目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第88話『昔話』

 シンはそれから懐かしむような怒りを堪えたような複雑な表情で語り始めた。


「芹は時宮に言われるがまま人々の願いを叶え続けた。時宮の目的は芹の力が最大限にまで膨れ上がったら、芹をこの地から連れ去る事だった。けれど彼らのしている事は神を無理やりこの土地から引き剥がそうとしているに過ぎない。それに気づいたのが時宮の分家だ。その頃になると時宮は村から生贄を芹に捧げるよう言い出した。これが彼らの手口でね、要は彼らは芹を無理やり神堕ちさせて封印し、持ち帰ろうとしてた訳だ。生贄で力を得た神は遅かれ早かれ神堕ちする。ま、芹は生贄を不味いって言って食べなかったんだけどさ。そこで小鳥遊は出自を偽って芹の所に生贄として潜り込み、どうにか芹を食い止めようとした。小鳥遊も時宮の人間だ。力も強かった。ただ一つ時宮と違ったのは心根だ。彼女は芹の事を心の底から心配していた。芹はあの通り昔から変わらない。純粋で素直だ。そんな芹を見ているうちに小鳥遊は時宮の目的を阻止する為ではなくて、ただ芹の側に居たいと願うようになった」


 その時の情景を私は思い描いた。小鳥遊の気持ちが今の私には痛い程よく分かるからだ。そんな私の心を見透かすようにシンが言う。


「人の願いが一番強いのはどんな時だと思う?」

「それは……その人によって何を重要視しているかによって違うかと……」


 私の答えにシンは一瞬ポカンとしたかと思うと、次の瞬間には声を出して笑い出す。


「確かにその通りだ。お金に執着してる人の願いは金塗れだからね。ごめん、それじゃあ伽椰子のような人だとどんな願いが強いと思う?」

「伽椰子さんですか? 伽椰子さんなら愛とかですか?」


 伽椰子は芹を好きだった。それは心の声が物語っていた。


「そう。愛だ。根本はね。でも行き過ぎた愛情は執着に姿を変える。相手を手に入れ、支配したいと考えるようになる。小鳥遊もそうだったんだよ」

「え?」


 小鳥遊が? 伽椰子のようになったという事なのだろうか? 


 思わず青ざめた私を見てシンが頷く。


「君の考えている通りだ。小鳥遊は伽椰子のようになってしまった。そしてあの悲劇が起きたんだ。時宮の本家に伝わっている話では、大蛇を封印しようとしていたのをある巫女が邪魔をしたから村は半壊したと言われているけど、それはあながち間違ってはいない。あの時、僕は神在祭に呼ばれていてここには居なかった。そこを時宮に突かれた。その頃の芹の力は相当で、どんな願いでも叶える事が出来た。だから時宮は本家から人を呼び寄せてひたすら悪しき願いを芹に叶えさせたんだ。そうする事で芹の力をさらに高めようとした。もちろん小鳥遊は止めていたんだよ? それは叶えてはいけない。誰かが犠牲になる願いは正しくない、と。ところがさっきも言ったように小鳥遊はそんな子どもみたいに無垢な芹にどんどん懸想するようになってしまった。そしてとうとう、小鳥遊の声が芹に聞こえてしまったんだ」

「それって……」


 芹は言っていた。巫女の心の声が聞こえた時。それは巫女が力を自分の為に使おうとした時だと。そして心の声が聞こえた途端、巫女はその力を失うのだと。


 言葉を飲み込んだ私をじっと見つめていたシンは、ただ静かに頷く。


「その怒りが芹を荒御魂に変えかけて村を半壊してしまったんだよ。芹は愛情を知らない。ずっと信じていた巫女が芹の為ではなく自分の為に力を使おうとした事に酷く怒った。けれど小鳥遊はそれでも芹の側を離れなかった。その後、時宮は分家を責め続けた。芹が村を半壊させた事で貯めていた力を一気に解放してしまったから、裏切り者のレッテルを貼られてしまったんだよ。それからしばらくして芹がね、僕の所に頭を下げにやってきたんだ。記憶を奪う方法を教えてくれ、と。何をするのか聞いても芹は答えなかった。その後、芹は彼女の記憶を奪い小鳥遊という名を与えて解放した」


 そこまで言ってシンは視線を伏せた。そんなシンを見て私は言う。


「土地神様、多分それは違うと思います」

「ん?」

「小鳥遊の心の声が聞こえた時、芹様は怒ったのではありません。多分、戸惑ったんだと思います」


 芹はそんな事で怒るような神ではない。当時の芹の事は知らないが、芹はそんな事で荒御魂に落ちるような神ではない。


 私の言葉にシンは眉根を寄せるが、私は小さく深呼吸をして言う。


「芹様が村を半壊にまで追い込んだのは芹様自身です。小鳥遊の声を聞き、自分にはその願いを叶えてやる事が出来ないと悟り自分自身に失望したのではないでしょうか。芹様がその後も小鳥遊を追い出さなかったのは、芹様も小鳥遊を思っていたからです。それがどんな類の愛情だったのかは分かりませんが、でも結局それが小鳥遊をさらに追い詰めた。だから芹様は小鳥遊の記憶を消して名前を与えて逃がしたんですよ。多分、その時に自分の記憶の一部も消しちゃったんじゃないでしょうか……」


 その時の芹の心境など、いくら私が考えても分からない。


 それでもそれは違うと何故かはっきりと思えた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?