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第6話 夢の時間



 その日の夜遅く。頭を回転させまくって疲れた私は、床に寝転がって爆睡していた。

 いつものファンミーティングに合わせて、見学ツアーにその他もろもろのミニイベントの詳細を詰めて、五年くらい早く会社員になった気分だった。おかげで、暗いオフィスで一人孤独に残業中に見回りに来た警備員のおじさんに気遣いされて涙を滲ませる、社畜の自分の夢を見てしまった。


「おじさん、ありがとう……。私、もう少し頑張ります……」


 コンコン。


「舞夏。入るぞ」


 警備員のおじさんに精一杯の微笑みを返したところで夢が終わりを迎えて、マリウスの声が消えかけの夢と混ざるように聞こえた。薄っすら目蓋を開くと、マリウスが私の顔を覗き込んでいた。


「悪い。起こしたか」

「……不法侵入」

「ちゃんとノックはしたぞ」


 起き上がって時計を見ると、もう少しで日付が変わる頃だった。


「ご用件は?」

「プリン買って来た。食べるか?」


 マリウスはコンビニで買って来たプリンを二つ持っていた。リビングではヴィルヘルムスたちも食べているらしい。もう深夜帯だしこの時間に食べると太っちゃうと思ったけれど、疲れ過ぎてて脳が甘いものを欲していたからもらった。

 下に行くのは面倒だったから、自分の部屋でマリウスと一緒に食べた。


「マリウスって、プリンは固い派? 柔らかい派?」

「うーん……。柔らかい派かな。舞夏は?」

「私は固い派。何年か前に固いプリンが流行して食べてから、好きになった」

「そうなのか。俺は甘いものはそんなに食べないから、スイーツが流行ってても食べに行かなかったんだよなぁ」

「そうなんだ。でも食べてるじゃん」

「転生してから食べるようになったんだ。どうやら味覚が変わったらしくて」


 転生するとそんな変化があるんだ。別人になるから食の好みも変わるんだろうか。


「向こうにもプリンあるの?」

「あるよ。でも日本のとは味がちょっと違うんだよなぁ」

「あれだ。産地によって素材の味が違うってやつ。卵とか牛乳が日本のと違うんだよ。マリウスがいるのっていわゆる“ナーロッパ”だし。テレビで外国人が、日本の野菜は甘いって言ってるのと同じなんだ」

「そういうことか。じゃあ他の食べ物も同じことだよな。帰るまでにできるだけ食べておこう」

「マック以外に何食べたいの?」

「そうだな……。あ。みそ汁。千弦ちづるさんが作ってくれたじゃがいものみそ汁がおいしかったから、また食べたい」

「わかった。マリウスからリクエストがあったって言っとくね」


 と、他愛のない話をしながらプリンを食べて、完食したあとも私とマリウスはこの四十日くらいのあいだにできた思い出話をした。


「ファンミの反響もすごかったよね。あれは予想以上だった。マリウスが本物だと思わないって言ってくれなかったら、こんなに観光客増えなかったよ。本当マジ感謝」

「でも実行したのは舞夏たちだろ。俺はその行動力の方がすごいと思う」

「私たちは必死だっただけだよ。どうやったらこの状況をプラスに変えられるか、凡人なりに一生懸命考えただけ」


 それに発案はほとんど中野さんで、私は大したことはしてないし……。いや。結構あちこち動き回ってたか。


「だが、その必死さを見てオレも何かしたいと思ったんだ。町の盛り上がりに一役買えたなら、二次元キャラ冥利に尽きる」

「マジそれな。最初はこの町どうなっちゃうの! ってちょっと不安もあったけど、今は本当に感謝してる。だけど、みんながいなくなったらまた寂しい町になっちゃうなぁ」

「大丈夫じゃないか。今まで一生懸命やってきて、この町の魅力はファンにも伝わってるはずだ」

「そうかなぁ。だって二次元ミックスが終わったら、地味で存在感がなさ過ぎる浦吉に戻っちゃうんだよ? あまりの地味さ加減にみんなドン引きして興味が氷点下になっちゃうよ」

「氷点下は言い過ぎじゃないか?」


 マリウスはミックス前の浦吉町の姿を知らないから、そうやって言えるんだ。浦吉町は静かで地味で存在感がない。ついでに言えば、東海道五十三次に描かれたけど、あの浮世絵みたいに浦吉町には雪なんて降らないから「違う県の同じ名前の町が描かれてるんじゃないか説」がある。それはつまり、「歌川広重は浦吉に魅力を感じなかった説」が浮上することになる。

 そんなの悲し過ぎる。地味で存在感はないけど、みんな柔軟で優しいし、シニアは行動力あるし、盆踊りでは住民が一致団結して、何より、なんだかんだで地元愛があるいい町なんだよ。

 私は気付けば膝を抱えていた。そんな私が元気がなさそうに見えたマリウスは、なぜか気恥しそうに口を開いた。


「……あのさ。前に、転生する前に気になってた子がいたって言ったの、覚えてるか?」

「あ。うん」

「実は……ちょっと似てるんだ」

「うん?」

「俺が好きだった子に。舞夏が」

「えっ?」


 思わずマリウスを見た。そしたら、マリウスも私を見ていた。

 時計の秒針が、私の鼓動とシンクロする。だけど、私の鼓動の方が秒針の音より少し大きい気がする。

 まさか……まさかだよね。


「あ。勘違いするなよ。お前がどうのっていうやつじゃないからな」

「わ……わかってるよ! 勘違いなんかしてないし!」

「もしかして、期待したか?」

「するかバカ!」


 私は恥ずかしい勘違いを半分していたのを誤魔化して、マリウスに本気の肩パンチをした。

 少女マンガみたいな展開を期待した訳じゃないけど、今のはそういう流れでしょ! ……そうか。マリウスが前世で彼女できなかったのって、そういう匂わせをしてガッカリされてたからなんじゃないの?


「もう『なし勇』観てやんないよ!?」

「そう言いながら観るんだろ」

「観るよ! 『なし勇』面白いんだもん! ヴァウテル様をリアルで拝めなかったから最後まで離脱しないよ!」

「俺はどうでもいいのかよ」

「私の中でマリウスは二番手だから」

「そんなにイケメンなのかよ」

「この通り!」


 私はスマホの待ち受け画面のヴァウテル様を見せた。初めて拝んだマリウスも、背後に集中線が幻覚で見えるくらいその顔立ちに衝撃を受けた。


「一七三四歳なのにこのパーフェクト顔面で、六六六人の奥さんと愛人がいるんだよ。マリウスが何度転生しても勝てる相手じゃないんだから!」

「た……確かに、魔王のくせにキラキラしてる。勝てる気がしない……。って。俺はやつと顔面勝負してる訳じゃないんだよ!」

「ふふっ」


 マリウスのノリツッコミに、私は笑いを零した。それにつられてマリウスも「フッ」と笑いを零して、一緒に声を出して笑った。好きな作品のグッズを飾っている部屋で、その作品のキャラクターの笑い声がしている。


「こんな風にファンと絡むなんてな」

「本当に、お互いにびっくりだよね」

「そうだな。でも、来なきゃよかったなんて思わなかった。舞夏のおかげだ。ありがとう」


 マリウスは微笑んだ。

 時々忘れそうになるけれど、この私の目の前にいて話しているのは、二次元から来たキャラクター。だけど、いつの間にか日常になっていたこの普通が、もうすぐ終わる。今はまだ、それが信じられない。





 そして、マリウスたちが帰る前日。最後のイベントの日がやってきた。天気はピーカン晴れで、絶好の感謝祭日和だ。

 今日はファンミーティングに加えて魔王城とドーヴェルニュ邸の見学ツアー、その他にもイベントが盛りだくさんだ。『なし勇』エリアの方では八坂神社で夏のお花見と、ヘルディナの占い出血大サービスと、浦吉古代塗の体験。『ライオン嬢』エリアではドーヴェルニュ邸ツアーと、ドレスを着て写真を撮れるお嬢様体験やパーティー。そして、目玉イベントのリアーヌとマリウスの対決がある。

 イベントがたくさんあるおかげで、決定の翌日から準備でてんやわんやだった。言い出しっぺの私のせいだけど、みんな最後だからって言って手伝える人は率先して手伝ってくれた。

 イベント開始一時間前くらいになると、ファンの人たちの姿が増え始めた。告知したのは三日前だったのに、朝から続々と駅に降り立って目的のイベントがある場所に向かって行く。


「『なし勇』エリアのほうへお越しの方は、右の信号を渡って下さい。『ライオン嬢』エリアのほうへ向かわれる方は、左に道なりに進んで下さい」


 駅前の交番の警察官も案内板を持つボランティアスタッフと協力して、コミケ会場で案内するスタッフさんみたいに拡声器で『なし勇』エリアと『ライオン嬢』エリアに案内してくれている。なんて協力的なんだろう。この警察官になら将来の日本の安全を任せたい。

 バタバタしているうちに、イベント開始時間が間もなくとなった。私は、イベント運営拠点&ファンミーティング会場の新田しんでん公園でみんなで円陣を組んで、気合を入れた。


「これまでで一番大変なイベントになると思うけど、感謝の気持ちを込めてもてなそう!」

「『浦吉に来てくれてありがとう! ファン大感謝祭!』絶対成功させるぞ!」

「「「「「おーーーっ!」」」」」




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