運なしを極めると占いで悪い結果を呼び寄せてしまうなんて、さすがとしか言えない。これからは“フォーチュンキラー”と呼ぼうかな。
ふと私は、疑問に思っていたことをヘルディナに質問した。
「あのさ。ヘルディナって本当に占い師なの?」
「いいえ。占いは趣味です。独学で学びました」
「プロじゃなかったのかよ」
ヘルディナがプロの占い師だと信じていたマリウスは、がっくりと肩を落とした。いくつ目の驚愕の事実だろう。人間なのに魔王の愛人で、一時期はロマニーで、趣味の占いが当たりまくるって。ヘルディナのミステリアスさが逆に深まった気がする。
その時ふと、ちーちゃんが言う。
「当たるも八卦当たらぬも八卦、ね」
「それはどういう……?」
ヴィルヘルムスがその意味を尋ねた。
「占いは当たることもあれば、当たらないこともある。必ず当たる訳じゃないから、良いことでも悪いことでも気にすることはない、っていう例えよ。人生もそうよね。良いことばかりじゃなくて、必ず悪いこともあるわ。でもそれにいちいち一喜一憂しないで、これが自分にしか歩めない人生なんだって思えば、良いことも悪いことも受け入れられるものよ」
と、今日までのことを振り返るように言った。
人生は、楽しくて穏やかな日々だけにはできない。必ず泣きたいこともある。でも、最悪の出来事の地点で立ち止まっていたら、ただ腐っていくだけ。だけど、次は絶対にいいことがあるって強引にでも希望を抱いてしまえば、人生は好転する。躓いた石ころがスターティングブロックだと思えば、簡単に次の一歩を踏み出せる。
すると、ヘルディナが立ち上がった。
「あの……。皆さん。本当に申し訳ありませんでした」
そして深々と頭を下げた。自分を守る言い訳なんていくらでもできるのに彼女はそんなズルいこともせず、犯した罪を全面的に認めて真摯に謝罪した。そんな彼女の姿を見たティホは。
「……わかった。マリウスたちが、許すなら。リアーヌたちにも、謝るなら」
「もちろんリアーヌさんのところにも必ず謝罪に伺い、償いますわ」
ずっと逃げてしまいたい思いを堪えていたヘルディナも、ティホの言葉を聞いて緊張していた表情も解れた。ひとまず、勇者一行が分裂する危機は回避できたみたいだ。
「それにしても。魔王城が現れたのはびっくりしたけど、違う魔王だと気付かないなんてヘルディナも抜けてるとこあるニャ」
「お前、何をたわけたことを言う。ワシは正真正銘の魔王だぞ」
「子供の姿で言われても全く説得力ないニャ。全然怖くもないニャ!」
「何だと。ワシの友達にしてやらんぞ!」
「別に構わないニャ!」
ノーラとちびヴァウテルがなんか喧嘩し始めた。
もう浦吉町が支配される心配はないし、あとはヘルディナがリアーヌのところにちゃんと謝罪に行って、そっちでも和解できれば本当に一件落着だ。というか。あっちの方が無事に和解できるか不安だけど……。
喧嘩中のノーラとちびヴァウテルは、エスカレートしてあっち向いてホイで対決し始めた。このくらい賑やかな方が、やっぱり勇者一行らしい。それに、この町に争いごとは一番似合わない。
お昼ごはんを食べ終わって、私は食器の片付けを手伝った。
「ちーちゃん。ヘルディナのこと、ありがとね」
「悪いことをしたみたいだけど、ヘルディナさんも反省してるみたいだったし。マリウスくんたちの仲間なんだから、これからも仲良くしてほしいじゃない」
「それはヘルディナ次第なとこもあると思うけど……」
今回の精神的ダメージがいつまで引きずられるかわからないけれど、ヘルディナが今回のリベンジをいつかしないとも限らない。なんたって、一途な愛人だからね。
「ていうか。みんな、こっちの平和な空気に染まってきてるんじゃないかな。意外と同情してたし」
「そうね。来たのが先月の夏休み初日だから……もう一ヶ月になるのね」
「まだ一ヶ月しか経ってないっけ? 色々あり過ぎて、半年は経ってる感覚なんだけど」
「あっという間の夏だったわね。気が付けば八月もあと十日で終わりだし。舞夏ちゃん、夏休みの宿題は終わったの?」
「あと一つあるけど、もう少しで終わる。そっかぁ。ということは、あと一週間で新学期が……」
その話をしていた時ある重大なことに気付いてしまった私は、思わず拭いていたお皿を落としそうになった。そして慌てて手伝いを離脱して、リビングのマリウスたちのところへ戻った。
「たっ、大変!」
「どうした舞夏」
あっち向いてホイの次は、トランプを持って来てババ抜き対決を始めていたノーラとちびヴァウテル。二人と一緒にゲームをしていたマリウスは、呑気な声で振り向いた。
「大変だよマリウス! 新学期が始まっちゃうんだよ!」
「八月も下旬だもんな。夏休みが終わるのは嫌だよな。永遠に終わってほしくないもんな」
「それもそうなんだけど! 学校! 学校がないんだよ!」
「……あっ。そうか!」
「学校がなくなってるから、このままだとほとんどの小中学生が授業できない!」
そうなのだ。現在、西小学校は魔王城になっていて、浦吉中学校はドーヴェルニュ邸になっていて、無事に残っているのは二次元ミックスを免れた駅南にある東小学校だけだった。今の状況のまま夏休みが開けても、東小の子供たちしか授業を再開できない。私は高校だから大丈夫だけど、さすがにマズい状況に焦った。
「そうか。そんな重大なことを失念していたとは……」
「どうしよう。どうしたらいいかな。東小が唯一無事に残ってるけど、さすがに西小と浦中の生徒全員が授業受けられる場所はないし。市民センターは小さいから無理だし……」
「あそこはどうかしら。高校があった場所にできた新しい施設。旧校舎がまだ残ってた気がするわ」
「でも使えたとしても、西小学区の子たちが通うの大変だよ。富士川の近くだもん」
「そっかぁー……」
浦吉町は東西に横長の町だから、西の
新学期が始まるまであと一週間。それまでになんとかしないといけないのに、狭い町の中だけでは到底対処しきれない。私は頭を悩ませた。これはもう、区役所に相談するしかないのだろうか……。
そう思った時、気持ちを一歩引いたような口調でマリウスが言った。
「それじゃあ。俺たちがこっちにいられるのも、ここまでだな」
「え?」
一瞬、何を言っているのかわからなかくて、私はぽかんとした。
「そうだな。少し長居をし過ぎた」
「楽しいけど、ずっとはいられないニャ」
「そうですわね」
「うん」
ヴィルヘルムスも、ノーラも、ヘルディナも、ティホも、マリウスと同じように言った。急にそんなことを言うから戸惑ったけれど、みんながなんのことを言っているのかは頭では理解していた。
だけどそれが本当か確認したくて、私は尋ねた。
「いられないって……」
「俺たちは帰る。俺たちがいるべき
やっぱりそういうことだった。マリウスたちは、二次元の自分たちの世界へ帰る決断をした。