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第90話『揃ってお迎え』

 バカ正直に答えてしまった私を見てシンはまだ笑っている。


「いや、それは嘘じゃないよ。あの二人は昔から芹一筋なんだ。物凄く力のある二人なんだけどね」

「……そうなんですか?」

「そうだよ。天狐は千年生きた九尾の狐だし、白狐は幸運を運ぶ狐達のトップだ。あの二人を自分の神使にと望む神は多いけど、あの二人はあの通り今の生活が随分と気に入ってる」

「そ、そうなんですか……」


 普段はイタズラばかりする二人だが、実はそんな凄い二人だったのか。


「ははは、まぁそうは見えないよね。でもああ見えてあの二人は姿を持った芹よりも長生きなんだよ。あんな子どもの姿をしていてもね。あの子たちは普段どんな生活をしているの?」

「先輩たちは毎日あの姿で皆にお菓子を貰うんです……おかわり滅茶苦茶するし、たまに芹様のおかずまで取ろうとして……でも、そうだったんですね。何かあの二人の傍若無人さに納得しました」


 芹よりも長生きなのか。二人の芹に対する口調は一見敬っているように見えるものの、たまに芹をないがしろに扱う事もある。それはそういう事だったのか。1人納得していると、私の言葉にシンが息を呑んだ。


「待って、どういう事? 芹のおかずを取る? 芹は君たちと食事をしているの?」

「はい。芹様の好物はだし巻き玉子です。あとなめこのお味噌汁とかミートスパゲティとかハンバーグとか――」


 指折り数えて芹の好きな食べ物を上げると、シンは驚いたように目を丸くして私の顔を凝視してくる。


「そうか……芹はとうとう食事を覚えたか……そっか。ねぇ、他にも芹の話を教えてよ。僕が連絡をしてもいつも自分の事は何も教えてくれないんだ。君や神使の話ばかりで」

「そうなんですか? 最近の芹様は映画にハマってますね。サブスクに入って毎週末に皆で映画見てそれから――」


 私はシンに芹の事を沢山話した。何だか嬉しかったのだ。芹の事を誰かにこんな風に話したかったのかもしれない。こんな事では本当にいつか私の心の声も芹に届いてしまいそうだ。


 私の話を聞き終えたシンは、優しい笑顔を浮かべて言った。


「芹はどうやら僕も知らない間に随分と成長していたようだ。やっぱり僕は君に感謝しないといけないな。君はとても優秀な巫女だ。だからこそ期待している。君に」

「だと良いんですけど……」


 苦笑いを浮かべた私を見てもシンはただ優しく微笑んだだけだ。


 それから私はその後少しだけシンに聞かれて自分の話をして、お菓子までご馳走になってシンの本殿を出た。


「おや、揃ってお迎えのようだ」

「え?」


 シンに言われて顔を上げると、そこには眉根を寄せる芹とあからさまに毛を逆立てる狐の二人がいる。そんな三人を見てシンは腕を組んで小さな声で言う。


「これは怖い。どうやら僕が君を神の領域に閉じ込めていた事に気づいたみたいだ」

「え? 連絡してくれたんじゃないんですか?」

「いいや? どんな反応をするのかなと思って言わなかった」

「ええ!?」


 時間は進まないとシンは言っていたが、芹達にはやはり分かってしまうようだ。


 芹は怖い顔をして近づいてきたかと思うと、私達が何か言う前に腕を引かれて背中に押し込まれた。


「巫女、こちらへ。土地神、どういうつもりだ?」

「ただの挨拶だよ。あ、そうだ。これ楽しそうだね。必ず参加するよ」


 そう言ってシンが取り出したのは新年会のチラシだ。それに気づいて私は芹の背中から頭を出す。


「え? でもさっきここでも行事があるからって――」

「気が変わった。僕はもっと彩葉と話がしたい」


 ニコッと笑ったシンを見て芹が私を掴んでいた腕に力を込める。


「何故あなたが巫女を呼び捨てにする?」

「だって僕の巫女じゃないし、かと言って小鳥遊という名は君が与えた少女の名だ。彼女には彩葉という彼女だけの名前がある。ていうか、そう呼ぶしかなくない?」


 シンの言葉を聞いて芹の手にピクリと力がこもった。顔を上げると何故か芹の頭にはうっすらと角が見えている。


「……帰るぞ、お前たち」


 芹はそう言って私の手を乱暴に引いて歩き出した。それに続いて狐たちも人の姿に戻って私の背中を押してくる。


「えっと、お茶とお菓子ごちそうさまでした、土地神様! 新年会、お待ちしております!」


 流石に失礼が過ぎるので振り返って言うと、シンは笑いながら手を振ってくれた。最初は何だか計り知れなくて怖い神様だと思っていたけれど、どうやらただ芹が大好きな神様だったようだ。


 境内を出てしばらくすると、ようやく芹の手から力が抜けた。それと同時にくるりとこちらを振り返る。


「巫女、約束しろ。もう二度と土地神に近づくな。声をかけられても無視をしろ。良いな?」

「む、無理ですよ! 相手神様ですよ!?」


 一介の人間に神様を無視するだなんて事出来る訳がない。私の答えを聞いて芹が睨みつけてきた。

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