シンは視線を伏せた私の顔を、身を乗り出して覗き込んできた。
「どうしてそう思う?」
「だって芹様が怒ったのであればその場で伽椰子さんや私の親戚のように追い出したはずです。でもそれをしなかった。その時の事を芹様は今でも言うんです。小鳥遊だけはずっと側に居てくれたって。芹様は小鳥遊を本当は放したくなかった。ずっと側に置いておきたかった。でもそれは小鳥遊の為にはならなかった。だから今度は天敵の居ない所で幸せになれるようにって願いを込めて小鳥遊だなんて名前を与えて逃がしたんだと思います。だって蛇は小鳥の天敵ですから」
小鳥遊という名前にはきっと、もう自分には近づくなという意味合いも込められていたのではないだろうか。
私の言葉にシンは口元に手を当てて考え込む。
「君はそう思うんだ?」
「はい。私が芹様と一緒に居た時間なんてほんの数ヶ月程度ですが、それでも分かります。芹様がどれだけ愛情深い神様なのかが。それに芹様は以前はっきりと言い切ったんです。この神社に住めるのは、自分と神使と小鳥遊の子孫だけだって。それは芹様が今もずっと小鳥遊の血脈の幸せを願っているからですよね?」
私の事を雛にたとえて、飛び立てるまでいつまでも居れば良いと言ってくれたのは芹だ。そんな芹が小鳥遊の事を巫女ではなくなったからと言って追い出したとは思えない。
「そうか……芹は長い年月の中で色んな事を学んだのかな。その後の話をしようか。その後、僕は小鳥遊をここで保護した。芹にはバレないようにこっそりとね。もちろん他の分家の人たちもだ。それから本家の人間達をこの土地から追い出して分家の中から選んだ人間にあの神社を守らせたんだ。そして芹にもう人の願いは叶えるなと忠告した。そうしたらあっという間に廃れてしまった挙げ句、また時宮が動き出したって情報が入って、これはいけないと思って社務所を焼いたんだよ」
そこまで聞いて私はギョッとした。
「しゃ、社務所を焼いたのは土地神様だったのですか!?」
思わず声を上げた私にシンは笑顔で頷く。
「うん。時宮の名義なのを良い事にまた悪用されそうだったから、時宮に天罰が下ったって感じにしてあの神社の名義を時宮から小鳥遊に変えたんだ。そうして君が継ぐことになった訳だ」
「それってやっぱり私は小鳥遊の子孫だって事ですか?」
「ううん、違う。あの小鳥遊は生涯独身だったから」
「ええ!?」
それはもう完全に私は小鳥遊の子孫ではないではないか!
思わず青ざめた私にシンが笑いながら言う。
「あの小鳥遊の子孫ではないってだけだよ。名義を小鳥遊に変えた時に分家の人間に時宮の名前を捨てさせたんだ。つまり君は時宮の分家の子孫かもって事」
「……」
多分、私は相当嫌そうな顔をしていたのだろう。私の顔を見てシンが吹き出した。
「嫌そうな顔だな! でも分家の人間は皆、小鳥遊のような者ばかりだったから安心してよ。本家の人間と違って分家の力は癒やしだ。誰かに寄り添い、他者の事ばかりに心を砕くような人たちばかりだった。君のように」
「私は……私は全部自分の為ですよ。いつ心の声が芹様に聞こえるか分かりません」
そんな私の言葉を聞いてシンが声を上げて笑う。
「はは! ねぇ、神に好かれる人間ってどんな人間だか分かる?」
「それは……優しい人とか正しい人とかですか?」
私の答えにシンは笑顔で首を振った。
「素直な人だよ。良くも悪くも素直な人間が僕達は大好きだ。そういう人たちは心に声を持たない。裏表が無く、いつも何かに一生懸命。神はそう言う人達に惹かれるんだよ。シャーマンの血筋の人たちはそれに長けている人が多いってだけだ。時宮だって昔はあんなじゃなかった。あとは天野とかね」
「そうなんですか?」
天野? 初めて聞く名前だけれど、今は芹の話の方が重要だ。
首を傾げた私にシンは頷く。
「うん。だから芹は君を側に置いてるんだ。血筋も多少あるのかもしれないけれど、芹は君だから側に置いてる」
「……だとしたら嬉しいですね」
思わず俯いて微笑んだ私の頭を不意にシンが撫でた。
「そうだよ。ねぇ彩葉、ありがとう」
突然名前を呼ばれて私がハッとして顔を上げると、シンは今までの笑顔とは全く違う、とても優しい笑顔を浮かべている。
「な、なんでお礼……」
「嬉しかったからだよ。芹の事をそんな風に言ってくれてありがとう。さっきはあんな事言ったけど、本当は僕も彩葉の言う通りだと思うよ。芹の所に巫女が戻ったと聞いて僕はしばらく様子を見ていた。そうしたらね、氏子達が何故か君の幸せを願いに来るようになったんだ。どういう事かと思ってうちの子達を使って見ていたら、君は芹に加護を貰って自分で皆の願いを叶え始めた。驚いたよ。だってそれは巫女の仕事じゃない。それに芹は僕との約束も守っていた。自分では願いを叶えず、君に適度に手を貸していただけだ。神の代わりに自分の出来る範囲で人の願いを叶える巫女を僕は初めて見た。だから今日、ここに呼んだんだ。芹の神使に頼んで」
「えっ!? じゃ、じゃあテンコ先輩が言ってたのは嘘なんですか!?」
「何て言ってたの?」
「え、その、土地神様が苦手だって……その……ご、ごめんなさい!」
咄嗟に嘘がつけなくて思わず本当の事を言ってしまった私を見てまたシンは笑う。