フーヴェルの人たちも一時期泊まった
最後のファンミーティング会議に集まってくれたのは、ボランティアを代表して小西さんと中野さん、勇者一行、リアーヌとセルジュ、志穂ちゃん、そして無理やり連れて来た洸太朗だ。
みんな円形に座って、小西さんが差し入れてくれたペットボトルのお茶や8の字などのお茶請けをお供に会議を始めた。
「題して、『浦吉に来てくれてありがとう! ファン大感謝祭』!」
私は始めにホワイトボードに仮タイトルを書いて、やりたいイベントの大まかな内容をみんなに伝えた。
「大感謝祭……」
「なんだかスーパーのセールみたいなタイトルで、賑やかそうじゃない!」
「“祭”って付いてるだけで楽しそう! 耳馴染みがあっていいじゃん、舞やん!」
小西さんやマリウスたちは感触は微妙みたいだけど、中野さん志穂ちゃんには好感触だ。
「でも特別なイベントって、何かアイデアがあるのか?」
「それをみんなで考えようって集まったんじゃん」
「僕までなんで。ほとんど関わってこなかったのに」
洸太朗は会議の輪から外れて、ハンディーファンを片手に一人で壁際にいた。暇つぶしのお供にニンテンドースイッチを傍らに置いてるし。
「最後なんだから、あんたもいい思い出作りたいでしょ?」
「夏休みの宿題に日記があれば、ネタになってちょうどよかったんだけどね」
「そういえば、どこまで終わったの?」
「徹夜して頑張って、あとは読書感想文」
「一番めんどくさいやつ残したわね」
手伝ったあとにまたダラダラしそうだったから、洸太朗が一番大事にしているフィギュアを人質にしてある。人質はやめてくれと泣いて懇願したくらいだから、倒れそうになっても夏休み最終日の深夜までかけてもやるはずだ。
「ということで。何かいいアイデアがあったら挙手でどうぞ。できたら『ライオン嬢』の方も一緒にイベントしたいから、いい感じのやつがいいな」
「約束してた合同イベントだね! じゃあ脳みそからみそがなくなるまで絞らないと!」
やる気のなさそうな洸太朗はひとまず置いておいて、進行の私はホワイトボードの前に立って、やる気マンマンの志穂ちゃんを筆頭にみんなからアイデアを募集した。
「リアーヌ様とハグし放題!」
「それはリアーヌが疲れるよ」
「その前にオレが許さん」
「誰が一番リアーヌ様を美しく描けるか大会!」
「写生かぁ。ちょっと地味かな」
「専属の絵師がいるから不要だ」
「じゃあ、未来のセルジュのお嫁さん候補選手権!」
「それなら私が審査委員長ね」
「オレに嫁候補はいらない」
だけど、志穂ちゃんから『ライオン嬢』エリア限定のアイデアしか出ず、アイデアマン中野さんはいつもの力を発揮しない。他にはアバウトにゲーム大会とか、作品の裏話大暴露大会という案も一応出た。裏話もいいかもって一瞬思ったけど、作者も知らないエピソードが出たらファンから突っ込まれるのは確実だからやめておいた。
そうして早くも一時間が過ぎた。
「なかなかいいアイデアが出ないニャ」
「いざ考えるとなると難しいな」
揃って腕を組んで唸っても、これだというアイデアは降ってこない。全く参加しようとしない洸太朗も、ゲームをやり始めている。
志穂ちゃん以外はメンバーが悪かったかなぁ。私も一からアイデアを出すのは苦手だし、結と明奈に聞いた方がよかったかなぁ。ファンサ付き盆踊り祭を提案してくれたのも明奈だし。今から電話で参加してもらおうかな。
と、自分で集めたメンバーを見限ろうとした時だった。
「あの。出現させてそのままの魔王城を有効活用するのは難しいでしょうか……」
魔王ヴァウテルのためにと転移させてそのまま放置しっぱなしの魔王城は使えないかと、ヘルディナが提案した。誤って転移させたちびヴァウテルも笹木家にいるし、無人の魔王城を見ると虚しくなるのかも。だけど彼女のその提案が、私の脳にビビビッ! と電流を走らせた。
「それだ! 見学ツアーやろう!」
「見学ツアー?」
「って。まさか、魔王城で?」
「だって、結局ムダにあるだけで、現状、駅前の漁船に続くモニュメントになってるじゃん。だからこの際、一日限りの見学ツアーやっちゃおうよ!」
「それいいじゃん、舞やん!」
主はいないし、このままモニュメントの役目だけを果たして消えるのもなんだかもったいない気もするし、だったらそういう使い方もあると思う。
私は全然アリだから押したかった。でもマリウスたち二次元の住人は、ちょっと心配そうだった。
「アイデアはいいと思うが……。この世界の人間が入って大丈夫なのか?」
魔王城は、魔王の悪しき魔力が漂う場所。マリウスたちは魔法石を持っていたりしているから、精神が毒される前に邪悪な魔力を跳ね返すこともできるけれど、現実世界の人間は毒されてしまうんじゃないかと危惧した。だけどヘルディナは、その危惧を否定した。
「大丈夫だと思いますわ。禍々しい雰囲気はありますが、人間に悪影響を及ぼすような魔力は現在放出しておりませんし、入城しても問題ないはずです」
それは魔王が不在だからということなんだろうか。まぁ、専門的なことはよくわからないけど。
「だってさ! 私もヴァウテル様のお城に入ってみたいし、やろうよ!」
「やろう、やろう!」
「この前から私利私欲が爆発してるな、舞夏は」
ちょっとマリウスに呆れられたけど、本当にこんな機会はこれが最初で最後。異世界転生してマリウスみたいに勇者になるかヘルディナみたいに魔王の配下にならない限り、今後一生遭遇することのないスペシャルイベントだ。私利私欲が爆発していようがなんだろうが、私は魔王城に入りたい! きっと同じようなファンもいるはず!
「じゃあそれなら、リアーヌん
誰がそう言ったのかと思えば、ゲームに夢中になっている洸太朗だった。話聞いてたんかい。
「それいい! いいこと言うじゃん村瀬くん! ファンのみんな喜ぶよ! リアーヌ、このアイデアどう?」
「いいんじゃない? 観光に来るファンも、屋敷の中を気にしているようだし」
「またそんな簡単に返事をするな、リアーヌ」
よく考えもしないで二つ返事するリアーヌにセルジュは半ば呆れて言うが、志穂ちゃんと同様に結構ノリノリだ。
「いいじゃないセルジュ。これがこっちの世界でやる最後のイベントよ。お互いの思い出作りにびったりじゃない。あなたがOKしなくても、私は勝手にやるわよ」
「さすがリアーヌ! 小西さんたちは、このアイデアでいいと思う?」
「うん、それでいいら。ファンの人たちが何をすれば喜んでくれるかは、舞夏ちゃんたちが一番わかってるだろうから」
「そうだね。あんな立派なお城があるのに、使わないのはもったいないし。実はわたし、リアーヌちゃんのお家に入ってみたかったのよ。久し振りに海外に行った気分を味わえるね!」
特にいいアイデアも出ない小西さんと中野さんは、私に丸投げするつもりみたいだ。ま、いいけど。
そんな訳で、魔王城とドーヴェルニュ邸の見学ツアーが決定した。そのあと、感謝祭なんだから他にも何かしたいという私の発信で、さらにいくつかアイデアを出した。そして早急に詳細を決める話し合いになり、会議は数時間に渡った。
イベント内容が纏まったのは、すっかりコオロギが鳴き始めていた頃だった。開催まで日がなかったから、すぐに浦吉町観光協会のSNSで感謝祭の告知をした。これが最後のイベントになることを知った両作品のファンからは、イベント開催を喜ぶ声と、「これからも続けてほしい」と継続を望む声がたくさん寄せられた。