「ま、まぁ誤解だって分かって良かったです。ついでだからもう言っちゃいますけど、本当は芹様が伽椰子さんの事を名前で呼ぶのもずっとモヤモヤしてました!」
そう、最初のモヤモヤはそこから始まったと言っても過言ではない。そんな私の言葉に芹は何故か首を傾げる。
「何に対してそんな感情になったんだ? 私は伽椰子を自分の巫女だと認めていないから名を呼んでいただけだ。米子や咲子達と同じように」
「!」
そう……だったのか!
私はそれを聞いて目を最大限まで開いて芹を見つめた。そんな私を見て芹はまだ首を傾げている。何だかそんな芹が可愛くて、それ以上に自分の馬鹿さ加減に呆れて思わず笑ってしまう。
「何がおかしい」
「いえ。それこそ嫉妬です。名前を呼ばれるのが羨ましかったんですよ。私にはもう名前を呼んでくれる家族は居ませんから」
「……そうか。ではこれからは彩葉と呼ぶか?」
苦笑いを浮かべた私を見て芹がポツリとそんな事を言う。
「家族だから?」
「ああ」
「ありがとうございます。でも理由が分かったので今まで通り巫女で良いですよ。それに先輩達曰く私はまだ見習い巫女なので、名前は上等なんだそうです」
芹が私の事を家族だと思ってくれているのならそれだけで今は十分だ。
笑顔を浮かべた私を見て芹はホッとしたような顔をしている。
「あいつらはそんな事を言っていたのか? 全く、しょうのない奴らだ」
「あれ? 二人の会話は聞こえないんですか?」
「あいつらや巫女の会話は私が聞こうとしていないだけだ。全て私に聞かれているのは嫌だろう?」
「それはそう、ですね」
芹は案外私のプライベートに気を使ってくれているらしい。
「お喋りは終いだ。寝ろ」
「……はい」
すぐ隣に芹が居てこんな間近で顔を覗き込まれていて眠れるものか。そう思っていたけれど、案外睡魔はすぐにやってきた。やはり土地神の薬は良く効くようだ。
伽椰子が居なくなって無事に復活した私はすぐに狐たちと共に、時間を見つけてはお正月に向けて餅つき大会の準備に奔走していた。
「テンコ先輩! テント置くスペース8確保できますか?」
「はち~? それで収まんのか? 商店街の奴らほぼ出店希望だろ? 無理だろ! こうなりゃ役場に掛け合って参道の下の道から店出すか?」
「それは名案です。ウチが行ってきてやりましょう」
「お願いします、ビャッコ先輩!」
狐たちはつきたての餅食べたさなのか何のかは分からないが、今まで以上にはりきって色んな事を手伝ってくれるようになった。そして、それは芹もだ。
「巫女、手水舎の位置を少しズラしたぞ」
「は!?」
後ろから声が聞こえてきて振り返ると、そこには大蛇の姿をした芹が舌を得意げにチロチロと出してこちらを見下ろしてくる。さらにその後ろを覗き込むと、手水舎の位置が今まであった場所からはるか後方に移動していた。
「お、押したんですか?」
「ああ」
「……」
手水舎が動かされた後にはくっきりと何か重たい物を引きずった跡がついている。それを見て私は改めて山の力の偉大さを知ったのだった。
「えっと……芹様、楽しみなのは分かるんですけど、あんまり人間の常識を超えるような動きはしないでくださいね」
あんな重たい物を一体どうやって動かしたのだと問われたら、私には答えようがない。
「心得た。それで、次は何をすれば良い?」
「とりあえずその姿は目立つので人に戻ってもらえると……」
麓からついうっかり大蛇を見られたりしたら、今度こそ芹は討伐されてしまうかもしれないではないか。私の言葉に芹は素直に頷いてその後も私の後をついて回ってくる。
そしてとうとう――。
「それじゃあ行ってきます!」
あの倒れた日から週が明けた月曜日、私がいつものように登校しようとすると何故か芹がついてきた。
最初は見送ってくれるのかと思って気にも止めていなかったが、本殿を出て靴を履いた所で何故か芹が白い花になる。
「……芹様?」
『言っただろう? 私はこれからずっと巫女と行動を共にすると』
「……いや、学校ですよ!? 県外ですよ!? 無茶言わないでください!」
『無茶なのか? 力が大分回復してきた私はもう県外にも出られるぞ』
そういう事じゃない。そういう事ではないのだ。私はそう思いつつ芹を持ち上げて狐たちを呼んだ。
「どした~?」
「何です? ん? 芹様? 何故花になっておられるのです?」
不思議そうに私の手の平の上に居る芹に狐たちが問いかけてくるので、私は芹をビャッコの髪に挿した。
「な、な、なんです!?」
「ついて来ようとするんです! 学校に! すみませんが、芹様の事お願いします!」
「はあ!?」
『あ! こら巫女!』
芹に呼び止められる前に私はダッシュで参道を駆け下りると、バス停まで来て息を整える。
私が体調を崩したからなのか何なのか、あの日から芹は異常なほど過保護だ。