それぞれのエリアでのイベントが滞りなく進んで、新田公園でも本日一回目のファンミーティングの時間が近付いていた。
始まるかなり前から並んでいる人も結構いたけれど、各見学ツアーを終えて駆け付けたお客さんも並び始めていて、借りている駐車場から遥かにはみ出すほどだった。これは過去最高人数だ。リアーヌとセルジュも参加するだけはある。
リアーヌとセルジュは午前中からこっちに来てスタンバイをしてくれていて、リアーヌは私たちと初めて会った時と同じお気に入りの赤いドレスを着ていた。
「合同ともなると、参加者の数がすごいわね」
「これがメディアの力ってやつだね。緊張してる?」
「一度経験しているから大丈夫よ。セルジュは初めてだけど大丈夫?」
セルジュは今回ファンミーティング初参戦だ。
「ただ握手をするだけだろ。そんなことで緊張なんてするかよ」
「あなた、ファンにまでその態度はやめなさいよ? みんな会いに来てくれてるってことを忘れないでよ?」
「それは何度も聞いた。お前はおふくろかよ」
「失礼ね! ファンとちゃんと触れ合えるように気遣ってあげてるだけじゃない!」
「口煩いのはおふくろだけで十分だ」
リアーヌとセルジュがまた揉めているうちに、午前中に各所でイベントをやっていたマリウスたちが合流して、一回目のファンミーティングの時間がやってきた。
「みんな。今日は最後のファンミーティングだ。ファンと一緒に今しかない記憶を刻もう!」
マリウスのかけ声でみんなの心は一つになり、ファンが待つ公園へ移動した。
多く集まってくれていたので、三十分早く始めた。マリウスたちを誘導した私は、ファンミーティングが終わるまでここにいる全員が気持ちよく参加できるようにサポートに徹した。
「リアーヌ様だぁ! 本物のリアーヌ様みたいだぁ! 会えてめちゃくちゃ嬉しいです!」
「とっても綺麗ですリアーヌ様。ドレスも似合い過ぎて素敵過ぎます!」
「ありがとう。とっても嬉しいわ。今日は来てくれてありがとう」
「セルジュだぁ〜! マジでリアルセルジュみたい!」
「もう本物のセルジュです! 超イケメンです! 私と結婚してください!」
「それは遠慮する」
リアーヌとセルジュは二人で一組にさせてもらったけど、リアーヌ推しもセルジュ推しも二人同時に会えてとても満足そうに握手をしている。やっぱりこの二人はニコイチにして正解だった。
「本当に今日でファンミ終わりなんですか?」
「もっとお話したかったです。でも楽しかったです!」
「本当にリアルにキャラに会えたみたいで、幸せな時間でした」
「めちゃくちゃいい夏休みの思い出ができました!」
「ファンミやってくれて、嬉しかったです。ありがとうございました!」
『なし勇』の方は、ファン一人一人が推しと触れ合う短い時間を大切にしようとしていて、合わせた目を離そうとしなくて、握った手を解くのをためらっていた。そして、別れを惜しんで後ろ髪を引かれる思いで離れていた。
「これプレゼントです! 徹夜して作って来ました!」
中には手作りのぬいぐるみやファンアート、推しカラーの花束を持って来てプレゼントをしてくれる人もいた。
「私、ヴィリー様に会うことが夢だったんです! 夢を叶えてくれてありがとうございます……!」
そして、溢れる気持ちを抑えきれずに涙するファンもいた。その姿に私は、泣いてくれるくらい喜んでもらえて本当にやってよかったと胸が熱くなって、心の底から感動が湧き上がった。
「泣くことはない。またどこかで会えるだろう。オレたちに付き合ってくれて感謝する」
「ノーラも、みんなと会えて楽しかったニャ」
「これからも応援をして頂けると嬉しいですわ」
「ありがとう」
「俺たちの方こそ、こうして直接触れ合えることができてよかった。来てくれて本当にありがとう」
感謝をしてくれるファンの一人一人に、言葉は短くても、マリウスたちは精一杯の気持ちを込めて感謝を返していった。
一回目のファンミが終わると、『なし勇』エリアでは次々と午後のイベントが開始された。本地区会館と
キャラとできる古代塗体験は、ヴィルヘルムスとノーラとできる午前の部ではそこそこ希望者が来たらしい。午後の部はマリウスとティホなんだけど、希望者はぼちぼちといったところだ。
打って変わって、ヘルディナの占いには行列ができた。これまでの評判が口コミで広まって、午前の部でもなかなかの盛況だったらしい。会場の旧五十嵐歯科医院も、外観は洋風で内装は和風という変わった雰囲気も好評で、占いを終えたお客さんはもれなく建物内を見学して、なかなか見られない様式美に興味を持ってくれたようだった。
一方の八坂神社では、夏のお花見イベントが始まろうとしていた。夏のお花見? と、桜の季節でもないのにお花見と銘を打つのはおかしいだろうと首を傾げるイベントだけれど、これに参加するのがヴィルヘルムスとノーラというところがポイントだ。
「いらっしゃいー。桜えびのかき揚げあるよー」
「沖あがりもおでんもあるよー」
張り切った婦人会のおばさんたちが、桜えびを使った料理を用意してお客さんたちを待ち構えていた。かき揚げと静河おでんはいいとして、猛暑日なのに熱々の沖あがりでおもてなしって。
「お花見って……。全然咲いてないよね」
「全部葉桜だよ。これを楽しむ訳じゃないよね?」
興味を持って集まったお客さんたちは、周囲に佇む緑溢れるソメイヨシノを見回して訝しっている。そこにヴィルヘルムスとノーラが現れた。
「みんなお待たせニャー。これからお花見をするニャ!」
「でも、これじゃあお花見なんて……」
「まさか騙したんじゃないですよね?」
正直なお客さんは、怪訝な表情でストレートに疑念を口にした。
「勇者一行のオレたちが騙す訳がないだろう」
「でも無理ないニャ。桜は春に咲く花だから、夏に見られるなんて信じられないってマリウスも言ってたニャ」
「じゃあ本当に見られるんすか、桜」
「もちろんだ。桜がどういう花かをしっかりと学んだからな」
「みんな期待するニャ!」
ノーラがウインクをしてまで保証すると言ったけれど、集まったお客さんたちの表情は期待をしていない。目の前にいるのが本物のヴィルヘルムスとノーラだと知らないから、仕方がないんだけど。
「ではやるか、ノーラ」
「じゃあ、みんな。目を閉じるニャ」
「目を閉じる?」
「何で目を閉じなきゃならないの?」
「いいから閉じるニャ。でないとお花見ができないニャ」
お客さんたちは隣の友達と顔を合わせて首を傾げたりしたけど、二人の言う通りに目を閉じた。
「目を閉じたな。オレたちが合図をするまで、絶対に目を開くなよ?」
忠告したヴィルヘルムスは杖を出現させ、ノーラも杖を手に持った。
まずヴィルヘルムスは杖を空に突き上げ、魔法陣を出現させた。
「風の
八坂神社を中心に風のヴェールがドーム状に形成され、夏の刺すような暑い日射しが半減し、ドーム内は程よい暖かさになった。
「喜舞する
そしてノーラの魔術で、葉桜となった全てのソメイヨシノに光の粉が降りかかる。
「さあ。もういいぞ」
「目を開けるニャ」
二人が合図すると、一応言うことを聞いて目を瞑っていたお客さんたちは目蓋を開いた。その時、人々の視界にひとひらの小さな花びらがひらりと舞い落ちた。
見回すと、周囲は薄ピンク色に囲まれていた。数秒前まで葉桜だったソメイヨシノの木に桜の花がひしめき、春真っ盛りのように満開となっていた。
「うそっ。何これ!?」
「桜が咲いてる!?」
「何で。葉桜だったのに……」
お客さんたちは目を丸くして、見事に咲き誇る桜をぐるっと見回す。
「夢を見てるみたい……」
「どうやったんですか、これ」
「教えてやりたいところだが」
「企業秘密ニャ」
ノーラは口元に人差し指を立ててまたウインクした。
御殿山の桜も県内では名所だから知ってほしかったんだけど、どうしたらアピールできるかをマリウスたちに相談した時、ヴィルヘルムスとノーラが魔術を使うことを提案してくれた。特に、桜を見てみたいと言っていたノーラは前のめりだった。そして二人はソメイヨシノが咲く条件や花の特徴を勉強して、魔術で咲かせてくれたのだ。
初の試みが成功した二人も、その儚い美しさに見惚れた。
「それにしても、本当に美しいな。桜という花は」
「本当だニャ。写真で見たのと全然違うニャ。こんなに綺麗だと思わなかったニャ」
「ノーラは見たいと言っていただろう。最後に見られてよかったな」
「大満足ニャ。これで思い残すことはないニャ!」
二人も本物の桜を見ることができて、とても満足げだった。お客さんたちと一緒にお花見をしながら食べるかき揚げは、浦吉町の春の香りだった。