「確か、オーロラが転移の原因だと考えていたわよね」
「ああ。調べたところ、リアーヌたちが転移して来て以降、魔族の少年が発見された日の未明にもオーロラが観測されているようだった。他の日には観測されていないから、それが関連しているのは間違いないと思う」
「ねえヘルディナ。あなた、魔王城をこっちに転移させられたなら、私たちが帰る方法も知っているんじゃないの?」
「申し訳ありませんが、知らないのです。私は独学で学んだのですが、習得したのは一方通行の魔法陣のみなのです」
リアーヌの質問に、ヘルディナは本当に申し訳なさそうに言った。こっちの世界でヴァウテルと永住する気マンマンだったらしい。
期待外れの回答をもらったリアーヌは「なんだ、そうなの」と椅子に凭れて紅茶を啜った。ちょっと機嫌を損ねたみたいで、眉間に皺ができる。
「魔術が使えるヴィルヘルムスやノーラは、専門じゃないの?」
「聞いたけど、残念ながらできないって。心当たりも全くないって言ってた」
「知っていたら、とっくに帰ってるものね」
「どうにかこの八方塞がりを突破しなければならないのに、一体どうしたら……」
マリウスまで眉間に皺を寄せて、考え込んでしまった。
「ねえ。もう一度、それぞれがどういう状況で転移したのか話してみたら? 何か手がかりを見落としてるかもしれないし」
一度それぞれの当時の状況は聞いたけれど、もしかしたら何か見つかるかもしれない。私がそう提案すると、マリウスとリアーヌは改めて転移した時のことを思い出しながら話した。
「じゃあ、俺たちの方から。まず、フーヴェルの人々の当時の状況だが、いつものように朝起きて仕事などで外に出ると、既に景色は変わっていたと言う。つまり、寝ている時にフーヴェルの町は転移してしまったんだと思う。そして俺たち一行は、フーヴェルに近い町の鉱山で魔物退治をしたその帰りに、転がっていた原石を見つけて手に取った瞬間に空間が歪み、駅前に立っていた。原石を触ったこと以外、特別なことはしていない」
次にリアーヌが話す。
「私は踊りの習い事をしていて、使用人たちもそれぞれいつも通りに仕事をしていたわ。そしたら突然、床が立っていられなくなるほど歪んで、治まって外を見たら周りの景色ががらりと変わっていた。私たちも特別なことはしていないわ。あと一つ。これは参考にならないと思うけれど、言っていなかったことがあるわ」
「一応教えて」
「その時、大事なネックレスを身に着けたの」
「ネックレス?」
「成人の誕生日に、お母様からお祝いで頂いた宝石が付いたネックレスよ。それだけは何があってもなくしてはいけないから、咄嗟にキャビネットのジュエリーボックスから出して身に着けたの」
「マリウスたちは原石に触った時。リアーヌはアクセサリーを着けた時か……。何か関係あるのかな」
他にいつもと違う行動をしていないか尋ねたけれど、当主様と奥方様が揃って外出したこと以外はいつものように過ごしていたと言うリアーヌ。マリウスたちの方も、魔物が棲み付いていた洞窟におかしな仕掛けもなかったと言う。
「じゃあ転移の時の共通点は、宝石が側にあったことくらいかぁ……。リアーヌ。アクセサリーを見せてもらうことはできる?」
「いいわよ」
リアーヌは客間の廊下に立っていた使用人に言って、自室からジュエリーボックスを持って来るよう言った。数分後、使用人はリアーヌの部屋からジュエリーボックスを持って来て、赤ちゃんを下ろすようにリアーヌの前に置いた。
長方形の箱は細工と金が施されていて、いかにも貴族が持っていそうな調度品だった。リアーヌはその中から、美術館に展示されていそうな銀色に輝く豪華なネックレスを出した。
「これよ。蝶や花のデザインが施されたプラチナ製のもので、何代も前からドーヴェルニュ家に受け継がれているものよ」
「そういえばこれ、初対面の時に着けてたよね。改めてちゃんと見ると、王宮とか皇室の人が着けるやつじゃん」
私とマリウスは、外光だけでも上品に輝きを放つネックレスをまじまじと見つめる。庶民としてはいくらくらいするのか気になるし触りたいけど、絶対に想像できないくらい高価なのは丸わかりだったからその衝動は抑えた。
「なあ。この宝石は、なんて言う名前なんだ」
ネックレスの真ん中には、2センチくらいの大きさの楕円形の水色の宝石が嵌め込まれていた。
「なんて言ったかしら。えーっと確か、アパホテルみたいな名前だったわ」
その名前を聞いた私の頭に、あの社長さんの顔が浮かんだ。でも絶対に関係ないからすぐにイメージを削除して、名前が似ている宝石をスマホで検索した。
「あのさ。もしかして、アパタイトじゃない?」
「そうそう。アパタイトだったわ」
「アパタイト?」
マリウスがいささか驚いたように言った。すると、持って来ていた貴重品袋から転移した時に持っていた原石を出して、ネックレスと並べて置いた。二つの宝石は、南の海を連想させる同じ澄んだ水色をしていた。
「その宝石とこの原石は、同じ物質だ」
「同じ!? まさかそんな訳が……」
「いや。この原石は確かにアパタイトだ。宝石に詳しいヴィリーとノーラが言っていた。魔術には宝石が必要不可欠だから、二人は宝石に関しては詳しいんだ」
「私も宝石に関してはそれなりに知っていますが、ヴィリーとノーラも言っていたのですし間違いないと思いますわ」
宝石に詳しい魔術使いが三人も同じことを言っていたのなら、信憑性はある。
「でも、私たちとマリウスたちの世界は違うのよ。同じ物質が存在するはずがないわ」
確かにリアーヌが否定するように、色は同じだけど似て非なるものである可能性も否定できない。だけど私も、この二つの宝石は同じものだと考えた。
「あり得るよ。だって『なし勇』も『ライオン嬢』も、こっちの世界の人が作った世界だもん。書いた人や世界観や時代設定が違っても、こうして同じ宝石がそれぞれの世界に存在しててもおかしくないよ」
「言われてみると……。そうかもしれないわね」
リアーヌはすぐに納得してくれた。
「俺たちは転移の瞬間に、アパタイトに触れていた。これも間違いなく関係しているんじゃないか?」
「ねえ。それじゃあ、フーヴェルの町が転移して来たのも?」
「フーヴェルは、“アパタイトの町”とも呼ばれています。アパタイトは硬度が低く、加工のしにくさで業者は買うのを避けるのですが、優れた加工技術を持っているフーヴェルの人々が買い付けているのです。売っている店や持っている家も多くありますわ」
と、私の疑問にヘルディナが答えた。フーヴェルは決して大きな町とは言えないのに、なぜか宝石を売る店が点在しているのが少し不思議だったんだけど、そういうことだったんだと納得した。きっと、アパタイトが町じゅうにあったから町ごと転移して来たのだ。
「それが本当なら、みんな二次元の世界に帰れるんだね」
「けれど、本当に転移と関係しているかはわからないわ。ただの偶然かもしれないわよ」
「だが今のところ、他に共通した原因が思い当たらない」
「それに、一番の謎が残っているわ」
「謎?」
リアーヌの言葉に私たちは注目した。
「
「確かに。俺たちがアパタイトを持っていたからと言って、それだけではこの町に転移する原因にはならない」
「おっしゃる通りですわ。オーロラも要因の一つなのかもしれませんが、引き寄せる何かの力が働かなければ転移は起きないのではないでしょうか」
「転移の原因が、浦吉にもある……」
三人が言っていることは、たぶん間違っていない。異世界転移の作品はだいたい神様の気まぐれとか神様都合だから、この転移もなんとなくそうなんだと思っていた。だけど三人が言ったように、浦吉町にも何か要因がなければ整合性が取れない気がする。
「舞夏。何か心当たりはないか。なんでもいい。この町に残る言い伝えとか何かないのか?」
「急に聞かれても……。でも、探してみる」
オーロラとアパタイトが転移の鍵になるのは確実と考えて、残りの一つであろう浦吉町にある転移の要因となるものを急遽捜索することになった。だけど、この町の何が関係しているのか全く検討が付かなかった。でも時間がない。住人全員に聞き込みをするつもりで話を聞いて回って、転移の要因を探し出さなきゃ。