こちらを見下ろす芹の視線は冷たいが、いくら芹の頼みでもそれは出来ない。
「何故だ。巫女は私の巫女だろう?」
「そうですけど、土地神様は芹様の親みたいなものじゃないですか。そんな方に嫌われたくないです」
「何故」
「嫌ですよ。だって大切な方の親なんだから……無下になんて出来ません」
「……そうか」
私の言葉を聞いて芹は黙り込んだ。気がつけば芹の頭の角は消えている。
「芹様、私は芹様の巫女です。だから芹様が大事にしてる人たちは助けたいし、芹様の事を大切に思っている方も大切にしたいです。芹様もそうでしょう?」
芹も分かっているはずだ。シンが芹の事を思っている事を。
その言葉に芹は小さな息を吐いて頷く。
「ああ……そうだな。それから伽椰子の名前の事でお前が拗ねていたのはこういう感情だったのかと理解した。すまなかった。彩葉」
あまりにも突然の名前呼びに私は思わず芹を見上げた。
「ど、どうしたんですか? 急に。良いですよ、巫女で」
「いいや、これからは名で呼ぶ。考えてみれば巫女というのはただの役職に過ぎない。それに土地神の言うように小鳥遊もお前だけの名前ではない。お前は私の彩葉だ。そうだろう?」
「は……はい」
その言葉に私は自分の顔に全ての熱が集まるのを感じた。こんな事を言われて赤くならないはずがない。芹はきっと無自覚に思った事を言っただけなのだろうが、それは芹への気持ちに何となく気づいてしまった私にはあまりにも毒だ。いつか本当に私も小鳥遊のようになってしまうかもしれない。
悩みの種がまた一つ増えてため息を落とすと、下から狐たちが私に向かって怒鳴りつけてきた。
「おい巫女! お前が全然戻って来ないから心配したんだぞ!」
「全くです! どこで道草を食っているのかと思い気配を辿ってみたら!」
「まさか土地神の領域に居るだなんて! で、中はどうなっていた?」
「へ?」
怒っていたと思ったら突然目を輝かせだしたテンコに思わず首を傾げると、狐たちはソワソワした様子でこちらを見上げてくる。
「中ですか? 中は映画に出てきたマフィアのボスの部屋のようになっていました」
「バ、バスローブだったという事か!?」
「いえ! 服装はあの通りでしたけど、ワインと大きな水槽と難しそうな本、それから絨毯は深紅でフカフカでした」
最近見た映画を思い出しているのか、テンコはそれを聞いて腕を組んでしきりに頷いている。一方ビャッコはと言えば。
「マフィアのボスの部屋ですか。芹様、力も回復してきた事です。そろそろお部屋を創りましょう。このままでは土地神に舐められっぱなしですよ」
「別に今のままでも私は構わないが」
「ウチ達はかまいます! ウチだってワイングラスを片手に猫を撫でてみたいのです!」
いや、それはどうだろう。果たして狐のビャッコに猫が撫でさせてくれるだろうか。
しかしこの二人が実はそんなにも凄い神使だったとは夢にも思っていなかった。私は二人を見下ろして問いかける。
「お二人とも今日の夕飯は何が良いですか?」
「ん? そうだな。あ! エビの天ぷらはどうだ!? 昨日拓海が持ってきてくれただろ!」
「良いですね! ウチは揚げ物の素晴らしさにようやく気づいてしまいました。唐揚げ、コロッケ、天ぷら、揚げだし豆腐」
最後のは少し違う気もするが私が頷くと、私の手を握っていた芹の手に力がこもった。
「彩葉、私には聞かないのか?」
何だかいつも以上に冷たい声の芹を見上げると、何故か芹の眉根にシワが寄っている。
「芹様は昼食の時に夕飯は温かい蕎麦が食べたいって言ってたじゃないですか。だから今日は天ぷら蕎麦ですね!」
それを聞いて芹の眉間のシワは一瞬で消え、何故かうっすらと輝いている。
「私の希望を元に考えたという事か?」
「そりゃそうですよ。だって芹様が神様なんですから。そうですよね? 先輩方」
私の質問に狐たちもコクリと頷く。それを見て芹は満足げに頷いて白い花になる。
『ついでだ。このまま買い物へ向かうぞ』
「え、はい」
買い物を済ませて参道を登り本殿に戻ろうとすると、芹が私の手を引いて参道のさらに上まで登ろうとした。そんな芹の心情を察したのか狐達が荷物を私から奪って本殿に戻っていく。
参道の一番上まで登ると、そこには展望台のような少し拓けた場所がある。
「ここ良いですよね。村が全部見えるんですね」
景色を見下ろしながら言うと、芹も隣でどこか嬉しげな声で言う。
「ああ。巫女はまだ知らないだろうが、春になるとこの山は花に溢れる。昔の私はそれが誇りだった。人を寄せ付けず開拓もさせず、ただこの山を守り続けていたんだ」
「開拓されそうだったんですか?」
それは初耳だ。驚いて芹を見上げると、芹は腕を組んだまま頷く。