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第79話『真実』

 お茶をすすりながら二条は小さなため息を落として言った。


「だからお前が憎かったって? そんな道理が通ってたまるか。じゃあ辞めたんだな?」

「辞めたって言うか、それこそ芹様に追い出されたって言うか……」


 芹は初めから時宮伽椰子を信用してなどいなかった。何せ伽椰子が自ら過ちを犯して巫女の力を失わせるのが目的だったと言っていたぐらいだ。


「なんだよ、その芹様と伽椰子の間に何かあったのか?」

「というか、時宮と何かあったんだと思います。芹様はどうも所々記憶を失っているみたいなんですよね」


 小鳥遊を生贄として神社に送り込んだのは時宮だったと言っていた。そのすぐ後にどうして忘れていたのだろうと呟いた芹の横顔は今も脳裏に焼き付いている。


「なるほどな。だけどそれとこれとは別だ。相手が神だろうが何だろうが、学生を側に置くという事はそれなりの責任がある。それを伝えておいてくれ。それから伽椰子の事はグッジョブだってな」

「はい」


 二条は会った事もない伽椰子に相当苛ついていたようだ。普段はクールな保健医だけれど、中身は学生思いの良い先生だと言う事を知れたのは良かったと思う。


 それから私は断片的に散らばっていた芹から得た情報を二条に伝え、芹が忘れてしまっている歴史を考えた。


「要約すると、ある時、土地神に姿を与えられた芹山は大蛇になって祀られるようになった。その社を建てたのが地主で宮司の時宮という家だった。目的は芹様の封印というか利用する事だった。ところが霊力が馬鹿みたいに強かった芹様はあっという間に願い事神社として有名になる。恐らくその手助けをしていたのが小鳥遊の先祖なんだろう。芹様が有名になればなるほど封印して持ち帰る事が困難になるため、時宮は芹様に悪しき願い事を叶えさせた。それが村の半壊に繋がったって事か?」

「だと思います。その後土地神に時宮家は追い出されて芹山神社は一気に廃れていった。人が寄り付かなくなった神はいずれ荒御魂になるか消えてしまう。時宮が今回やってきたのは、もしかしたら芹様がもうすっかり力を失っているだろうと考えていたのかもしれません。自分たちが神社の所有権を放棄した事でそのまま廃神社になってるだろうって考えてたのかも」

「そんで弱った所を持ち去ろうとしたって事か?」

「はい……多分。ところが芹様は地元の人達の手によって辛うじて消えずにいた。そこへ私が固定資産税払ったものだから……」


 巫女になってからちょこちょこと神職について調べていたが、神様をどこか他所の場所へ移す儀式は結構あるらしいという事を知った。それを時宮家はしようとしていたのかもしれない。岐阜へ芹を運ぶために。


「だとしたら焦っただろうな。すっかり廃れて廃神社になってるだろうと思ってた神社が、もう一人の巫女の子孫の手に寄って復活しかかってんだから。しかも今の所有者はお前だろ?」

「はい」

「そりゃ色仕掛けでも何でもやってお前を追い出したかっただろうな」

「芹様は神社を守ったのは芹様と小鳥遊だって言ってました。きっと村が半壊した後も小鳥遊だけは芹様の元に居たんだと思います。だから芹様は私に良くしてくれるんですけど……」


 そこまで言って私は視線を伏せた。小鳥遊と芹の関係が私と芹の縁を繋いでくれたのだ。結局、私は芹にとっては小鳥遊の子孫の巫女でしかない。


「ふぅん。その小鳥遊って巫女はよほど優秀だったのか?」

「どうなんでしょう? ただ芹様のお気に入りだった事は間違いないと思います。芹様って寝ぼけて毎晩大蛇に変身するんですけど――」


 私の言葉に二条が引きつる。


「待て待て。それはそんなのほほんと話していて良い事なのか?」

「大丈夫です。ちゃんと夜は部屋の襖一面にべったり封印する為の御札が貼られているので」

「……お前、毎晩神様を封印してんのか?」

「流石に私はそんな事出来ませんよ! やってるのは神使の狐様たちです」


 この間その様子を見ることに成功したが、あれを毎晩やるのは大変だろうと思った私だ。頼まれたってしたくない。


「そうか……まぁいい。それで?」

「前にそれ知らなくてうっかり入っちゃった事があったんですよ。その時に大蛇に巻き付かれて絞め殺されそうになったんですけど――」

「すまん、もう一回待ってくれ。それ、本当に神様なんだよな?」

「神様ですってば! そりゃ私だって最初はこのまま封印した方が良いんじゃ? とは思いましたけど、普段の芹様は映画とだし巻き玉子が大好きな天然お兄さんなんです」

「……絶対に神様じゃないよな?」


 二条は何やら考え込むように頭を抱えていたが、やがて気を取り直したように顔を上げる。


「悪い。続けてくれ」

「はい。巻き付かれた時に私が咄嗟に名乗ると芹様の態度が一変したんですよ。小鳥遊って名前に反応して急にグリグリ頭こすりつけてきて。もう小鳥遊が可愛くて可愛くて仕方ないって感じでした」

「なるほど……で、お前のことはそいつの子孫だから可愛がってるって事か」

「多分?」


 だって私は巫女としては全然優秀じゃない。というか、そもそも巫女の仕事の何たるかを未だに理解していない。

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