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第93話『狐たちの喧嘩』

「はぁ……その時はどうぞよろしくお願いします」

「心得た」


 何だかよく分からないがこんな上機嫌な芹は珍しい。


 そう思いつつ本殿に戻ると、何やら炊事場から狐たちの騒ぐ声が聞こえてくる。


「ちょっと行ってきますね」

「ああ。私は先程からやけに連絡を入れてくる土地神の相手をしてくる」

「え? ちょ、無視してたんですか!? ずっと!?」

「彩葉との話し合いの最中に連絡などしてくる方が悪い。では行ってくる。夕飯までには終わらせる」

「あ、はい……行ってらっしゃい」


 思わず私が呟くと芹は真顔でこちらを振り返って、少しだけ口角を上げて頷く。


 そんな芹を見送って炊事場に向かうと、何故か炊事場は真っ白だ。


「な、何事ですか?」

「巫女! やっと来たのか! ビャッコが、ビャッコが僕が持っていた小麦粉を無理やり引っ張ったんだ!」

「馬鹿言わないでください! テンコがウチのを無理やり引っ張ったのです!」


 睨み合ったまま小麦粉の袋を握りしめて睨み合っている二人を見て私は手をパンと叩いた。


「そこまでですよ、お二人とも! 小麦粉ほとんど無くなっちゃいましたね……これじゃあ天ぷらは厳しいかな」

「ど、どうしたら良い!?」

「ウチが、ウチが買ってきます! まだ商店も開いていると思うので――」

「大丈夫ですよ、お二人とも。もう外は日が落ちて寒いので先輩たちはここを片付けておいてもらえますか? 私が行ってきます」


 そう言って泣き出しそうな狐たちの頭を撫でると、狐たちは素直に掃除道具を取りに行く。


 この二人がそんな凄いのかなぁ? 


 そんな事を考えながら私はコートと財布とスマホを持って神社を出た。


 冬の田舎は夕方になるともう真っ暗だけれど、積もった雪に街灯の光が反射してキラキラと輝きとても幻想的だ。


「寒いけどこういうの見ることが出来るのは良いな」


 都会ではなかなか見る事が出来ない自然と科学の力が生み出す幻想的な風景を素直に楽しむ事が出来るようになったのは、もしかしたら芹の側に居るおかげかもしれない。


 思わずその風景を写真に収めた私は足早に商店街に急いだ。


 もう夕方だからか商店街は既に閑散としていて、いくつかの店は店じまいを始めていた。


 それを見て急いで小麦粉を買って戻ろうとしたその時、後ろから誰かに声をかけられて振り返る。


「やっぱり! 彩葉こんな所で何してるの?」

「? 土地神様! そ、それはこちらのセリフです!」

「ははは! 確かに。僕は今日のお勤めが終わって寒いなーおでん食べたいなーコロッケも良いなーって思いながら歩いてたとこだよ。で、買って帰って食べ終えて本殿の外に置いとくと誰かが掃除してくれてる」

「……庶民派ですね。土地神様は神饌とか食べないんですか?」


 伽椰子が居た時に覚えた神の食事、神饌は大体の神が好むと芹が言っていたが、シンは違うのだろうか?


 不思議に思って尋ねると、シンは苦笑いをして首を振る。


「この食料飽和の時代にさ、誰があんな鰹節とか里芋とかそのまま齧るの? 馬鹿じゃないの」

「そ、それは作ってくれる方々に失礼なのでは……でも土地神様の所は塾選ではないんですか?」

「良く知ってるね! そう、うちは塾選じゃない。何故なら僕の所に上げた物は下げたら皆が持って帰るから」

「あ、なるほど。塾選にしたら皆さん食べられないんですね」

「そういう事。まぁでも食材を無駄にしたくないって気概が伝わってきてそれは良いんだけど、あったかいもの食べたいよね~」


 そんな事を言いながらシンは私の持っている買い物袋に視線を落とす。


「で、君はこんな時間に何してるの?」

「あ、それが――」


 事の経緯をシンに話すと、シンはおかしそうに声を出して笑い出した。


「なるほどね。それは災難だ。ところでさっきから何か鳴ってない?」


 そう言われてポケットに入れていたスマホを見ると、そこには鬼のような着信があった。相手は芹だ。


「あ、芹様ですね。ちょっとすみません」


 シンには失礼かもしれないが、私が仕えているのは芹だと心の中で言い訳をして電話に出ると、芹の鋭い声が一番に飛び込んできた。


『彩葉、今どこに居る? 何故電話に出ない』

「えっと、今は商店街の入口で、電話に出なかったのは――」


 そこまで言ってちらりとシンを見上げたが、シンは驚いたようなおかしそうな顔をしてこちらを見下ろしている。


 何だかその顔に一抹の不安を覚えた私はシンから距離を取ろうとしたが、突然シンに腕を掴まれた。


「芹、丁度良かった。さっきの話をここで彩葉にしても良いかな?」

『……土地神? なぜあなたがそこに居る?』

「ばったり商店街で会ったんだよ。それにしても驚いた。まさか君がスマホを持ってるだなんてね。随分人の世界に馴染んでるじゃないか」

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