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第87話『芹も知らない話』

「す、凄いですね……」


 芹山神社の本殿とのあまりの違いに思わず私がポカンしていると、シンはそんな私を見て笑う。


「芹の所は相変わらず殺風景なの?」

「はい……辛うじて最近は私が持ち込んだ家電が置いてあるぐらいです」


 本殿に入るとそこはまるでだだっ広いお金持ちのリビングのようだった。一枚板で出来た大きなテーブルの上にはワイングラスと難しそうな本がいくつか置いてある。なんて言うか、とても豪華だ。


「こ、これは宮司さん達がされたんですか?」

「いや? あ、そっか。本殿とここは入口が同じなだけで違う空間なんだよ。今君がいるのは神の領域だ。それこそ普通の人間には入る事も見ることも出来ない」

「え!?」


 神の領域と聞いて私はギョッとした。そんな所に本当に上がり込んで良かったのだろうか。背中を冷たい物が流れていくが、そんな私をシンは興味深そうに上から下までじろじろと観察するように眺めてくる。


「小鳥遊にもこの部屋は見ることが出来なかった。力というのは相性があるんだ。この部屋を見ることが出来た君は僕ととても相性が良いみたいだ」

「相性……」

「そう、相性。さて、何か飲む? 大丈夫だよ。昔話みたいにここで出された物を飲んだら人間の世界に帰れなくなるとかないから。とりあえず座りなよ」

「は、はぁ……」


 何と言うか、テンコが苦手だと言っていたのが分かる気がする。


 私はとりあえず言われるがまま高級そうなソファに腰掛けると、一匹の蛇がお茶を持ってやって来た。


「どうぞ、シン様のお客様」

「あ、ありがとうございます」


 神使なのだろうか? 蛇は器用に首に湯呑みを巻き付けて私の前に置いてくれる。熱くないのだろうか。


「可愛いでしょ? うちの神使」

「はい」


 元々は大の苦手だった蛇だが、ちょくちょく芹の蛇化を見ているうちに何だか慣れてきてしまった。そんな私を見てシンが肩を竦めて微笑む。


「さて、良い機会だ。お兄さんが少し昔話をしてあげよう」

「昔話、ですか?」

「そう。昔話」


 満面の笑みでそんな事を言うシンが怖くて私は思わず首を振った。


「あ、いえ。私本当に急いでるので。お茶だけ頂いたらすぐに帰ります」

「大丈夫。ここは時間が流れない。だからここで僕が何時間、何十時間、何千時間話しても、君がここを出たら元の時間だよ」

「……」


 それは凄い。凄いが、私は一分でも一秒でも早く帰りたい。


 そんな事を考えつつ私は首を振ろうとしたが、シンの頭にうっすらと角が見えて息を呑む。


 神の機嫌を損ねるのは止めておいた方が良いと本能が囁いてきたのだ。そんな私の態度にシンは笑みを浮かべた。


「良い子だね。まず初めに実は小鳥遊も元は時宮の人間だったんだよ」

「へ?」

「分家だけどね。だからここに居る人達は皆、今は小鳥遊なんだ」

「……そう……なんですか?」


 まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。私が唖然としていると、シンはおかしそうに肩を揺らす。


「実はそうなんだ。小鳥遊という巫女は時宮の分家の娘だったんだよ。時宮家は岐阜の名家だ。古くからシャーマンを生業としていて神に最も近い存在だった。そんな彼らは名もなき村のとある霊山に目をつけた。それが芹山だ」


 シンの話に私は息を呑む。この話を芹は知っているのだろうか?


「あの……このお話、芹様は……」

「知らないね。話したかったら話しても構わないよ。彼は山だ。人の心を理解しない」


 あまりにも酷い言い草に思わずシンを睨みつけてしまう。そんな私の視線を受けてシンは怒るでもなく、ただ笑った。


「続き、聞く?」

「……聞きます。芹様に話すかどうかは……分かりませんけど」


 芹を傷つけたくない。あの人はもう十分に悩み、傷ついたのだから。


 そんな私を見てシンは少しだけ笑顔を消して頷く。


「彼らはここへやって来て早々芹山に祠を建てた。岐阜の土地神から話は聞いていたけれど、この僕に挨拶もなくそんな事をし始めた彼らを罰するために、僕は芹に大蛇の姿を与えたんだ。そうしたら彼らはその大蛇を祀り始めてね」

「え? もしかして土地神様は芹様に一時だけ大蛇の姿を与えたって事ですか?」

「そうだよ。僕は元々芹を神にするつもりなんて無かった。ただ時宮を脅してこの村から追い出そうと思っていただけだ。ところが時宮はそれを逆手にとったんだよ。まぁ人間の欲を甘く見ていた僕の落ち度だね。この村の人間は君も知っての通り皆気の良い奴らばかりだ。だからそれに慣れちゃってたんだなぁ」


 何かを思い出すようにシンが苦笑いを浮かべる。


 何だか思っていたよりも芹が今の状態になったのは複雑のようだ。

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