目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第1話 新学期まで、あと六日



『魔王ヴァウテル覚醒未遂事件』の翌日。ドーヴェルニュ邸に謝罪に行くヘルディナに、私とマリウスは付き添った。

 一応お客さんとしては迎え入れてはくれたけれど、客間に現れてヘルディナを視界に入れたリアーヌはあからさまに怒りを見せた。開口一番に面罵めんばして「ピー」鳴りまくりの暴言を雨あられのごとく撒き散らして、百往復ビンタをした上で牢獄にぶち込みそうなくらい怒っていそうだった。けれど感情を押し殺して、期間限定の主として冷静さを保っていた。

 真ん中にマリウスが座り、その右側にヘルディナが、左側に私は座っていた。リアーヌはマリウスの正面に腰かけて、獲物を狙うメスライオンのような眼差しを右斜め前に向けた。


「あなた。一体どの面下げて来たのかしら。昨日敷地内でやってくれたように、私に剣で切り刻まれてもいいくらいの覚悟で来たんでしょうね」

「リアーヌ。どうか怒らないで聞いて」


 リアーヌがこの場に剣を持って来ていたら、その言葉が出る前に部屋に一歩入った時点で切りかかっていたに違いない。理性を保ってくれているそんな彼女に、私とマリウスは昨日の不始末を謝罪した上で、事件の経緯を説明した。ヘルディナが遂行しようとした計画が失敗し情けない結果になったことを聞いたリアーヌは、怒りの矛先を見失って唖然とした。


「何よそれ。結局失敗して被害を広げただけだって言うの?」

「頭にくるよね。わかる。めちゃくちゃわかるけど、グーパンとか踵落としは考え直して」

「誰がグーパンと踵落としをするって言ったのよ」


 心の剣先がしなっとなってしまったリアーヌは、再びヘルディナに視線を向けた。


「……ヘルディナ。あなたは心から反省しているの?」

「もちろんです。愛する人のためとは言え、わたくしは犯してはならない過ちを犯してしまいました。本当に心からお詫び申し上げます」


 昨日私たちに謝罪した時から変わらず、ヘルディナは罪の意識を心に留めていた。今回のことはかなりショックだったことも相俟って、だいぶ反省している。

 ヘルディナの謝罪を聞いて腕を組んだリアーヌは、ふうっとわかりやすい溜め息をついた。


「私にも似たような心当たりはあるわ。前世にね」

「六股されてたっていう?」

「私は浩一こういちが大好きだった。心から愛していたわ。だから、誕生日やクリスマスやバレンタインには毎年プレゼントしたわ。財布、ネクタイ、時計、靴、バッグ……。彼は時計が好きだったから、時計は何度もプレゼントしたわ。しかも全てブランド物よ。それなのに……」


 前世を想起して話したリアーヌの表情が鬼のような形相に変わり、途端に言葉遣いも荒くなる。


「それなのにあの野郎、六股がバレた途端に俺様になって上から目線で『俺に愛される権利を得たんだからそれだけで満足だろ?』って言ったのよ。なんなのよそのセリフ! お前は歌舞伎町のホストかよ! 全然かっこよくないわ! 顔だけよくて性根はクソだわ! クソエセホストが!」

「リ……リアーヌ。落ち着いて……」

「今までどんだけ女にモテてきたか知らないけど、調子乗ってんじゃないわよ自惚れ野郎! お前みたいなやつ、奥さんに六股バレて半殺しにされて慰謝料100億請求されてとっとと墓にぶち込まれればいいのよ!」


 久し振りに出たぁ。初対面の時以来の鬼毒舌リアーヌ様。もうその形相は鬼を越えて閻魔様だよ。すぐにでも前世に戻ってクソ野郎の元カレを地獄に引き摺り落としそうだよ……。あ。マリウスがビビッてるし、初見のヘルディナも怯えてる。


「リアーヌ。リアーヌ様。あなたは今は、リアーヌ・ドーヴェルニュですよー」


 違う次元に行きかけてるリアーヌを私が呼ぶと、彼女はハッとしてこっちの次元に戻って来た。


「あ。ごめんなさい。前世を思い出してつい……。えーっと、つまりね。私も一途になった経験があるから、ヘルディナの過ちも少しはわかるというか」


 取り乱したことをなかったことのように話を戻してるけど、今の罵詈雑言そういう意味だったの?


「だから、あなたが本当に心から反省しているのなら、怪我をして仕事ができないセルジュの代わりに私の使用人として働くなら、許さないこともないわ」

「リアーヌさん……」

「それでいいの?」


 もっと他に償いに相応しい方法はあると思うんだけれど。


「ええ。ただし、無期限よ」

「償えるのであれば、なんでも致します」


 そういう訳で、ヘルディナは罪滅ぼしのために、「リアーヌの使用人代理として無期懲役」という罪を言い渡された。優しいのか厳しいのかよくわからない判決だけど、平和的にそれで許してくれるならまぁいいか。

 ヘルディナはセルジュにも謝罪したいと申し出たけれど、まだ治療中だからと断られた。まるで会わせたくないみたいに私には聞こえた。

 大事な要件が一つ終わった私たちは、もう一つの重要かつ火急の案件である新学期のことをリアーヌに伝えた。それを聞いたリアーヌはハッとして、頭を抱えた。


「なんてことかしら。日本生まれ日本育ちなのに、そんなことすら忘れていたわ……。それで今日は一体、何月何日なの?」

「八月二十二日。二学期が始まるのは六日後なの」

「六日後? 本当にもうすぐじゃない!」

「そう。もう時間がないんだよ」

「それは重大案件だわ。不慮の出来事とは言え、勝手におじゃまをして敷地を占拠してしまっているのだから、呑気に故郷の空気を満喫している時間はないわね。わかったわ。早急に帰れるように、できることはしておくわ」

「ありがとう、リアーヌ」


 ひとまずリアーヌの意志確認はできた。あとは町を元通りにするだけなんだけれど……。


「マリウスたちも帰るのよね。以前は帰る方法がわからないと言っていたけれど、もう判明しているの?」

「いや。それがまだなんだ。だから俺たちは、自分たちが帰る方法をこれから探さなきゃならない」


 それが一番の問題だった。新学期が始まる前にマリウスたちが帰る方法を見つけられなければ、町おこしの立役者から一転、傍迷惑な異世界人となってたちまち嫌われ者になってしまう。大好きな二次元のキャラたちがそんな扱いをされるのは、オタクとして絶対に回避しなければ!

 私たちはその場で、手がかりを探る話し合いを始めた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?