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第75話『力を失くした巫女』

「今、何と言った? 底辺の巫女とは一体誰の事だ?」

「そ、それは――」


 芹の様子を見て流石の伽椰子も言い淀む。そんな伽椰子を見て何かを思い出したかのように芹の目がさらに冷たくなる。


「ああ、思い出したぞ。時宮の人間は未だに私をそのように愚弄するのか。当時の時宮家と伽椰子の代では別なのだと自分に言い聞かせてきたが、どうやらあの血脈は未だにその傲慢さを、愚かさを受け継いでいるようだ。肝心な事は何も伝えず、私にあれほど醜い願いを叶えさせた事は一切伝えずに。目的は何だ? 金か? それともあの時と同じか? 私を封印し、その魂を利用してさらにのし上がりたいのか?」

「そ、そんな事は! そんな事は考えておりません! 目的なんて何も無いです! 私はただあなたのお傍に居られるだけで――」

「居られるだけでどうするのだ? 今度は伽椰子の願いを私に叶えさせるのか?」

「ど、どうして信じてくれないのですか、芹様!『こんなに好きなのに! こんなにも慕ってるのに! 芹様に嫁ぐのは私よ! こんな田舎娘に取られてたまるもんですか。器量も大した事ない、言いなりにもならないこんな小娘に――』」


 伽椰子の心の声が聞こえて私はハッとした。どうやら芹もそれに気づいたようだ。ふと足元を見るとテンコとビャッコも狐の姿に戻っている。


「……どうやらあの男の言った事は本当に正しかったようだ。伽椰子、今すぐこの地を立ち去れ。たった今、伽椰子は神職から外れた。ここは本殿だ。伽椰子の言葉を借りるなら伽椰子はもう部外者だ」

「え?」


 芹の言葉に伽椰子はポカンと口を開けて芹を見上げた。そんな伽椰子に芹はさらに追い打ちをかけるように言う。


「伽椰子の心の声が聞こえる。力を失った巫女は他の者達のように心の声が聞こえるようになる。歴代の時宮家の者達と同じだな。伽椰子は私に懸想していたようだが私は神だ。これからも人間を娶る事などない。巫女も聞こえただろう?」

「は、はい……すみません」


 何だか聞いてはいけない心の声を聞いてしまった気がして思わず視線を伏せると、伽椰子は呆然としてまだ芹に抱きかかえられている私を睨みつけてきた。


「では、ではその娘の声は聞こえないのですか! その娘にはそれほどの力があると言うのですか!?『どういう事? 私の心の声が聞こえる? 力が消えた? そんなはずない。私は時宮家で一番力が強いのに! こんな娘に負ける訳ないわ!』」

「丸聞こえなんだよ、お前。あと巫女にお前が敵う事なんて何も無かったぞ。初めから」

「そうです。巫女の仕事だけではありません。心根も巫女としての力も何もかも巫女の方が上ですよ」

「そんな事ある訳――」

「本当だ。巫女、キスしてくれ」

「は!? この流れでどうして!?」


 あまりにも突然のおねだりに驚いたが、どうやらそれが今とても重要らしい。何故なら下から狐たちも私をじっと見つめてくるからだ。


「うー……風邪うつっても知りませんから」


 よく分からない流れだがとりあえず芹の頬にキスをすると、芹がいつものように光り輝いた。それを見て伽椰子が愕然とした顔をしている。


「分かったか? これが伽椰子と巫女の差だ。あまりどちらが上だなんだのと言うのは好かないが、素質は巫女の方が伽椰子よりも遥かに上質だ。これも当時から変わらない。小鳥遊をここに生贄として送り込んだのは時宮だった。その力を利用する為に。どうしてこんな事すら忘れていたのだろうな、私は」


 何だかとても重要な事を芹が言ったが、今はそれどころではない。伽椰子を見下ろすと、伽椰子にはもう何も聞こえてはいなさそうだった。


 やがて伽椰子はテンコがいつの間にか呼んでいたタクシーに半ば無理やり乗せられ、その日のうちに芹山神社を追い出された。


 私はと言えば、芹にまた自室に運ばれて芹の布団の上に寝かされている。そして肝心の芹は私を見張っているのか、私の隣でまるで涅槃像のように肩ひじをついて転がり、ただじっとこちらを見ていた。


「えっと……なんですか?」

「いや。こうしていないと巫女はまたすぐに動きだすからな」

「……そうですか」


 やはり見張られているようだ。芹の長い髪が床の上に優雅に散らばる様を眺めながら私はふとさっき芹が言っていた話を思い出して口を開く。


「そう言えば芹様、支倉さん達が本殿から追い出された時に伽椰子さんが言ってた事、どうして知ってたんですか? あの時芹様いませんでしたよね?」

「居なかったが、聞こえてはいた。あの時だけではない。伽椰子が来てからずっとだ。すまなかったな、巫女。伽椰子の動向を見るのにお前を囮のように使ってしまった。だからあの男の言った事は正しい。私は、私と村、そしてお前を守るために動いたつもりだったが、結果としてお前は心労で倒れてしまったのだから」

「それは別に……え!? もしかしてずっと伽椰子さんを見張ってたんですか?」

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