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第80話『過保護な芹』

 そんな私に芹は何も言って来ないし、かなり自由にやらせてくれている。私のしている事が正しいのか正しくないのかは分からないが、芹は回復していると言うし、狐たちもそれで良いと言ってくれるのだ。


 だから余計に戸惑ってしまう。私の存在というのは、一体どこまで小鳥遊と区別されているのだろうか、と。


 もしも二条の言うように小鳥遊の子孫だから許されているのだとすれば、私は、彩葉という人間は、やはり誰からも必要とされていないのかもしれないと考えてしまうのだ。


 だから余計に村の人たちとの繋がりを大切にしたいと思っているのかもしれない。それは芹の為ではなく、伽椰子と同じように自分の為だ。


「私も本当は伽椰子さんと一緒なんですよね。結局、あそこを追い出されたらどこにも居場所が無くなってしまう。だから自分の為に芹様達を利用したようなものなんです」

「いや、お前それは――」

『まだそんな事を考えているのか、巫女は』

「ん?」


 何か二条の声では無い声が聞こえた気がする。ふと顔を上げると二条にも聞こえたのか、私と同じように周りを見渡していた。


『ここだ。詰めが甘いな』

「え、どこ……わぁぁぁぁ! いつの間に!?」


 声がした方を見ると私の手首にいつの間にか白い花のブレスレットが巻いてあった。慌ててそのブレスレットから手首を抜くと、あっという間に芹はその場で人の姿になる。


 そんな芹を見て普段何にも動じない二条が椅子からずり落ちた。


「え……ほんとだったのかよ……」

「あの時は世話になった。直接礼を言う機会はもうないかもしれないと思っていたが、巫女が私の事をお前に話したのならもう遠慮する事もあるまい。巫女を助けてやってくれてありがとう」

「あ、ああ……いや、こいつを助けといけないのはあんた、いや、芹様なんだけどな?」

「それはもちろんだ。だが、巫女はこの通り自分に自信が無いのだ。まだ小さな雛は今もずっと飛び立とうと懸命に羽を動かしているが、なかなか飛び立てずにいる。その相談にこれからも乗ってやってほしい」

「……芹様……」


 それは早く神社から飛び立てと言っているのだろうか? さらに孤独感に苛まれそうになったその時、ずり落ちていた二条が椅子に座りなおした。


「言われなくてもそれが俺の仕事だ。この歳の学生は皆そうだ。進路に迷い、将来に不安を覚える。それを導くのが俺達教師の仕事だよ。芹様に言われなくてもな」


 その言葉を聞いて芹は深く頷いて私の頭に手を置く。


「そうか。ではこれからも頼む。巫女、お前の空はお前がいつ飛び立っても良いように常に晴れ渡っている。思う存分悩むと良い」

「……はい」


 進路。そうだ。来年私は高校三年生になるのだ。巫女になってからというもの、あんなにも毎日目的も分からないままがむしゃらに勉強していた頃が懐かしい。


 ただ親の興味を引きたかっただけのあの頃、私は自分の人生を自分で決めるという選択を知らずにいた。


 それを教えてくれたのは芹だ。巫女になる事を強要されはしたが、私のしたいようにさせてくれていつでも飛び立て、それまでここに居て良いと言ってくれる。


 ジンとしつつ芹を見上げると、芹は感動する私を他所にさっきからしきりに辺りを見渡していた。


「芹様?」

「ここが教室か? 寺小屋の時とは違って今は個室で勉強をするのか……」

「ち、違いますよ! ここは保健室って言って学校で気分が悪くなった人たちが休む為のお部屋です!」

「ほう! 学校の中に病院があると言う事か。ではもしかして商店街のような物もあったりするのか?」

「規模は違いますけど、購買とかありますね」

「では食事処は?」

「食堂の事ですか? ありますよ」

「なんと! まさか神社なんかもあったりするのだろうか?」

「……ある訳ないじゃないですか。芹様、ここは村じゃないですからね?」

「……そうか」


 何故か神社がないと聞いてガッカリしている芹を見て二条は眼鏡を押し上げて頷く。


「本当だな。普段はただの天然なお兄さんなんだな、神様って」

「そうなんです。だから夜の芹様の所へ向かう時は皆、登山に行ってくるって言ってます。ほら、夜の登山は危険なので」


 呆れたような二条に私が答えると、二条は珍しく声を出して笑った。


「ふはっ! お前、登山て! まぁ山だもんな。なんだ楽しそうじゃねぇか。ま、何にしても安心した。で、芹様はこの後どうすんだ? 神社に1人で帰れんのか?」


 二条はまだ保健室の中を興味深げに見て回っている芹を見て小声でそんな事を尋ねてくる。


「どうなんでしょう? でも教室に連れてく訳にもいかないし……お迎えを呼びます」

「おお、そうしてくれ」


 私はすぐさまスマホを取り出して電話をしてみたが、聞き覚えのある着信音が芹の方から聞こえてくる。振り返ると芹がスマホを取り出して電話に出ているではないか。


「なんだ?」

「……先生、すみません。放課後まで芹様お願いします」

「……ああ」


 胃が痛い……前回とは違う問題の種に私は思わず眉間を揉んだ。

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