翌日。私と洸太朗は、ヘアサロンを休みにしてくれたちーちゃんの車で隣町で暮らしている祖父の
「お父さん。舞夏ちゃん連れて来たわよ」
「久し振り、おじいちゃん」
「いらっしゃい、まーちゃん。全然来ないから、じいちゃんのこと忘れたかと思ったよ」
「まーちゃん」は私の愛称だ。祖母にもそう呼ばれていた。
「そんなことないよ。だけどごめんね、なかなか来られなくて。ちょっと今、だいぶ立て込んでるんだ」
「なんだか浦吉が大変なことになってるんだら?(※) 堀ちゃんが出てるテレビ観たよ。まさか、まーちゃんが出るなんて知らなかったから、どこの美人さんかと思ってびっくりしたよ」
「お世辞言わないでよ」
「それで。そっちは彼氏か?」
「何言ってるの。幼馴染みの洸太朗だよ」
「ああ〜。引っ込み思案の子か」
洸太朗の名前は覚えてなさそうだけど、保育園や小学校の運動会で何度か顔を合わせているからわかったみたいだ。
「お父さん。今日は舞夏ちゃんたちが聞きたいことがあるんですって」
「聞きたいこと?」
私たちはリビングに通されて、こたつテーブルを囲むように座って話を切り出した。
「あのさ。おじいちゃんのお父さんて、外国人の女の人と結婚したんだよね?」
「うん、そうだよ。けど、俺を生んで一年後くらいに突然いなくなったらしいんだよ」
「私、その話を保育園のころに聞いたんだけど、おじいちゃんのお父さんとお母さんの写真て持ってる?」
「あるよ。ちょっと待ってて」
そう言った祖父は箪笥の小さい引き出しを開けて、黒革の手帳を取り出した。手帳は古いものじゃなく、真新しくいものだ。髪の毛の半分が白髪になった祖父はボケ防止のために日記を書くのが習慣で、毎年手帳を新調している。
祖父が背表紙を開くと、端がボロボロで色褪せたモノクロ写真が現れた。七三分けで精悍な顔立ちの紋付袴を着た若い男性と、白無垢を着ている外国人の女性が写っている。男性の方が祖父の父親で、女性が祖父の母親───つまり、私の曾祖父母。私の記憶の中に残っていた写真と同じ二人の姿だ。
「これが、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃん?」
「美男美女だら〜。両親と親戚全員にはだいぶ反対されたみたいだけどなぁ。どこの馬の骨ともわかんねぇ外国人の女となんて許さねぇって。だから強引に
「ひいおばあちゃんは突然浦吉に現れたって聞いたけど、二人は最初から意思疎通はできてたの?」
「これが不思議なことに、日本は初めてなのに日本語を話せてたんだと。そういえば、他の写真に写ってるばあちゃんは、今浦吉にいる外国人らと似たような服装だったなぁ」
「二人が出会った時のこと、他に何か聞いてない? いつもと違う珍しい空だったとか」
マリウスたちと曾祖母の共通点を探そうと、私は尋ねた。でも、祖父は腕を組んで思い出そうとしてくれるけれど、そんな話は聞いていなかったのか覚えていないとのことだった。
「あの。これに嵌めてあるような宝石を、その人は持ってましたか」
洸太朗は、持って来ていた古代塗のお盆を祖父に見せた。手に取った祖父は老眼鏡をかけて、お盆をまじまじと見た。
「おー、懐かしいなぁ。これ古代塗だら〜」
「僕んちのひいひいじいちゃんが作ったやつです」
「この鳳凰の目になってる宝石、わかる? 水色なんだけど、ひいおばあちゃんが持ってたとか聞いてない?」
私が指差すと祖父はおもむろに立ち上がって窓の側に行き、傾けながらもう一度お盆をじっくりと見た。鳳凰の目が窓から射す外光で色が青く変わるのを見ると、心当たりがあるようだった。
「この石か。これと同じ石かはわからんけど、ばあさんの忘れ形見だって言って、じいさんが水色の石が付いた指輪を持ってたわ」
「本当に?」
「当時は、こんな高価なもの持ってるやつなんかこの辺にはいなかったから、よく覚えてるよ。明子姉ちゃんが成人した時に確かもらってて、その後はいつの間にか俺が持ってたなぁ」
曾祖母の持ち物だった水色の宝石の指輪は、一度は祖父の姉の手に渡り、その後、経緯は不明だけど祖父の手に渡った。その指輪のその後の行方を私はなんとなく予想できたけど、あえて尋ねた。
「じゃあ今は、おじいちゃんが持ってるの?」
「いや。
「それじゃあ。この前、舞夏ちゃんに渡したあの指輪が……」
まさか、と驚いた顔でちーちゃんが私を見た。
「おじいちゃん。この指輪がひいおばあちゃんの?」
私は、この前ちーちゃんからお母さんの形見としてもらった指輪を祖父に見せた。
「そう。この指輪だ。間違いない」
驚いた私と洸太朗は、指輪を見つめた。日本のジュエリーショップにも売っていそうなアンティーク調の指輪が、まさか元々この世界のものじゃないなんて。この指輪を受け継いだちーちゃんも驚いていた。
「この指輪にそんなエピソードがあったなんて……」
「ちーちゃんも初耳だったんだ?」
「祐未恵ちゃんがお父さんからもらったものだってことは知ってたけど、おばあちゃんのことまでは聞いてなかったわ」
「じいさんがあまり話したがらなかったから、俺もそんなにばあさんのことを知らないんだよ。写真でしか顔を見たことないからなぁ」
きっと曾祖父は、両親の反対を押し切ってまで結婚した愛する妻が理由もなく突然消えてしまって、とてもショックだったんだ。子供に母親のことを教えたくても、面影を思い出すだけでも辛かったに違いない。でも、記憶をなくして知らない町に来てしまった曾祖母はきっと、側にいてくれた夫に感謝をしていたんじゃないだろうか。どこから来たのかもわからない自分を選んで、一緒に幸せになってくれたのだから。
とりあえずこれで、100%確定とは言えないかもしれないけれど、転移の要因が浦吉町にもあったことが判明した。曾祖母の写真を残しておいてくれた祖父に感謝だ。それから、指輪を私に遺してくれたお母さんにも。
そのあと私は、笹木家にいるマリウスに電話して、ドーヴェルニュ邸に集まってほしいと連絡した。私は、帰り道の途中で車を降りて屋敷に向かった。
一同が集まったドーヴェルニュ邸の客間で、浦吉古代塗に使われていた宝石と私がもらった指輪のこと、過去にも浦吉町に転移して来た二次元の住人がいたかもしれないことを話した。そして、ヴィルヘルムスとノーラが私が持って来た指輪と古代塗を鑑定して、宝石はアパタイトだと断言された。
「まさかそんなことが……」
「とてもではないが、信じ難い」
私の推測にマリウスたちは多少訝しげではあったけれど、否定はしなかった。
「もしも本当にその人たちが、私たちのように二次元の世界から現実世界に転移して来たのなら……。一人目が置いて行ったアパタイトが、全てのきっかけだったってこと?」
「こっちの世界に持ち込まれたアパタイトが異常現象のオーロラに呼応して魔力を発生させ、同じ宝石の指輪を着けていた舞夏のひいおばあちゃんを引き寄せて、ノーラたちも同じように連れて来られたニャ?」
つまりはそういうことになる。あくまでも推測で、魔力や宝石の類に詳しいヴィルヘルムスやノーラの知識をもってしても断言はできないし、一人目がどうやって浦吉町に引き寄せられたのかという疑問までは解決できないけれど。
「話に不可思議な点はあるが、俺たちの他にも転移して来た人がいたのは確かなんだろう。そして恐らく、来た者たちは全員無事に帰っている」
「オーロラとの関係は、どう説明するんだ」
「それも、私たちからは説明のしようがないんだよね」
そこを突き詰めようとしたら何年とかかってしまうから、多少強引でも納得してもらうしかない。
マリウスは深く考えず、転移の原因は明らかになったと納得を示した。ところが、他のみんなはまだ納得しきれず難しい顔をしていた。特に、リアーヌとセルジュは慎重だった。
「マリウス。アパタイトとオーロラの関係を信じるの?」
「他に目ぼしい情報はなかった。舞夏の話も100%の確証はないが、少なくとも信じられる証拠は集まっていると思う。俺たちには猶予がない。俺は、アパタイトの魔力とオーロラに懸けたいと思う」
マリウス以外の全員は、沈黙して熟考した。たぶん100%確実な証拠がほしいんだろうけど、これ以上の情報が残りの日にちで集まる保証はない。先人が生きているか手記を残していればよかったんだけれど、この集めた情報に希望を託すか帰ることを諦めるかの二択から選ぶしかない。でも、みんなが迷ってるのもなんとなくわかる。
沈黙が続いて、二〜三分が経過した。最初に口を開いたのはヴィルヘルムスだった。
「……そうだな。オーロラとの関連はよくわからないが、全てにアパタイトが関係していることを考慮すると、転移の原因はそれにあるとしか考えられない」
「ノーラもよくわからないけど、ヴィリーと同じ意見だニャ」
「
「オレも」
ノーラもヴィルヘルムスと同じ見解を示して、ヘルディナとティホからも反対意見はなく、勇者一行の総意は決まった。
「セルジュはどう思う?」
未だ悩むリアーヌは、セルジュに意見を求めた。
「オレは魔術にもオーロラにも詳しくないし、この不可思議な事象の説明を専門家でも解明できるか不明だ。この場合は悩むだけ時間の無駄だと考えて、不可思議な事象に対抗するには不確定要素に頼ってみるのも手段だとオレは思う」
「案外、冒険家ね」
「何ごともやってみなければ答えは出ない。だがもしも、リアーヌがこの推測を恐れるというのなら、」
リアーヌの傍らに立っていたセルジュは、片膝を突いて主に誓う。
「無事にリラテシュ領に帰るまで、オレがこの身をもって必ず守る」
私からはテーブル越しでよく見えなくて残念だけど、そんなの目の前でやられたら絶対キュン死寸前だよ! ……あれ、待って。リアーヌ、ちょっと赤くなってない? もしかしてドキッとした? キュンキュンした?
「……わかったわ。セルジュの男気に乗ってやろうじゃないの」
男気に対して姉御っぽく返したリアーヌだけど、絶対キュンキュンしたよね。このシーン、明奈に見せたかったなぁ。大興奮してキュン死しただろうけど。せめて写真撮って送ってあげたかった。
「よし。アパタイトの魔力とオーロラの関係を信じよう」
マリウスの一致団結を促す言葉に、みんなは覚悟と決意の表情で頷いた。これに賭けるしかないというように。
私の推測をみんなが信じてくれるか心配だったけど、安心した。これで全員で同じ方向を向いて進んでいける。
「あとは、新学期が始まるまでにオーロラが現れるのを祈るだけだけね」
「ニュース出てないかな」
私はスマホで検索をかけた。すると、またオーロラが現れるという記事を発見した。
「『八月二十八日未明ころに観測史上最大のオーロラが現れ、今後この奇跡が日本で見られる確率はほぼない』……」
「その日って、ちょうど新学期が始まる日付だよな」
「それがラストチャンスになるのね」
「あと五日……。その日に賭けるしかない」
ドーヴェルニュ邸を後にして、私たちは線路横の道を歩いていた。
「ギリギリなんとかなりそうでよかった〜」
「本当によかったよ。迷惑をかけることにならなくて」
こっちにいられるリミットがあると知ったマリウスたちも、顔には出していなかったけど実は焦っていたみたいだった。町の人たちにとっても安堵だけど、マリウスたちにとっても安堵の瞬間だっただろう。
「あと五日かぁ。じゃあ明日の『なし勇』が一緒にリアタイできるの最後に……あっ」
「どうした。録画予約を忘れていたのか」
「ファンミどうしよう」
「どうしようって。中止にするって舞夏言ったニャ」
転移の要因を探すのにバタバタしそうだったから、今度の日曜のファンミは中止にしてしまっていた。最優先事項のために仕方なく諦めたけれど、中止を知ったファンのみんなは結構残念がっていて、私もできないことを気にしていた。
「このままやらなくていいのかな……」
「だが、ファンも中止を了承してくれたんだろう?」
「主催者側の決定だからね。でも、本当に何もしなくていいのかな。もう会えなくなるんだよ? マリウスたちにファンのみんなが。何かお礼みたいなことしなくていいのかな」
「お礼ですか……」
「このまま突然ファンミ終了のお知らせしたら、絶対みんながっかりするよ。そんなの不誠実だし、何より寂しい。だから、浦吉に来てくれたファンのみんなに何かお返しがしたい」
もうすぐマリウスたちが帰ることを浦吉町の人たちに話したら、観光客が減ってまた寂しい町になるんじゃないかと一様に心配していた。だからいつものファンミじゃなくて、これからの不安も払拭できるようなことがしたい。みんなで楽しめるようなイベントを。
私のその願いに、一行はそれぞれ意志を示してくれた。
「そうだな。このままお別れというのも薄情だし、最後にやらなければ未練が残りそうだ」
「ノーラも、最後にもう一度やりたいニャ。みんなで楽しいことするニャ!」
「私も個人的に、浦吉の皆さまへのお返しをしたいですし。まだできることがあるのなら、喜んで」
「うん。やりたい」
「最後と言われたら、やらない訳にはいかないな。俺たちがファンにもらったものを、もらった以上に返さないとな」
きっと賛成してくれるだろうと思っていたけど、この時はなんだか、いつも以上に嬉しかった。私と同じ気持ちでいてくれることがじゃない。浦吉町の一員として、二次元と現実世界の壁をなくしてファンのみんなのことを考えてくれていたから。
「よし、やろう! 最後のファンミーティング!」
決意した私は善は急げとばかりに、すぐに小西さんたちボランティアのみんなに話そうと、閉まる直前だった観光案内所へ走った。小西さんたちも賛成してくれて、翌日にみんなで集まって会議をすることになった。