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第83話『サスペンスホラー』

 用事を全て済ませて皆がコタツに入ったのを確認すると、今日の映画担当ビャッコが慣れた手つきでスマホを操作して映画鑑賞が始まった。


 しばらくして――。


「ビャッコ、お前は一体どういう気持でこれを選んだんだ?」


 呆れたような口調の芹が、私の頭をさっきからずっと撫でてくれている。私はと言えば映画が開始して30分もしないうちに隣に座っていた芹に抱きつき、膝に乗り上げ、今は幼い子のように正面から抱きかかえられている。


「どういう気持と言われると困りますが、まだ見たことの無いジャンルで選んだのです。サスペンスホラーというジャンルです」

「見ろ。巫女がずっと震えているぞ」

「こ、怖い。テ、テンコ先輩、私の背中に張り付いてください。後ろが怖いです」

「は? さっきは僕達じゃ小さすぎるって言っただろ!?」

「ち、小さくても暖かい物が触れていたら大丈夫な気がします。それか芹様が蛇になって巻き付いてください。隙間なくびっちりと」

「絞め殺してしまいそうだから却下だ。もう止めるか?」


 芹の言葉を聞いてちらりと狐たちを見ると、二人は楽しそうに映画に見入っている。こんな二人の顔を見ると私のワガママで見たくないとは言えない。


「だ、大丈夫です。ひゃぁっ! なに? 何か出た!? 何の音!?」

「今のか? 今のは墓場を暴いていたら死んだと思っていた男が血まみれで主人公の後ろに居たというシーンだ」

「そ、そんな詳しく教えてくれなくていいです!」

「教えろと言うから教えたというのに……これが理不尽というやつか」


 呆れながらも芹は私の身体をずっと抱きしめてくれている。芹からする神社の匂いにやけに胸が騒ぐが、私はそれに気付かない振りをしていた。時折顔に当たる芹の長い髪がくすぐったい。


 やがて映画が終わると狐たちは早々に電気をつけて私の状態を見て呆れたような声で言う。


「おい、終わったぞ」

「いつまで芹様に跨っているのですか、はしたない」

「巫女は温い。もうずっとここに居てもいい」

「うぅ……音が怖かった……何だか曲も怖かった気がする……」

「巫女はどうやらお化けが苦手のようですね。そう言えば巫女、知っていましたか? 実はこの裏の畑には大昔に埋められたある男が居るのですよ」

「と、突然何の話ですか?」

「この神社の歴史の話です。その男は罪人で生き埋めにされたのですが、それを恨んで夜な夜なこの本殿の周りをぐるぐると――」


 声のトーンを落としてそんな事を言い出すビャッコに私はさらに芹に強く抱きついた。そしてこんな時に限って……。


「あの……誰か、お手洗いについてきてください……」

「はあ!? 僕は嫌だぞ! 寒いのに部屋出たくない!」

「ではウチが――」

「あ、ビャッコ先輩以外でお願いします」

「仕方ない。私が行くか。ほら、行くぞ巫女」

「うぅ……すみません、芹様」


 もしもここに伽椰子が居たら発狂しそうな事をしているが、怖いものは仕方ない。ここで粗相をするよりはマシだ。


 芹に手を引かれて本殿を歩くが、芹は足音が一切しない。よく考えれば芹も神様というポジションではあるが、お化けみたいな物だという事に私は気づいてしまった。


「た、小鳥遊にもこんな事してましたか?」


 怖いことを考えまいとして咄嗟に話し出した私を芹が振り返る。


「突然なんだ」

「いや、ふと思っただけです。あと芹様、もう少し大地を踏みしめて歩いてください」


 私の分の足音しか無いのが怖いのだ。きっとそう。


「これ以上どう踏みしめるのだ。それから小鳥遊の手洗いに付き合った事など無いな。そもそも小鳥遊が私を頼ってきた事などただの一度も無い。ついでに言うと小鳥遊の血縁者も何人か知っているが、年々その力は薄れ、とうとう私にも探せなくなってしまった」


 それを聞いて私はふと顔を上げると、芹は少しだけ眉根を寄せている。


「そうなんですか?」

「ああ。お前がやってきた時も巫女の力は強いがどこの系譜かが分からなかったんだ。だから名字が同じだけの別の系統の可能性もある」

「だったらどうして確信もないのに私をここに置いてくれてるんですか?」


 芹は私を小鳥遊の子孫だからここに住んでも良いと思っているのだと思っていたが、本当は違うのだろうか?


 不思議に思って尋ねると、芹もまた首を傾げた。


「何故だろうな。巫女の力を初めて貰った時、酷く懐かしい気持ちになった。確かに小鳥遊には思い入れがある。私がこの村を半壊させても私の元に残ったのは小鳥遊だけだったからな。私はお前と小鳥遊に様々な共通点を見つけた。だから勝手にそう思い込もうとしていたに過ぎない。だが今日二条と話をしていてそれを改めようと思ったのだ」

「先生と何をお話ししたんですか?」

「お前自身を見てやれと言われた。小鳥遊と彩葉は別人だと」

「先生……」


 あの時そんな話をしていたのか。私が目を丸くして芹を見上げると、芹はこちらを見下ろしてじっと私の目を見つめてくる。


「小鳥遊はもうとうの昔に死んでいる。だが、彩葉は今ここに生きている。怖い映画を見て私にしがみつき、心許ないので手洗いに付き合えと言う。なるほど、お前たちはまるで別人だ」

「すみません……怖がりで」

「別に責めてはいない。二条の言う通りだなと思っただけだ。お前は小鳥遊の血筋ではないかもしれない。けれど、小鳥遊のような力と心根を持ち、私と村を繋いでくれようとする。だからここに置いている。本当は小鳥遊の子孫かどうかなど、もうどうでもいい。さっきお前が幸せだと言った時、私は胸の中が痺れるような疼くような不思議な感覚がした。それはとても心地よかった。これは小鳥遊が居た時にも感じた事の無い感覚だ。しいて言えば狐たちを拾った時によく似ている」


 その言葉に胸が詰まる。そうか、芹はもう私の事を小鳥遊と比べてはいないのか。それでもここに置いてくれているのか。


 そう思うと少しだけ自信が持てた気がした。それと同時に何か甘い物が心の中に染み渡っていく――。

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