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第92話『体の不調』

「あれは戦争が終わってしばらくした頃だっただろうか。どこからともなく芹山を開発してここにりぞーとなんちゃらを建てるという話が出たんだ」

「神社があるのに?」

「ああ。この神社はその頃にはもうほぼ廃神社でな。宮司もいなければ巫女も居なかった。それを食い止めてくれたのが村人達だ。私の麓に昼夜問わずに座り込み、皆で業者に抗議をしてくれたのだ。私が昔この村にした酷い仕打ちを忘れた訳ではないだろうに、それでも私を守ってくれた。私は土地神に人の願いを叶えるなと言われていたが、その時だけはその約束を破り、この山を開拓しようとしている人間の枕元に立ち脅してまわったのだ」


 途中まで何て良い話だろうと思って聞いていたら、何だか最後は怖い話になっている。


「そ、そんな事をしたんですか……?」

「ああ。狐達と共に毎晩な。怪我をさせたり殺してしまうのは私の流儀ではない。だから夢枕という方法を取った訳だが、そのうち余計にこの山は祟られているという噂が流れてしまってな……」


 そこまで言って芹は視線を伏せたのだが、私はそれを聞いて失礼だとは思いながらも笑ってしまった。


「何故笑う」


 不服そうな芹の反応がおかしくてさらに声を上げて笑うと、芹は眉根を寄せて私を覗き込んでくる。


「や、だって夢枕に立つって言う発想がもう、何ていうか芹様だなって。ちょっとズレてるけど相変わらず優しいなって」

「優しい? 私が?」

「はい。芹様は優しいですよ、凄く。自分では気づいてないのかもですが、神様の中では異色じゃないですか?」


 他の神様は知らないが、土地神に比べると随分優しいと思う。


 芹が未だに後悔している事だって、元はと言えば善悪の区別がつかなかっただけで、皆の願いを叶えようとしただけなのだから。むしろそれを利用しようとした時宮がヤバかっただけだ。


 私の言葉に芹は何かを考え込むように首を傾げている。


「そうなのだろうか? 私も他の神の事はあまり知らない。神在祭にも行った事がないしな」

「そうなんですか?」

「ああ。遠出をするのが苦手なんだ。彩葉の学校に行くだけでも相当な体力を使ってしまった。彩葉は凄いな。毎日あの道を往復しているのだろう?」

「そうですね。でも大分慣れましたよ。今はバスから芹山が見えると凄くホッとします」


 誰かが待つ場所に帰るという事がこんなにも安心するだなんて思ってもいなかった。


 それを芹に伝えると、芹はちらりとこちらを見て柔らかく微笑みながら言う。


「そうか。ところで彩葉はまだここを出たいと思うのか?」

「な、何ですか急に」

「いや、ふと思っただけだ。どうなんだ?」

「そ、それは……今はもうそんな風には思いませんよ。でも……もしかしたらいつか、私はここを飛び立たないといけなくなるかもしれません」


 小鳥遊がここを出たのは芹が彼女の声を聞いてしまったからだと土地神が言っていた。


 けれど小鳥遊は記憶を消されてもなお独身を貫いたという。きっと心のどこかで芹の事を覚えていたのだろう。


 土地神に保護されてから小鳥遊は毎日どんな気持ちで土地神の所から芹山を見上げていたのだろうか。その時の小鳥遊の気持ちを思うと、まるで自分の事のように胸を締め付けられる。


 そんな事を考えていた私の言葉に芹が息を呑んだ。


「何故? 自ら飛び立つと決めて飛び立つのではないのか?」

「そうですね。たぶん違うと思います。だって私はもうここを自分の家みたいに思ってますから。でも……ここに居てはいけなくなる事もあるかもしれません」

「……よく分からないな。まぁ良い。二条も言っていた。ゆっくりと決めれば良い」

「はい。そうします。それまでは芹様の側にいさせてくださいね」


 ぽつりと言って芹に向かって手を差し伸べると、芹はそれに気づいて私の手を取ってくれる。こんな些細な事が嬉しい。


「もちろんだ。なぁ彩葉、最近お前とこうして手を繋ぐだけでも力が回復するのだが、お前身体に不調はないか?」


 私達は手を繋いだまま本殿のある場所まで参道を下リ始めたが、その途中で芹がぽつりと言う。


「へ? いえ、別に。特になんの不調も無いですけど」

「そうか。あまりにも些細な事で回復するので、もしかしたら彩葉の生気でも吸収してしまっているのかと思ったが、違うのか」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ! も、もう手放してください!」


 何やら恐ろしい話を聞いてしまって急いで手を放そうとしたが、芹は珍しく肩を揺らして笑うとさらに私の手を強く握りしめてくる。


「何故? 身体に不調は無いのだろう?」

「な、無いですけど後からジワジワ来るかもしれないじゃないですか!」

「そうだな。では後に彩葉が神の元へ来た時には、お前の事は私が永遠に面倒を見てやろう」


 おかしそうに笑う芹を見上げて私は思わず首を傾げた。どういう意味だろう? よく分からないが、少なくとも芹は今とても楽しそうだ。

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