学校に到着すると私を見つけてムックが飛びついてきた。
「彩葉~! やっと登校かよ~!」
「ごめんね、心配かけて。週末挟んじゃったから余計心配かけたよね」
「んーん、大丈夫。ちゃんと連絡来たから許す! 『元気になって良かったぁ~! ちゃんと神様が守ってくれたんだな、きっと』」
「はは! うん。あ、そうだ! 私ちょっと保健室行ってくるね! 先生にお金返してお礼言わないと!」
「おー、行っといで。二条めっちゃ心配してたよ」
「そうなの?」
「うん。小鳥遊から連絡あったかーって。何かあったの?」
「あー……あの日さ、たまたま親戚のお兄さんが来てくれてたんだ。その人とちょっと揉めちゃったっていうか」
芹の事について本当の事は言えないのでお茶を濁すと、椋浦は微妙な顔をして頷く。
「そりゃ心配するよね。だって彩葉の親戚皆酷いじゃん。そのお兄さんは良い人なの?」
「うん。その人は良い人だよ。食費とか生活費出してくれてる」
「へー良い人じゃん! じゃ、安心だ。心配してたみたいだから行ってやんなよ。これ教室持ってっとくね!」
そう言って椋浦は私の手から通学鞄を取って廊下を走っていく。椋浦はいつも元気だ。
保健室に到着すると、また保健室から女子生徒が泣きそうな顔をして出てくる。
「失礼します」
「まだ何か用か?」
鋭い声に怯みつつ私はカーテンに近寄って隙間から声をかけた。
「先生、小鳥遊です。あの日は本当にお世話に――」
私が最後まで言い終える前に物凄い勢いでカーテンが開けられる。
「お前! もう大丈夫なのか? もう一人の巫女はどうなった? あの男に何もされてないな!?」
矢継ぎ早に尋ねてくる二条に私はどうにか頷くと、そんな私を見て二条が椅子を勧めてくる。
「あ、これをお返ししようと思っただけなんです。ありがとうございました、先生」
机の上にお金が入った封筒を置くと、二条はその封筒には目もくれずちらりとこちらを見上げてきた。
「お前には色々聞きたい事があるが、もうじき授業だな。昼休みに弁当持って来い。いいな?」
「う、はい……」
眼鏡の奥を光らせた二条は恐らく芹について何か気づいているに違いない。
何故なら私はあの時、芹の事を芹様と呼んだからだ。せめて芹さんと呼んでいれば良かったのだろうが、今更後悔してももう遅い。
それから昼休みまでの時間は本当に地獄だった。また胃痛がぶり返しそうだ。
そしてとうとう昼休みがやってきて、お通夜みたいな顔をしてお弁当を持った私に椋浦と細田が話しかけてくる。
「元気出しな、彩葉。何も二条だって取って食いやしないって!」
「食われたい女子もわんさか居るだろうけど、マジな話、何かヤバそうだったら大声で叫ぶか逃げてくんだぞ!『二条だって男だ。見返りにとか言い出しかねないもんな』」
「分かった。頑張る!」
「おう! 行って来い!」
「スマホは持ってけよ!」
二人に送り出された私は深呼吸を一つして保健室に向かうと、また朝とは違う女子たちが保健室からぞろぞろと出てくる。どんだけ人気なんだ、二条は。
そう思いつつ保健室のドアを開けると、二条は今しがたカーテンを閉めようとしていた手を、入ってきたのが私だと分かるなり中途半端な所で止める。
「来たか」
「はい」
「ほら、お茶」
「……ありがとうございます」
淡々と私の前にお茶を置いた二条はまたコンビニのおにぎりの包をめくりながら言う。
「単刀直入に聞くがあの男、あれは誰だ?」
「……」
やっぱりだ。どう答えれば良いのか分からないままお弁当箱を開けると、それを見て二条が目を丸くする。
「なんだ、飯作ってもらえてんのか?」
「あ、いえ、自分で……」
「マジか『やっぱ普段は1人って事か? マメな奴だな。からあげ美味そう』」
「からあげ食べますか? おにぎりだけって寂しくないですか」
少しでも問い詰められたくない一心でからあげを賄賂にしようと思ったが、二条は「サンキュー」と言ってからあげを食べた上にまたこちらに向き直る。
「で、どうなんだ? あれは誰だ?」
「……親戚」
「違うだろ? 彼氏でもないよな? だってお前、あいつの事を芹様って呼んだもんな?」
これはもう完全にバレている。私は深い溜息を落として頷いた。
「芹様ってのは芹山神社の神様の名前だったか?」
「そうです。信じてもらえないかもしれませんが、あの方があの神社の主です」
昔ならいざ知らず、こんな現代で誰がそんな話を信じるというのか。
そう思うのに、二条は私の言葉を笑ったりはしなかった。
「そうか……で、もう一人の巫女はどうなんだよ。話がややこしくなったのはそもそもそいつのせいだろ?」
「伽椰子さんは巫女の力を失ってしまって岐阜に戻られました。芹様に小さい頃助けられた事があるそうで、それからずっと芹様一筋だったそうです」
私の言葉に二条が頷いた。