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第81話『放課後の約束』

 お昼休みが終わって放課後になるまで気が気じゃなかった。


 芹はああ見えて年齢的には相当なお爺ちゃんだ。現代の事をまるで知らないし、神様なので人間のルールも通用しない。悪い人ではないし無茶もたまにしか言わないが、いかんせんド天然である。


 放課後、私はクラスメイトに別れを告げて急いで保健室に向かった。


 またもや保健室の中から女の子が出てきたが、朝と昼の子たちに比べると何だかにこやかだ。


「凄いな……二条先生」


 一体どれだけモテるんだと思いつつ保健室に入ると、二条がくるりとこちらを振り向いた。その手首にはしっかりと白い花のブレスレットがついている。


「先生、ありがとうございました。芹様、帰りますよ」


 声をかけると、芹はすぐさま人の形になってこちらに歩いてきて振り返った。


「ああ。二条、世話になったな」

「ええ、本当に。もう二度と来ないでくれよ、頼むから。これ以上俺のイメージを壊さないでくれ」


 そう言って二条はついさっき白い花のブレスレットがあった場所を撫でる。


「もちろんだ。巫女の学び舎を一度見てみたかったのだ。生憎授業風景は見ることが出来なかったが、ここに二条という教師が居るという事が分かっただけでも僥倖だ。これからも巫女を頼む」

「はいはい、心得てますよ」


 お互い無表情ではあるがその口調はとても優しい。私の居ない間に友情でも芽生えたのだろうか? それは謎だがとりあえず白い花になった芹を胸元に挿すと、もう一度二条にお礼を言って保健室を後にした。


『巫女、帰る前に少し校舎を案内してくれないか?』

「良いですけど、夕飯の準備があるのでそんなに長居出来ませんよ?」

『ああ』


 芹に言われて私はまず芹が興味を持っていた購買と食堂を案内した。それが終わると今度は体育館へ行き、職員室へ行く。


『巫女の教室はどこだ?』

「えー! まだ誰か残ってるかもしれないのに嫌ですよ!」

『外から見るだけでいい』

「もー……ちょっとだけですからね!?」


 私はそう言って自分の教室を覗くと、そこにはまだ椋浦と細田が何やら楽しげに話し込んでいた。


「あれ? 彩葉じゃ~ん! どしたの? マッハで出てったのに!」

「忘れ物か~? あ! そういや彩葉クリスマス何か予定ある?」

「うん、ちょっと忘れ物。クリスマスの予定? まだ分かんないけど、どうして?」

「いやさ、うちらって彩葉繋がりで仲良くなったじゃん? だからどっか三人で遊び行きたいよな~って言っててさ! 『彩葉、全然遊んでないもんな……来年受験だし、今しかないこの貴重な時間を無駄にするとか勿体ないじゃん』」

「そうそう。私なんて彩葉と中学から一緒なのに遊びに行った事ないじゃんって。だからさ! 遊び行こうよ! で、晩ごはんは細田んちで焼き肉食べ放題しよ!『ていうか、今まで彩葉の事引き立て役とか思ってたんだよね……でもさ、彩葉ってさ、中学ん頃からこんな私でも仲良くしてくれてたんだよね……だからこないだ彩葉が倒れた時泣いちゃったんだろうな。怖かった。彩葉死んじゃったらどうしようって思っちゃった……今のうちに思い出いっぱい作っとかないと!』」


 二人の心の声に感動しながらも私は尋ねた。


「細田さんちって焼き肉屋さんなの?」

「うん! 食べ放題半額にしてくれるっておっさん言ってた!」

「おっさんって……もしかしてお父さんの事?」


 何だか口の悪い細田らしくて苦笑いすると、細田は人懐っこい顔で笑う。


『巫女、行ってくると良い。クリスマスとやらが何か分からないが、この娘たちの言う通り、お前の今の時間は貴重だ』


 まさかの芹の言葉に私はすぐさま頷いた。そんな私の反応を見て二人が喜ぶ。


「やった! じゃ決まりな! そのままうち泊まっていいからお泊りセット持ってきな」

「やったー! 肉食べ放題だよ、彩葉! めっちゃ食べようね!」

「うん!」


 友達と遊ぶのなんて何年振りだろう。嬉しくて満面の笑みを浮かべた私に二人が抱きついてくる。


 ホクホクした気持ちで電車を待っていると、それまで無言だった芹の声が聞こえてきた。


『巫女には良い友人が居るのだな』

「はい」


 心の声が聞こえだしてから一度は椋浦に幻滅しそうになったが、最近の椋浦の声はどれも透き通っている。もしも心の声が聞こえなかったら、きっと私は一生椋浦と今のような友人にはなれなかっただろう。


『伽椰子が言っていた通り、私はお前の時間を奪っているのかもしれないな』


 突然の芹の言葉に私は思わず息を呑んだ。何か言おうとする前に電車が到着してしまいそのまま何も話せなくなってしまう。


 やがて電車は最寄りの駅に到着して、その後バスに乗り換え次に私が口を開けたのはすっかり馴染んだバス停についた時だった。


 バス停についた途端、芹は人の姿に戻る。そんな芹の手を取って私は言った。

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