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第86話『謎の金髪』

 クリスマスが終わり境内と本殿の大掃除があらかた終わった頃、お正月の準備の為に私達はそれぞれの役割をこなすべく村に下りてきていた。


『巫女は土地神様に挨拶に行ってきてくれよ。僕達はあの神とは相性悪いんだ。ていうか、はっきり言って苦手なんだ』


 テンコはそう言って私にチラシを一枚手渡してきた。苦手だと言う割にちゃんと招待しようとするあたり、狐達はやはり立派な神使だ。


 村の外れまでやってくると芹山神社とは比べ物にならない程立派な、土地神を祀る神社の鳥居をくぐって境内に足を踏み入れる。


 純粋な広さで言えば芹の神社の方が大きい気がするが、こちらの方がはるかに立派だ。


「社務所に預けとけって事なのかな」


 渡されたチラシに視線を落として私が社務所に向かっていると、前方に金髪の男性が蹲っているのが見えた。


「どうかされましたか!?」


 どこか具合が悪いのかと思って思わず駆け寄ると、男性はふとこちらを振り返った。その顔は芹に負けず劣らず美しい。


 男性はしばらく私を見つめていたけれど、ふと優しげな笑みを浮かべる。


「ああ、ごめんごめん。勘違いさせてしまったね。大丈夫、どこも具合悪くないよ。ところで君は――」


 それを聞いて安心した私は胸を撫で下ろして簡単な自己紹介をする。


「すみません、早とちりでした。私は芹山神社で巫女をやってます。小鳥遊彩葉と言います」

「ああ、そうだそうだ! 芹の巫女さんだ」


 男性の言葉を聞いて私はゴクリと息を呑んだ。芹の事を呼び捨てにする人に初めて会ったのだ。その瞬間、頭の中にある考えが過る。


「えっと、あなたは……」

「シンだよ。一応、ここで神様やってます。前に挨拶に来てくれたんだよね? 僕は生憎留守だったんだけど」

「!」


 何となくしていた嫌な予感は、どうやらばっちり当たってしまったようだ。思わず息を呑んだ私を見てシンは目を細めて微笑む。


「びっくりした?」

「は、はい」

「僕もびっくりした。だって普通に声かけてくるんだもん。君は力が強いね。どこの系譜?」

「い、一応、小鳥遊じゃないかって言われてます……」

「なるほど。まぁ芹がそう云うのならそうなのかもね。お茶飲む?」

「えっと、今日はこれを渡しに来ただけなので」


 そう言って私は鞄の中からチラシを取り出してシンに渡した。


 それを受け取ったシンは興味深げにチラシを眺めている。


「正月か~。うちも色々やるから僕は参加出来ないかもしれないな。でも非番の人たちは行きたいかもだから社務所に届けておくよ」

「あ、ありがとうございます」


 ここでは神様自らがそんな事をするのかと驚愕していると、私の考えを読んだかのようにシンが笑う。


「普段はこんな事しないよ! ただ僕が見える人は稀だからさ。久しぶりに人間と話したな」

「巫女さんとお話しされないんですか?」

「巫女と? しないよ。そもそも彼女たちに僕は見えないからね。宮司もそう。やっぱり時宮の血はもう駄目だ」

「時宮の方達なんですか!?」


 もうこの村に時宮は居ないとばかり思っていた私が目を丸くすると、シンは人懐っこい笑顔を浮かべて頷く。


「分家だけどね。本家はほら、昔僕が追い出しちゃったから」


 軽いノリでとんでもない事をさらりと言ってのけたシンを見上げると、シンは興味深そうに私を見下ろしてくる。


「本家と言えば君達は伽椰子から力を奪ったんだよね?」

「あ……はい。結果的にはそうなってしまいました……」

「どうしてそんな顔するの? あいつらのした事芹に聞いてない?」


 不思議そうにそんな事を尋ねてくるシンに私は言う。


「芹様は所々記憶を失ってしまってるみたいなんです。それに色々と思う所があるようなので、あまり根掘り葉掘り聞いたりはしていません」

「ふぅん。好奇心旺盛なのが人間だと思ってたけど、君は慎重派だね。ここじゃ何だからもう少し話し相手になってよ! 芹には僕から連絡を入れておくから。ね?」

「え、えっと……は、はい」


 シンは言わば芹の親だ。これは無碍に断る訳にはいかないかもしれない。仕方がないので私は大人しくシンの後に付き従った。


 シンは私を従えて堂々と本殿に入ろうとするが、私はいつもの癖で普通に本殿に上がり込もうとしてハッと足を止める。


「す、すみません、土地神様! 私、一般人なのですが本殿にのこのこと上がり込んでも良いのでしょうか?」

「ん? ああ、そうだった、そうだった」


 シンはそう言っておもむろに私の頭に手を当てた。するとその瞬間、何か暖かい膜のような物に覆われる感覚がする。


「はい、これで大丈夫。君はもうここを出るまで誰にも見えないよ」

「あ、ありがとうございます」


 こんな事まで出来るのか、シンは。そんな事を考えながら本殿に入ると、そこはまるで異世界だった――。

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